最終話:盤上の駒
ーー女神メルフェーズ
人間は、時間を一本の線として考える。
生まれて、生きて、死ぬ。
過去へ戻ることはできず、未来を見ることもできない。
けれど、私たちにとっては少し違う。
だから私は、久世くんが生まれるより前から彼の存在を知っていた。
最初は、ただ興味があった。
変わった男になる。
そんな予感がしただけ。
けれど、一度目の人生を終え、もう一度七歳から人生を歩き始めることになった彼を知って、確信した。
この男は、きっととんでもなくしつこい。
恐怖を覚えても、傷ついても、大切なものを奪われても簡単には諦めない。
むしろ、失えば失うほど。
絶望と怒りで、前へ進もうとする。
その執念が、たまらなく気に入った。
だから思った。
折ってみたい。
何をすれば止まるのか。
どこまで奪えば諦めるのか。
全部へし折ったその先で、私だけを頼るようになったら。
きっと、とても可愛い。
恋人にするなら、そのくらいの方が面白い。
もちろん、それだけではない。
アステリアもいた。
あの女神が久世くんへ関わることも、私は知っていた。
それが気に入らなかった。
私が先に見つけたのに。
我が物顔しているのが許せなかった。
だから、少しだけ盤面を整えた。
久世くんが歩く世界に、簡単には越えられない壁を置いた。
高宮誠司。
そして、ゴブリン。
高宮がどこまで登るのか。
何を考え、何を選ぶのか。
そこまで決めたわけではない。
そんなことをしても面白くない。
私はただ、条件を揃えただけ。
久世くんの前に立ちはだかるに相応しい人間を選び、必要なものを渡し、同じ盤面へ置いた。
そこから先は、彼ら自身の選択だ。
久世くんも。
高宮誠司も。
加藤ベアトリクスめぐみも。
結局のところ、よく似ている。
人生とは、執着だ。
復讐。
正義。
愛。
名前が違うだけで、人は何かにしがみついて生きている。
執着こそが、二度目の人生を面白くする。
そして私は、たぶんその誰よりもしつこい。
結果がどうなったのか。
私は知らない。
高宮誠司が、どこまで登ったのか。
久世くんが、あの壁を越えたのか。
その結末を見るより先に、私は消えた。
女神ではなくなった。
身体もない。
声も届かない。
それでも、残したものがある。
ほんの僅かな、呪いの因子。
それが何になるのか。
いつ芽を出すのか。
私自身にも分からない。
けれど、いつか久世くんに会える気がしていた。
初めて顔を合わせたら、どんな顔をするのだろう。
想像すると、消えていくというのに少しだけ楽しみができた。
「もしいつか会えたなら運命だから。実質、付き合ってるようなものだよね」
そして、その時は直接聞いてみたい。
何を選び。
何を失い。
それでも、どうやってここまで進んできたのか。
彼の信念と執念の物語を。
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