↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

5/10

第5話:号令

一九八六年。


秋。


高校生活は、順調すぎるほど順調だった。


入学から半年。


生徒会、教師、部活動、クラス。


どこへ行っても、私の名前が通るようになっていた。


別に、学校を支配しようと思ったわけではない。


問題があれば解決した。


揉め事があれば双方の話を聞き、それでも動かなければ魔王覇気を使う。


気づけば、生徒の多くが私の頼みを断らなくなっていた。


教師ですら。


「高宮がそう言うなら」


と、一度考えるようになった。


異世界では、何千という兵を動かしたこともある。


それに比べれば、高校など小さな集落にすぎない。


ただ、一つだけ違うことがあった。


あの世界では、人を動かすために命令が必要だった。


こちらでは、命令する前から人が動く。


「高宮が困っている」


それだけで、誰かが手を貸す。


魔王覇気だけではない。


実績。


評判。


期待。


それらが勝手に人を動かしていく。


便利だった。


そして。


少し、気味が悪かった。


・

・

・


最初に異変に気づいたのは母だった。


「最近、あの子……痩せたと思わない?」


夕食。


妹の席を見る。


食べる量が減っている。


以前は好きなものなら父の分まで取ろうとした。


今は、ほとんど箸を動かさない。


「学校で何かあったのか?」


父が聞く。


妹は首を振った。


「別に」


それだけ。


次の日、学校を休んだ。


二日後。


また休んだ。


部屋から出る時間も減った。


電話が鳴ると身体を強張らせる。


玄関のチャイムでも顔色が変わる。


ある夜。


廊下で怒鳴る男の声がした。


テレビだった。


それだけなのに、妹は部屋の扉を閉めた。


私はその様子を見ていた。


もう偶然ではない。


「何があった」


部屋の前で聞いた。


返事はない。


「入るぞ」


扉を開ける。


妹はベッドに座っていた。


「出てって」


「何があった」


「何もない」


見ない。


私はベッドの前に座った。


しばらく何も言わなかった。


急かせば、余計に閉じる。


戦場で何度も見た。


恐怖を言葉にできなくなった人間を。


「友達か」


肩が少し動いた。


「友達と、何かあったのか」


また反応する。


当たりだ。


声を落とした。


「怒ったりしない。心配なんだ」


「……」


妹の目が、少しだけこちらを向いた。


「……友達が」


声が掠れていた。


「面白い人たちがいるって……」


以前、電話で聞いた話。


「それで?」


妹が震えた。


「連れていかれて……」


言葉が止まる。


私は待った。


「男の人がいっぱい……いて」


手が布団を掴む。


「友達が……」


それ以上、言えなくなった。


私は何も聞かなかった。


妹は泣き始めた。


「私も……次だって……」


そこでようやく分かった。


妹は、最悪のところまでは行かなかったようだ。


だが。


友人が目の前で酷い目に遭った。


そして自分にも、同じことが起こる。


そう思わされた。


身体を触られ。


逃げられない場所に置かれ。


次は自分だと思い続けた。


それだけで十分だった。


人間を壊すには。


・

・

・


「警察に」


昨夜、廊下で話を聞いていた父が翌朝言った。


その瞬間、妹が叫んだ。


「やめて!」


椅子が倒れる。


「絶対やめて!」


「でも」


「嫌!」


呼吸が乱れている。


母が抱こうとする。


妹はその手すら一瞬拒んだ。


父が黙った。


母が泣いた。


私は何も言わなかった。


頭の中だけが、静かになっていった。


間違いなく怒っている。


だが、不思議なくらい冷静だった。


十五年前。


村を焼かれた時も。


仲間を殺された時も。


同じだった。


本当に怒った時。


何をするべきか。


それしか考えなくなる。


・

・

・


妹は場所を言わなかった。


名前も言わない。


なら、別の方法を使う。


学校での昼休み。


何人かを呼んだ。


生徒会。


運動部。


顔の広い奴。


話を広めるのが得意な奴。


最初は十数人。


「人を探してほしい」


全員が私を見る。


「高校生くらいの女子を連れていく連中がいる」


「どんな奴?」


「まだ分からない」


「場所は?」


「それを探す」


一人が、不安そうな顔をした。


「警察じゃ駄目なのか?」


私はそいつを見る。


「警察に話せるなら、とっくに話している」


それ以上は聞かなかった。


「だから探してくれ」


魔王覇気。


「分かった」


「俺、駅前の奴に聞いてみる」


「知り合いに不良いるから当たる」


「姉ちゃんがあの辺の店で働いてる」


次々動き始める。


その十数人が。


さらに同級生へ声をかけた。


私の名前を知っている者。


私に助けられたことのある者。


私の頼みなら動く者。


数は少しずつ増えた。


私は必要な者だけに魔王覇気を使った。


一日。


二日。


三日。


情報が集まった。


噂。


目撃。


店。


女。


車。


場所。


それらを全部並べる。


そして、一つの建物へ辿り着いた。


郊外。


使われていない工場。


いや正確には、使われていないはずの工場。


夜になると人が集まる。


若い女も出入りしている。


男は三十人前後。


出入りする顔ぶれも、ほぼ固定されていた。


「ここだな」


私は地図を閉じた。


・

・

・


その日の夜。


集まったのは三十人ほど。


ほとんどが同級生だった。


運動部。


生徒会。


クラスメイト。


中には、普段なら喧嘩などしない奴もいる。


たった半年。


高校一年生の私が。


「来てほしい」


と言っただけで、これだけ集まる。


異常だ。


だが。


今は、その異常さが必要だった。


敷地の隅に鉄パイプが積まれていた。


私は一本取った。


重い。


十五年前なら気にもならなかった。


今の身体では、そうはいかない。


「持て」


周囲にも渡す。


鉄パイプが一本ずつ渡っていく。


何人かは緊張している。


相手も三十人前後。


しかも大人が中心。


武器を持っている可能性もある。


こちらは場慣れしていない高校生ばかり。


怪我人は出る。


一人や二人では済まないかもしれない。


それでも。


連れてきた。


全員を無傷で帰す方法を、私は持っていない。


誰も傷つけずに目的を達成できるなら、それが一番いい。


だが。


そんな都合のいい戦場を、私は知らない。


必要なら。


人を危険へ送る。


私は十五年間。


そうやって生き残ってきた。


そして。


そうやって世界を救った。


「私について来い」


「分かった」


三十人が私についてくる。


扉の前へ立った。


中から笑い声が聞こえる。


男。


女。


酒。


音楽。


私は鉄パイプを強く握った。


「行くぞ」


扉を蹴り開けた。


中にいた男たちが、一斉にこちらを見る。


三十人ほど。


情報どおりだった。


酒を飲んでいた者。


女の肩を抱いていた者。


全員、こちらを見る。


その奥。


ソファ。


一際体格のいい男が、女を左右に侍らせて座っていた。


ゆっくり立ち上がる。


「なんだ、お前ら」


私は、その男を見る。


まだ何者かは分からない。


だが。


こいつだ。


妹をあそこまで怯えさせた場所の。


中心にいる男。


私は鉄パイプを下ろしたまま。


周囲へ告げた。


「真ん中のでかい奴以外」


「殲滅しろ」


クラスメイトたちが一斉に鉄パイプを掲げる。


「……俺たちは、殲滅する」


次の瞬間。


三十人が、一斉に走り出した。

こちらが本編です。

https://ncode.syosetu.com/n0337mb/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。