第5話:号令
一九八六年。
秋。
高校生活は、順調すぎるほど順調だった。
入学から半年。
生徒会、教師、部活動、クラス。
どこへ行っても、私の名前が通るようになっていた。
別に、学校を支配しようと思ったわけではない。
問題があれば解決した。
揉め事があれば双方の話を聞き、それでも動かなければ魔王覇気を使う。
気づけば、生徒の多くが私の頼みを断らなくなっていた。
教師ですら。
「高宮がそう言うなら」
と、一度考えるようになった。
異世界では、何千という兵を動かしたこともある。
それに比べれば、高校など小さな集落にすぎない。
ただ、一つだけ違うことがあった。
あの世界では、人を動かすために命令が必要だった。
こちらでは、命令する前から人が動く。
「高宮が困っている」
それだけで、誰かが手を貸す。
魔王覇気だけではない。
実績。
評判。
期待。
それらが勝手に人を動かしていく。
便利だった。
そして。
少し、気味が悪かった。
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最初に異変に気づいたのは母だった。
「最近、あの子……痩せたと思わない?」
夕食。
妹の席を見る。
食べる量が減っている。
以前は好きなものなら父の分まで取ろうとした。
今は、ほとんど箸を動かさない。
「学校で何かあったのか?」
父が聞く。
妹は首を振った。
「別に」
それだけ。
次の日、学校を休んだ。
二日後。
また休んだ。
部屋から出る時間も減った。
電話が鳴ると身体を強張らせる。
玄関のチャイムでも顔色が変わる。
ある夜。
廊下で怒鳴る男の声がした。
テレビだった。
それだけなのに、妹は部屋の扉を閉めた。
私はその様子を見ていた。
もう偶然ではない。
「何があった」
部屋の前で聞いた。
返事はない。
「入るぞ」
扉を開ける。
妹はベッドに座っていた。
「出てって」
「何があった」
「何もない」
見ない。
私はベッドの前に座った。
しばらく何も言わなかった。
急かせば、余計に閉じる。
戦場で何度も見た。
恐怖を言葉にできなくなった人間を。
「友達か」
肩が少し動いた。
「友達と、何かあったのか」
また反応する。
当たりだ。
声を落とした。
「怒ったりしない。心配なんだ」
「……」
妹の目が、少しだけこちらを向いた。
「……友達が」
声が掠れていた。
「面白い人たちがいるって……」
以前、電話で聞いた話。
「それで?」
妹が震えた。
「連れていかれて……」
言葉が止まる。
私は待った。
「男の人がいっぱい……いて」
手が布団を掴む。
「友達が……」
それ以上、言えなくなった。
私は何も聞かなかった。
妹は泣き始めた。
「私も……次だって……」
そこでようやく分かった。
妹は、最悪のところまでは行かなかったようだ。
だが。
友人が目の前で酷い目に遭った。
そして自分にも、同じことが起こる。
そう思わされた。
身体を触られ。
逃げられない場所に置かれ。
次は自分だと思い続けた。
それだけで十分だった。
人間を壊すには。
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「警察に」
昨夜、廊下で話を聞いていた父が翌朝言った。
その瞬間、妹が叫んだ。
「やめて!」
椅子が倒れる。
「絶対やめて!」
「でも」
「嫌!」
呼吸が乱れている。
母が抱こうとする。
妹はその手すら一瞬拒んだ。
父が黙った。
母が泣いた。
私は何も言わなかった。
頭の中だけが、静かになっていった。
間違いなく怒っている。
だが、不思議なくらい冷静だった。
十五年前。
村を焼かれた時も。
仲間を殺された時も。
同じだった。
本当に怒った時。
何をするべきか。
それしか考えなくなる。
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・
妹は場所を言わなかった。
名前も言わない。
なら、別の方法を使う。
学校での昼休み。
何人かを呼んだ。
生徒会。
運動部。
顔の広い奴。
話を広めるのが得意な奴。
最初は十数人。
「人を探してほしい」
全員が私を見る。
「高校生くらいの女子を連れていく連中がいる」
「どんな奴?」
「まだ分からない」
「場所は?」
「それを探す」
一人が、不安そうな顔をした。
「警察じゃ駄目なのか?」
私はそいつを見る。
「警察に話せるなら、とっくに話している」
それ以上は聞かなかった。
「だから探してくれ」
魔王覇気。
「分かった」
「俺、駅前の奴に聞いてみる」
「知り合いに不良いるから当たる」
「姉ちゃんがあの辺の店で働いてる」
次々動き始める。
その十数人が。
さらに同級生へ声をかけた。
私の名前を知っている者。
私に助けられたことのある者。
私の頼みなら動く者。
数は少しずつ増えた。
私は必要な者だけに魔王覇気を使った。
一日。
二日。
三日。
情報が集まった。
噂。
目撃。
店。
女。
車。
場所。
それらを全部並べる。
そして、一つの建物へ辿り着いた。
郊外。
使われていない工場。
いや正確には、使われていないはずの工場。
夜になると人が集まる。
若い女も出入りしている。
男は三十人前後。
出入りする顔ぶれも、ほぼ固定されていた。
「ここだな」
私は地図を閉じた。
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その日の夜。
集まったのは三十人ほど。
ほとんどが同級生だった。
運動部。
生徒会。
クラスメイト。
中には、普段なら喧嘩などしない奴もいる。
たった半年。
高校一年生の私が。
「来てほしい」
と言っただけで、これだけ集まる。
異常だ。
だが。
今は、その異常さが必要だった。
敷地の隅に鉄パイプが積まれていた。
私は一本取った。
重い。
十五年前なら気にもならなかった。
今の身体では、そうはいかない。
「持て」
周囲にも渡す。
鉄パイプが一本ずつ渡っていく。
何人かは緊張している。
相手も三十人前後。
しかも大人が中心。
武器を持っている可能性もある。
こちらは場慣れしていない高校生ばかり。
怪我人は出る。
一人や二人では済まないかもしれない。
それでも。
連れてきた。
全員を無傷で帰す方法を、私は持っていない。
誰も傷つけずに目的を達成できるなら、それが一番いい。
だが。
そんな都合のいい戦場を、私は知らない。
必要なら。
人を危険へ送る。
私は十五年間。
そうやって生き残ってきた。
そして。
そうやって世界を救った。
「私について来い」
「分かった」
三十人が私についてくる。
扉の前へ立った。
中から笑い声が聞こえる。
男。
女。
酒。
音楽。
私は鉄パイプを強く握った。
「行くぞ」
扉を蹴り開けた。
中にいた男たちが、一斉にこちらを見る。
三十人ほど。
情報どおりだった。
酒を飲んでいた者。
女の肩を抱いていた者。
全員、こちらを見る。
その奥。
ソファ。
一際体格のいい男が、女を左右に侍らせて座っていた。
ゆっくり立ち上がる。
「なんだ、お前ら」
私は、その男を見る。
まだ何者かは分からない。
だが。
こいつだ。
妹をあそこまで怯えさせた場所の。
中心にいる男。
私は鉄パイプを下ろしたまま。
周囲へ告げた。
「真ん中のでかい奴以外」
「殲滅しろ」
クラスメイトたちが一斉に鉄パイプを掲げる。
「……俺たちは、殲滅する」
次の瞬間。
三十人が、一斉に走り出した。
こちらが本編です。
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