↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

2/10

第2話:検証

一九八五年・五月


「誠司?」


声がした。


聞き覚えのある声だった。


いや。


忘れたことなど、一度もない。


ゆっくりと目を開く。


目の前に。


母がいた。


「……どうしたの?」


その横には父。


少し離れたところには、妹がいる。


テーブルの上にはケーキ。


十五本の蝋燭。


火はまだ消えていなかった。


私は。


何も言えなかった。


ここだ。


十五年前。


いや。


この世界では。


ほんの一瞬前。


私が消えた場所。


私が消えた時間。


十五歳の誕生日。


「誠司?」


母がもう一度、私を呼ぶ。


私は顔を上げた。


皺がない。


白髪もない。


記憶の中より、ずっと若い。


父もそうだった。


妹も。


最後に見た姿と、何も変わっていない。


当然だった。


この人たちには。


十五年など経っていない。


私だけだ。


私だけが。


十五年間。


別の場所で生きていた。


「……母さん」


自分の声が。


妙に高かった。


喉に触れる。


十五歳の声。


手を見る。


思ったより小さい。


傷がない。


剣を握り続けてできた硬い皮も。


魔物に噛まれた傷も。


魔王との戦いで負った火傷も。


何一つ。


残っていない。


鏡を見るまでもなかった。


本当に。


十五歳に戻っている。


「どうしたの急に」


妹が笑った。


「変な顔して」


その顔を見た瞬間。


胸の奥で。


何かが切れた。


涙が落ちた。


「……え?」


妹の顔から笑みが消える。


母も驚いていた。


私は慌てて顔を伏せた。


止めようとした。


だが。


止まらなかった。


十五年。


一度も会えなかった。


何度。


この光景を思い出した。


何度。


もう二度と帰れないと思った。


父の声。


母の料理。


妹のくだらない話。


あの頃は。


当たり前すぎて。


何の価値もないと思っていた。


それが今は。


目の前にある。


「……どうしたんだ、本当に」


父が立ち上がる。


私は首を振った。


「十五歳になったことが嬉しいんだ」


「だとしたら大袈裟だろ……」


「そうでもないんだ……」


声が詰まる。


上手い言葉が出なかった。


十五年。


軍を率いた。


何千人という人間の前で話した。


国王を説得した。


死ぬ直前の兵士に言葉をかけた。


それなのに。


家族の前では。


何を言えばいいのか分からなかった。


妹が怪訝な顔をする。


父は笑った。


母は心配そうに私を見ていた。


私は。


その三人の顔を。


一人ずつ見た。


覚えておこうと思った。


もう一度。


今度こそ。


忘れないように。


・

・

・


その夜。


眠れなかった。


自分の部屋。


机。


本棚。


制服。


壁に貼ったポスター。


全部。


記憶の中にある。


十五年前と。


何も変わっていない。


ベッドに横になり。


天井を見る。


身体が軽い。


軽すぎて。


自分の身体ではないようだった。


何度か手を握る。


力がない。


魔力も感じない。


剣もない。


もし今。


魔物に襲われれば。


私は簡単に死ぬだろう。


だが。


そんなことより。


もっと気になることがあった。


レナ。


バルド。


エリオ。


目を閉じる。


最後に見た光景が浮かぶ。


バルドは死んだ。


エリオは左腕を失った。


レナは。


生きているのか。


死んだのか。


分からない。


確認する方法もない。


私は。


あの世界を捨てたのだろうか。


それとも。


強制的に捨てさせられたのか。


どちらでも。


結果は同じだった。


もう戻れない。


「……すまない」


誰に向けた言葉なのか。


自分でも分からなかった。


レナか。


死んだ仲間か。


残してきた兵士たちか。


返事はない。


時計の秒針だけが進んでいく。


十五年前。


私は。


この音を聞きながら眠っていた。


明日が来ることを疑ったことなどなかった。


向こうでは。


違った。


夜になれば。


翌朝まで生きている保証はなかった。


静かすぎた。


この世界は。


あまりにも。


平和だった。


私は窓を開けた。


住宅街。


街灯。


車。


遠くの家からテレビの音が漏れている。


誰も戦っていない。


誰も逃げていない。


誰も。


明日死ぬことを前提にしていない。


十五年間。


私はこの景色を取り戻すために戦っていたのかもしれない。


だが。


戻ってみると。


自分だけが。


この世界の住人ではないように感じた。


父も。


母も。


妹も。


昨日の続きを生きている。


私は違う。


私だけが。


十五年分。


先へ進んでしまった。


同じ家にいる。


同じ時間を過ごしている。


それなのに。


同じ世界線を生きていない。


そんな感覚だった。


その時。


胸の奥に。


小さな違和感を覚えた。


冷たいもの。


思い出す。


メルが最後に渡した能力。


魔王覇気。


魔王が持っていた力。


「……本当に使えるのか」


声に出して。


私は身体を起こした。


確かめる必要がある。


能力そのものも。


そして。


この世界で。


自分に何が残っているのかも。


・

・

・


翌朝。


学校へ向かった。


制服。


鞄。


通学路。


何もかも懐かしい。


だが。


すれ違う生徒たちを見ても。


同年代には思えなかった。


