第4話:方針
一九八六年。
高校に入学した。
異世界から戻って、一年が過ぎた。
十五年間を生きた私にとって。
一年など。
長いとは感じなかった。
だが。
何もしなかったわけではない。
身体を鍛えた。
勉強をした。
新聞を読んだ。
法律を調べた。
政治を調べた。
そして。
人間を見た。
魔王覇気についても。
ある程度は理解した。
相手が私を上だと認識するほど。
強く作用する。
なら。
自分を上へ置けばいい。
単純な話だった。
問題は。
どこまで上へ行くか。
中学生では。
調べられることに限界があった。
事件記録。
戸籍。
警察。
行政。
どれも。
子供には触れられない。
なら。
大人になればいい。
いや。
それだけでは足りない。
普通の大人になっても。
触れられない情報がある。
動かせない組織がある。
私は。
何が必要なのか。
一年かけて考えた。
そして。
一つの結論に辿り着いた。
政治だ。
・
・
・
高校に入ってから。
人が集まるようになった。
別に。
友達を増やそうとしたわけではない。
質問されれば答える。
困っていれば助ける。
勉強を聞かれれば教える。
それだけだった。
だが。
昼休みになると。
気づけば。
机の周りに人がいる。
「高宮、これ教えてくれない?」
「ああ」
「俺もいい?」
「構わない」
私は問題集を開いた。
皆。
妙に真剣に聞く。
魔王覇気は。
使っていない。
少なくとも。
意識的には。
だが。
以前より。
人が私の言葉を聞くようになった。
能力が。
常に薄く働いているのか。
それとも。
単純に。
私自身が変わったのか。
分からない。
ただ。
一つだけ。
異世界で学んだことがある。
命令で動かすより。
自ら。
従いたいと思わせた方が。
人は長く動く。
こちらでも。
それは同じらしい。
・
・
・
六月。
同じクラスの女子から相談された。
吹奏楽部。
楽器の修理費が足りないらしい。
「先生に言っても、毎年こうだからって」
「それで」
「高宮なら、何とかできない?」
「なぜ私なんだ」
「……先生も、高宮の話なら聞くかなって」
妙な話だった。
だが。
試す価値はある。
学校という組織を。
どこまで動かせるか。
私は。
過去数年の予算を調べた。
部活動の人数。
備品。
維持費。
大会実績。
使われていない物。
余っている金。
学生が集められる範囲でも。
無駄は見えた。
担当教師へ。
資料を持っていく。
「この配分は、見直した方がいいと思います」
教師が。
私を見る。
「高宮。これは生徒が決めることじゃない」
「分かっています」
「なら」
「だから、先生に決めてほしいんです」
資料を置く。
「これを見た上で」
最初。
教師は。
面倒そうにしていた。
高校一年生。
そう見ていた。
だが。
話していくうちに。
顔が変わる。
使われていない予算。
重複した購入。
壊れたまま放置されている備品。
一つずつ。
事実を並べる。
ここで。
少しだけ、話し方を変える。
「しかも先生。無駄を減らして部活動も活性化させたなら、かなり評価されるのではないですか?」
「え?まあ、確かにな……」
手ごたえはある。
だが、もう一声だ。
「先生って人気ありますよね」
「何だよ急に」
「吹奏楽部の女生徒たち。先生のこと信頼してましたよ。先生に頼んでみようかなって」
教師がニヤける。
その目が。
変わった。
子供を見る目ではない。
少なくとも。
自分より物事を把握している人間として。
承認欲求を満たしてくれる一人の人として。
私を見ている。
なら。
「先生」
魔王覇気。
ほんの少しだけ乗せる。
「一度、職員会議で話してくださいよ」
教師が。
資料を見る。
「そうだな、分かった」
それで終わった。
数週間後。
大幅ではないが。
予算配分が変わった。
吹奏楽部の楽器は修理された。
いくつかの文化部にも。
必要な備品が入った。
そして。
私の名前が広がった。
「高宮が先生を動かしたらしい」
「一年なのに?」
「生徒会より仕事してるじゃん」
くだらない。
そう思った。
だが。
同時に。
理解した。
結果を出せば。
人が集まる。
人が集まれば。
私の格が上がる。
格が上がれば。
魔王覇気が強くなる。
そして。
さらに。
人を動かせる。
異世界で。
力を得るために剣を振った。
この世界では。
実績そのものが。
武器になる。
しばらくして。
生徒会から声をかけられた。
「高宮、生徒会に入らないか」
学校を変えることに。
興味はなかった。
だが。
組織。
規則。
予算。
教師との交渉。
規模こそ小さいが。
政治に似ている。
「分かりました」
参加した。
それだけだった。
あとは。
早かった。
教師も。
生徒も。
問題が起きれば。
私のところへ話を持ってくるようになった。
揉め事。
行事。
部活。
教師との調整。
異世界では。
村の食料。
軍の兵站。
複数国家との交渉をしてきた。
高校一つを動かすことなど。
難しくはなかった。
だが。
面白い発見はあった。
人間は。
世界が違っても。
それほど変わらない。
責任を取りたくない者。
得をしたい者。
認められたい者。
自分より強い者についていきたい者。
王国も。
高校も。
構造は。
驚くほど似ている。
なら。
国家も。
同じかもしれない。
人間が作っている以上。
原理は変わらないのだから。
・
・
・
その夜。
進路希望調査の紙を見ていた。
「一年からあるんだな」
都内でも有数の進学校。
すでに将来を見据えさせる方針らしい。
大学。
学部。
将来の職業。
十五歳だった頃の私は。
何を書こうとしていたのだろう。
もう、思い出せなかった。
ペンを持つ。
東京大学。
法学部。
そして。
将来の職業。
政治家。
書いて。
しばらく眺める。
異世界では。
勇者になれと言われた。
自分で選んだわけではない。
今回は違う。
自分で。
決めた。
政治家になる。
この国の中身に触れるため。
情報を得るため。
人を動かすため。
そして。
家族を守るため。
まだ。
あの異物が何なのかは分からない。
一年前に見た男も。
その後。
行方を追えていない。
だが。
答えは必ず見つける。
そのために。
上へ行く。
紙を机の端へ置く。
廊下から。
妹の笑い声が聞こえた。
友達と電話でもしているらしい。
「えー、そういうところ行ったことないって」
少し間が空く。
「でも、面白そう」
私は。
特に気に留めなかった。
妹にも。
妹の生活がある。
それだけのことだと思った。
この時の私は。
まだ、政治家になる理由しか持っていなかった。
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