第7話:異端
時は流れた。
二〇〇五年。
三十五歳。
議員になり、十三年が過ぎた。
二十歳の頃。
私は大学で、若者の政治参加を目的とした学生団体を立ち上げた。
若者は政治に興味がない。
そう言われていた。
なら。
興味を持たせればいい。
人を集め。
意見を聞き。
魔王覇気を使う。
団体は瞬く間に大きくなり、私はその代表として知られるようになった。
そこで得たものは多い。
人脈。
若い世代からの支持。
資金。
そして。
票。
大学を卒業すると、私はすぐに政治の世界へ入った。
学生時代に築いた繋がりも、そのまま私を後押しした。
最初の選挙。
当選。
その後も大きく躓くことはなかった。
魔王覇気。
異世界で得た十五年間の経験。
大学時代から築いた人脈と支持基盤。
必要なものは揃っていた。
政治の世界も、思っていたほど特別ではない。
人が作った組織だ。
学校も。
軍も。
国家も。
結局は同じ。
誰を動かせば。
何が動くのか。
それさえ分かればいい。
もちろんデポルの調査も続けていた。
いや。
むしろ。
政治家になってからが本番だった。
学生の頃には触れられなかった情報がある。
警察。
行政。
戸籍。
犯罪記録。
行方不明者。
不自然な出生。
身元不明者。
暴力事件。
全国から情報を集めるほど。
私が高校生の頃に抱いた仮説は、確信へ変わっていった。
デポルは全国にいる。
数百ではない。
千でもない。
しかも人間社会の中へ入り込んでいる。
会社員。
学生。
自営業。
犯罪者。
家庭を持っている者までいる。
しかし、片端から殺すような真似はしなかった。
一匹を消せば。
周囲が警戒する。
十匹を消せば。
残った連中は潜る。
それでは困る。
必要なのは。
数。
場所。
関係。
まず。
全体を知ることだった。
そのために。
私は表ではまったく逆の顔を見せた。
・
・
・
「高宮先生。デポルという言葉を初めて使われたのも、高宮先生でしたね」
テレビ番組。
司会者が聞く。
「そうですね」
「危険な存在だと?」
「危険な個体がいることは事実です」
スタジオが静かになる。
「ただ」
私は続けた。
「全てを同じように扱うつもりはありません」
司会者が少し驚く。
「共存も可能だと?」
「人間社会の規則を守り、他者を傷つけずに生きる意思があるなら、最初から排除する理由はないでしょう」
嘘だ。
衝動を抑え。
一生。
誰も傷つけず。
何も奪わず。
人間として生きられるのなら。
急いで殺す必要はない。
だが。
私は知っている。
あいつらが。
どういう存在だったのか。
異世界で何度も見た。
だから期待はしない。
「むしろ必要なのは、彼らが社会へ出てこられる環境だと思っています」
私はカメラを見る。
「隠れる必要はありません」
全国へ向けて。
伝える。
「困っているなら、私を頼ってください」
放送が終わる。
その日のうちから、事務局へ連絡が来た。
翌日も。
一週間後も。
デポル本人。
家族。
知人。
自分はそうなのではないか。
そう疑う人間。
全国から。
少しずつ。
集まってくる。
狙いどおりだった。
隠れているなら。
出てこさせればいい。
怖がっているなら。
安心させればいい。
「あなたたちを守る」
「普通に生きる方法を探す」
「こちらで支援する」
甘い言葉はいくらでも用意できた。
そして。
一匹捕まれば。
次を探す。
「他に知っている者は?」
「同じような人間は?」
「困っている仲間がいるなら、連れてきてほしい」
魔王覇気。
情報が集まる。
デポルが。
別のデポルを連れてくる。
さらに。
そのデポルが。
また別の個体を教える。
皮肉だった。
私が一匹ずつ探す必要など。
最初からなかった。
あいつら自身に。
仲間を探させればいい。
・
・
・
地図が少しずつ埋まっていった。
北海道。
東京。
名古屋。
大阪。
広島。
福岡。
地方都市。
どこにどれくらいいるのか。
全容にはまだ遠い。
だが。
見えるようにはなってきた。
私は焦らなかった。
二十年近く待った。
あと数年。
十年。
必要ならそれくらい待てる。
殺すのは最後でいい。
それまでは利用する。
デポル。
人間より身体能力が高い。
暴力への躊躇も薄い。
戦場では優秀な兵士になる。
なら。
使えばいい。
危険地域。
紛争。
国防。
人間が死ぬ場所へ代わりに送る。
国を守らせる。
敵を殺させる。
