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馬鹿だと貶しているうちは優位性を保てていると思っている馬鹿

久方ぶりに、女の子とデートをする。デートと言っても、ちょっとカフェでお茶して話す程度のことだろうけど。俺は彼女に俺のことを好きでいて欲しいし、それでいて、好きなままで俺から離れて欲しいと思っている。嫌われるよりは全然良いじゃん。誘いを一刀両断して気まずくなるより、優しくて好きだけど付き合う程じゃないって相手側に思われた方がいい。どーせ、俺のこと本気で好きな奴なんて何処にもいないし。


「氷野さん、お待たせしましたっ」


って小走りで駆け寄ってきた彼女はバイトで見る制服姿とは全然違くて、オフショルダーの花柄のトップスに淡い色のタイトめなミニスカートで可愛らしいとつい思ってしまった。


「全然待ってないよ。それよりもやっぱ服装で雰囲気変わるね!いつもより数倍可愛くみえる」


「えへへっ、そうですか??昨日、頑張って選んだ甲斐がありました」


照れながらだけど、得意げに鼻を鳴らす彼女の本気度がこちらまで伝わってきて、少し震えた。


「それじゃあ、今日は何処行くの?」


「ちょっとだけ待ってください、インスタで結構お洒落なとこ調べてきたんですよ」


と小さい鞄からスマホを取り出して、色々と写真を見せてくれた。ここら辺から何処行きたいですか?って。こうゆう状況で、何処でもいいよって湊に言ったときは「それ、どうでもいいと同じ意味ですから」って若干怒られた。だから俺は一つ学んだことがある。


「わあ、どれもお洒落で美味しそうなのばっかだね!俺も迷っちゃうなあ。一緒に決めない?」


一緒に決めようシステム。これで俺だけの責任で場所が決まるわけじゃないし、お互いの行きたいところの最大公約数的なところが選べる気がする。


「そうですね、私はこうゆうくまちゃんのかき氷とか可愛くて気になっちゃいますね!」


「可愛い、俺はこんな感じの落ち着いたお洒落なカフェでゆっくりしてみたいかな」


「それも良いですね、んー、どっち行きましょうか?」


「予算が許せばだけど、両方行ってみない?」


「賛成です!場所も近いですし。早速、電車に乗りましょうか」


と乗り込んだ電車は空いていて、でも、緊張は少しだけ残っていて、湊に対して後ろめたい気持ちとともに誰かに見つめられている気配をずっと感じていた。


「美優ちゃん、俺なんかといて楽しい?」


「え、何言ってんですか。すっごい楽しいですよ!」


「ごめん、ありがと。ちょっと不安になっちゃって」


謝ってからキスされないのは何処かもの寂しい。言いくるめられるほど楽しいとか好きだとか言ってくるアイツがウザったくもあったけど、そうじゃないと違和感みたいに感じられて、すげぇクズだけど、この子が湊だったら、なんて思ってしまっている。


「いえいえ、私こそ、緊張してうまく喋れなくて……」


「緊張してるの?」


「はい、そりゃあまあ」


「あははっ、俺はいつも通りの氷野 京一郎だよ。いつも通りに接してあげて?」


「ああ、いや、頑張ります……」


「ふふっ、手でも繋いでみる?」


「いやいやいやいや、もっと緊張しちゃいますって!」


「そっかあ、んーーー、キスのが良い??」


「ええっ!??」


「あははっ、冗談だよ??」


「もぅ、やめてくださいよぉ」


本当、かなり自分が気持ち悪く思えてきたからもう人生やめたい。



「(バッカじゃないの!!??)」


僕という存在がありながら、冗談でも「キスのが良い?」なんて聞くか?本当、僕のこと愛してないんじゃないの?京次郎さんに言われた言葉が遅効性の毒のように全身に回っていく。「だから湊くんに言う『好き』も『愛してる』も過去には他人に言ってた戯言なんだよ。そんな奴、信じられる??」って、ああ不信感が募ってく。けどあの女の子、京一さんに気を遣わせてばかりだから、こんなこと望んじゃいけないのはわかってるけど、正直、嫌われて欲しい。


京一さんと美優ちゃんとかいう女の子が最初のカフェに入っていった。ここでくまちゃんのかき氷を食べるみたいだ。みんなから羨ましがられたいがためだけの彼氏は、京一さんにとっては役不足だから、そんな映えとか気にしてインスタにツーショ載っけるとかなし、だから、そんなのルール違反だから……。裏垢でその子のストーリーを漁った。吉岡さんと繋がっておいて良かった。何が「バイトの先輩とくまちゃん♡」だ、「とっても気になる超絶格好良いバイト先が同じだけの憧れの先輩と、私では不釣り合いかもしれませんが一緒にカフェに来て頂きました」くらいの謙虚さは見せて欲しい。僕だってこれやりたくても、やったことないんだもん。インスタのストーリーに京一さんあげまくって、みんなから羨ましがられたいけど、それしたら京一さんに嫌われるってわかってるから僕だけの秘蔵ファイルを制作しているだけで。本当はちゅーしてるラブラブ感あるプリクラとか風船で飾り付けした部屋で誕生日パーティとかやって、劣等感が和らぐほどの優越感が欲しいんだ。