十五歳。


自分も。


こいつらも。


同じ年齢。


そう考える方が難しい。


教室に入る。


「おはよ」


声をかけられた。


名前は覚えている。


顔も。


十五年前の記憶を掘り起こす。


友人。


だったはずだ。


「ああ。おはよう」


返事をする。


相手が少し変な顔をした。


「なんだその喋り方」


「……変か?」


「大人の真似っこ?落ち着いたフリして」


「そうだったか」


私は席に座った。


昨日まで。


私にとっては。


十五年前だ。


授業が始まる。


教師が黒板に文字を書く。


私はそれを見ながら。


別のことを考えていた。


魔王覇気。


条件は。


相手が。


私を自分より上だと認識すること。


それだけでは曖昧すぎる。


どこまで効く。


何をさせられる。


どれほど持続する。


試さなければならない。


昼休み。


廊下を歩いていると。


前から数人の男子生徒が来た。


そのうちの一人を見て。


記憶が戻る。


何度か。


私に絡んできた男。


当時の私は。


できるだけ関わらないようにしていた。


「高宮」


男が私を見る。


「ちょうどいい」


肩を掴まれた。


私は。


反射的に腕を取ろうとした。


止める。


今の身体では。


十五年間鍛えた動きについてこない。


「なんだ」


「購買行くだろ。パン買ってきて」


周囲の二人が笑った。


なるほど。


私は。


こいつに舐められていたらしい。


ちょうどいい。


「嫌だね。お前がいけよ。パンも一人で買いに行けないのか?」


男の表情が変わる。


「は?」


「自分で行け。と言ったんだ」


「お前、なんか今日変だな?」


男が顔を近づけてくる。


私は。


目を逸らさなかった。


十五年間。


もっと怖いものを見てきた。


魔物。


兵士。


処刑人。


魔王。


十五歳の少年一人に。


恐怖を感じる理由がない。


「手を離せ」


静かに言った。


男が。


一瞬、動きを止めた。


だが。


手は離れない。


効かない。


当然か。


こいつは。


私を自分より下だと思っている。


なら。


認識を変えればいい。


「先生呼んでこようか」


周囲の一人が笑う。


私は男の腕を見る。


手首。


肘。


肩。


今の身体でも。


壊す方法なら分かる。


一歩踏み込む。


男の手首を掴み。


親指を押さえ。


身体を沈めた。


「痛っ!」


男が膝をつく。


私はすぐに手を離した。


大した技ではない。


力もほとんど使っていない。


だが。


十五歳には。


何をされたのか分からなかっただろう。


男が私を見る。


さっきまでとは。


目が違う。


驚き。


困惑。


そして。


わずかな恐怖。


私は、確かめるように言った。


「二度と話しかけるな」


男の身体が。


僅かに震えた。


胸の奥で。


何かが動いた。


冷たい感覚。


魔王覇気。


「……」


男の口だけは動く。


しかし、声が出ていない。


周囲の二人も黙る。


「それから」


私は続ける。


「もう、人にパンを買いに行かせるな。それくらい一人で行け」


「……」


やはり、声は出ていない。


二度と話しかけるな。


これがいつまで有効かはしっかり確認したいが、魔王覇気の効果は分かった。


私は男を見る。


目は正常。


意識もある。


操られているようには見えない。


だが。


従った。


さっきまで。


私を見下していた人間が。


一度。


自分より上だと認識しただけで。


ここまで変わる。


私は。


背中に薄い寒気を覚えた。


便利。


そんな言葉で済ませていい力ではない。


魔王は。


これを使っていた。


異なる種族を。


まとめ上げ。


軍にした。


そして。


世界を相手に戦った。


私は。


確信した。


使える。


それも。


想像していた以上に。


・

・

・


放課後。


一人で帰った。


夕日が。


住宅街を照らしている。


今日。


能力を使った。


相手の認識を変えれば。


効力も変わる。


なら。


自分自身の価値を高めればいい。


頭がいい。


強い。


金がある。


権力がある。


地位がある。


人間が。


何を「上」と判断するのか。


それを積み上げれば。


この力は。


さらに強くなる。


十五年間。


私は。


剣を鍛えた。


魔法を鍛えた。


軍を率いる方法を覚えた。


今度は。


違う。


この世界には。


魔王はいない。


剣もいらない。


だが。


人間はいる。


社会がある。


国家がある。


そして。


動かせる力がある。


家の前で立ち止まる。


窓から。


明かりが漏れている。


中には。


父がいる。


母がいる。


妹がいる。


それだけで。


胸が少し軽くなった。


レナ。


バルド。


エリオ。


忘れることはない。


あの世界で生きた十五年を。


なかったことにするつもりもない。


だが。


私には。


こちらでも生きる時間がある。


こちらにも。


守るものがある。


十五歳の身体で。


三十歳まで生きた記憶を持ち。


魔王の力まで持ち帰った。


なら。


立ち止まっている理由はない。


私は家の扉を開けた。


十五年前に終わったはずの私の人生が。


もう一度。


動き始めていた。

こちらが本編です。

https://ncode.syosetu.com/n0337mb/

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。