そして。
減らす。
表向きは。
国への貢献。
裏では。
駆除。
誰にも虐殺とは言わせない。
自分から戦場へ志願した。
危険な任務へ参加した。
そして。
死んだ。
それだけ。
大義名分まで用意できる。
私はこの計画を長い時間をかけて作っていた。
異世界から。
私と一緒に来てしまったもの。
なら最後まで。
私が始末する。
それが。
勇者だった私の役目だと思っていた。
・
・
・
政治の世界でも。
人は増えた。
山本。
三橋。
その他にも使える者はいた。
私は。
従順なだけの人間には興味がない。
能力がある。
仕事ができる。
物事を自分で考えられる。
そういう人間がいい。
見つければ近くへ置く。
仲間を作るのすら、作業のようなものだった。
全てが順調。
長い間、敵と呼べる相手はいなかった。
選挙。
派閥。
政争。
どれも。
大したことはなかった。
相手が人間なら。
何を欲しがっているのかを見ればいい。
デポルですら、敵とは思っていなかった。
あれはただの排除対象だ。
利用価値のある。
いずれ処分する駒。
盤面は予定どおり進んでいた。
そして、次の段階へ進める。
そう思っていた頃だった。
・
・
・
「高宮先生」
資料が一冊。
机へ置かれた。
「大阪で、妙な動きがあります」
「何だ」
「デポルと思われる個体が、立て続けに消えています」
私は。
資料を開く。
数件。
大阪市内。
周辺地域。
「半グレ集団か何かか?」
「違います」
ページをめくる。
確かに妙だった。
一件なら。
偶然。
二件でも。
あり得る。
だが続いている。
狙われているのは、こちらでデポルと記録していない者ばかり。
「誰かが殺し回っている可能性があるな」
私以外がデポルを狩っている。
「まだ確定ではありません。ただ、気になる少年がいます」
少年。
写真が置かれた。
まだ。
子供と言ってもいい。
「名前や年齢は分かりませんが、中学、高校生くらいでしょうか」
十五歳。
何となくそんな気がした。
偶然。
ただの数字だ。
それでも。
少しだけ面白かった。
異世界へ送られた時。
戻った時。
私は十五歳だった。
そして。
ゴブリンを初めて殺した時も。
「彼がどこの誰かは現在調査中ですが、殺されたデポルは全て路地裏です」
「それで?」
「そこには防犯カメラはないのですが、路地に一番近いカメラに何度か写っています」
「証拠にはならないが、無関係とは言えないな」
私は写真を見る。
どこにでもいるような普通の少年に見える。
目以外は。
妙に目だけが落ち着いている。
年齢に似つかわしくない目だった。
どうやってデポルを知った。
私は異世界でゴブリンを見た。
人間に変わったゴブリン本人から話も聞いた。
だからデポルという存在へ辿り着けた。
この少年は何を見た。
誰に教わった。
あるいは。
「……転生者か」
思わず口から出た。
「先生?」
「いや」
あり得ない。
そんな言葉は使わない。
私はもう。
一度あり得ないことを経験している。
女神。
異世界。
魔王覇気。
全部。
現実だった。
なら。
彼にも何かある可能性は捨てるべきではない。
「泳がそう」
「え?調べ上げて捕まえないんですか?」
「ああ。我々は警察ではないからね」
「……分かりました」
「極力、報道もさせないように頼む」
会釈をし、男が出ていく。
私は一人になった。
そして。
もう一度少年の写真を見る。
長い間。
予定外というものが、ほとんどなかった。
人を集められる。
政治家も目指せばなれた。
邪魔する者がいれば退かせた。
デポルですら。
こちらの盤面の上にいる。
だから忘れていた。
自分の知らない場所で。
何かが勝手に動いている。
その感覚を。
大阪で突如開始されたデポル狩り。
何も分からない。
それなのに。
不思議と腹は立たなかった。
むしろ逆だった。
気づけば。
口元が緩んでいる。
「面白い」
久しぶりだった。
こちらの意図とは関係なく。
盤面へ駒が現れたのは。
ただし一つだけ訂正する。
駒かどうかはまだ分からない。
もしかすると初めて、盤を挟んで向かいに座る人間が現れたのかもしれない。
その可能性を考えると、胸の奥が僅かに高鳴った。
長かった退屈がようやく終わる気がした。
こちらが本編です。
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