「可愛くて崩しちゃうのもったいないなあ」


って言いながら京一さんはくまちゃんの頭部からザクザク食べていくの可愛すぎる愛おしい。ってか、なんで二人で一つ??僕がお金出すから別々で食べよ??


「冷たっ!ふふっ、やっぱ夏はかき氷ですね!」


「そうだね、ひんやりしてて美味しい」


京一さんはアイスやエアコンですぐに身体が冷えちゃうタイプの人だから、無理して食べて体調崩さないかが一番心配だ。はやく出てきて、今すぐ帰ろうよ


「あの、京一郎さん、って呼んでいいですか?」


絶対にダメ。


「えーーー、どうしよっかなあ?」


「……ダメ、ですか?」


「今日だけなら良いよ、美優ちゃん。ほら、あーん」


はあ??これ、完璧に浮気現場だよね??僕、浮気しても許すってずっと思ってたけど、いざ実際にやられたら悔しさと怒りと悲しみで胸がものすごく痛い。


「うふふっ、とっても美味しいです♡」


「良かった……あ、電話。一旦外出るね」


え、電話?誰から??お店から出てきた京一さんはまず煙草を取り出して、火をつけた。嘘ついて、煙草休憩してる。その後でスマホを取り出して、何処かへ電話でも?、って、僕のスマホが震えた。


「湊、今授業中??」


「大丈夫です、どうしましたか?」


「いや、特に用はないんだけど、ただ連絡したくなって」


ああ、やばあ嬉しい。あんなことやっときながらでも、ちゃんと僕のこと考えてくれてたんだ。罪悪感かな?どうでもいいけど、連絡がきてめっちゃ嬉しい。


「京一さん、今、僕のこと考えてくれてるんですね。とっても可愛いです♡♡」


「俺はいっつも湊のこと考えてるけど??」


「ああ最高に可愛いっ!!大好きです♡♡」


「俺も大好きだよ、今すぐ湊に会いたい」


「本当ですか?」


見苦しい修羅場を作ってもいいの?結婚式の花嫁を連れ去ってもいいの?僕だって今すぐ貴方を抱きしめて僕のものにしていたい。


「本当、だけど、学校が終わるまではお預けだから。勉強がんば」


うっ、今すぐ学校から抜け出して会いに来ると思われてる日頃の行いの悪さ。学校行ってないことも相まって後ろめたさを感じた。


「分かりました、頑張ります。帰ったらたくさん甘やかして欲しいです」


「分かったよ、じゃあね……って俺クズすぎんなあ」


煙草の灰が落ちて、そんなため息まじりの声が漏れた。嫌われたくない、愛して欲しい、が心に錆ついているようで息苦しそうだった。甘やかされなきゃいけないのはきっと僕よりも京一さんの方だ。僕が最近、京一さんとのイチャイチャタイムが確保できてなくて、京一さんが不安がってるのは薄々感じていた。でも、込められたスケジュールは移動できないし、何も譲りたくないのに、京一さんとの時間だけがどんどんと削られている気がする。


「京一郎さん、電話、誰からでした?」


「あー、幼馴染、たまに電話くれるんだよね」


「仲良いんですね」


「うん、めっちゃ仲良い」


そうだよ!!めっちゃ仲良いんだよ、だから貴方が僕と京一さんの間に入り込む隙間なんて一ナノメートルもないんだから、図に乗らないで京一さんを近くから眺められる距離にいることに感謝して欲しい。


「……女の子ですか?」


「ううん、男の子だよ。どうして?」


「いや、それにしては、楽しそうに喋ってたような気がして、」


「会話の楽しさに性別って関係あるの?」


うっわ、格好良い!!!!痺れる!!!そういう京一さんが好きで僕は京一さんに惚れて、近付けば近付くほど京一さんのことが好きになって、逃れられなくなるんだ。


「……私は男の人と話す方が楽しい、から」


「そうなんだ、確かに。あかりのこと苦手そうだもんね!」


と煽ってるのか京一さんが笑顔を見せた。


「あかり先輩は、ああ見えて男たらしですよ?」


「嘘、」


「本当ですって、この前だって橋下さんに色目使ってましたし」


「え、まじで?どんな感じで?」


「ふふっ、何でそんなに気にするんですか?」


「別に?気にしてないけど」


ってツンデレなのも可愛いいいい、じゃなかった。僕的には吉岡さんの株を下げられるとまずいのである。京一さん、そんなの嘘ですって。喋っている本人の先入観で得た事実が曲解されてそうなってるだけです。


次は京一さんが行きたいと言った落ち着いた雰囲気のアンティークを基調としたカフェに来た。ここでは僕も店内に入って探る。ここで京一さんの顔が見えるような席に座りたかったんだけど、店内に後から次いで入った瞬間、京一さんにガン見されたので、怖くて逃げた。おそらく背格好で気付いて僕みたいな人がいるって怪しんでそう。タンスの肥やしを引っ張り出してきて眼鏡かけて髪の毛も巻いてきたのに、あの人の観察眼は鋭いから、とても恐ろしいけどそれがとても僕を見てくれている感があって好き。京一さんの背後に回り込んで、勉強をする学生を装った。


「ここ、やっぱりお洒落ですね。来て正解でした」


とまた、その女の子は店内を写真に撮る。僕は撮らないで肖像権侵害だから。


「ああ、うん。勉強にもちょうど良さそう」


「そういえば、京一郎さんは大学どこ通ってるんですか?」


「俺、大学行ってないよ。それでいてニートだから、完璧な社会不適合者だね」


何で、嘘言うんだろう。京一さんは大学も通ってて、アルバイトだってしてるのに。社会不適合者だって自分を卑下しないで欲しい。


「え、頭良いって聞きましたけど」


「大学は、根本的に合わなくて。ふざけてるよね、中学高校までは朝から晩までびっしりとスケジュール組ませられるくせに、大学は自分で組めって入学早々で突き飛ばされて、それでいて単位くれないし学費だけはどんどんと奪ってくし。だから、大卒の名誉のためだけにこんな苦労とお金を消費するのは馬鹿らしいって思って、退学したんだ」


「そう、なんですか……」


「失望した?」


何処か楽しそうな声色でそう聞く貴方はやはり掴みどころのない人で何を考えてるのか分からない。いや、たぶんこれは嫌われたがってるのかもしれない。僕のことを考えて。


「……いいえ、そんなことない、です」


違う、嘘をついて社会的弱者を相手が受け入れてくれるか試してるんだ。聞いたことがある、男は女の顔に女は男の金に恋をするって。京一さんって、お金ないとずっとイライラしてるし、働いても働くことがストレスでもっとイライラするし、散財が趣味だからどーでもいいもの買ってはそんな自分にイライラするタイプだ。だから、お金目当てで好きを装う女性かどうか試してるんじゃない?じゃあ何で尚更、お金目当てじゃない僕で満足してくれないの?京一さんは僕の顔を綺麗、綺麗って褒めてくれるのに、何で……、考えてくと虚しくなるばかりだ。こんな試し行動するほど、貴方はこの子が好き、なんだね。



会話していても何処か、ぎこちなさを感じる。今日の美優ちゃんは俺といるのが楽しそうじゃないように思えてならない。会話の仕方を忘れてしまったみたいに、はにかんで「そうだね」って適当な相槌で終わっていく。俺ってこんなにもコミュ力無かったんだって痛感して、早くお開きにしないととタイミングを見計らっている。


「あぁ、ここのコーヒーめっちゃ美味しかったあ」


とわざとらしくコーヒーを飲み終わったことを伝えて、終わりを示唆した。美優ちゃんは何かを考えている様子で、目を伏せて合わせてくれない。


「京一郎さんってコーヒー好きですよね」


「うん、そうだけど?」


「やっぱり、一緒に飲めるような子のが好きですか?」


彼女は情けなさそうにアイスティーのカップを持ってさすっていた。美優ちゃんは前にコーヒー苦手でって言ってたから、すぐに合点がいった。


「んー、好きなものが同じだと、そりゃあ一緒に楽しめたり共感できたりするかもだけど、好みを無理に合わせて欲しいとは思わないし、自分の好きなものに好きだって真っ直ぐ言えるような子のが好きかな」


「どうしてですか?」


「だって、強いじゃん。ちゃんと自分を持ってて、他人がどう思うかに振り回されないんだから。そうゆう強さに俺は憧れる」


「京一郎さんも強いと思いますけどね」


「強がってるだけだよ」


強がってるだけ、ずっとずっと、相手より劣っていると見抜かれないように、馬鹿にされないように。傷つかないように。騙して格好付けて体裁良くいるだけで、本当の俺は気持ち悪いほど弱い。


「京一郎さん、この後は何処へ行きましょうか」


「んーーー、そうだなあ」


もう暗くなってきたし帰ろうか、なんて俺が言ってしまったら彼女は悲しむのだろうか。それが怖くて言えない。


「あ、呑み屋でも行きます?」


と陽が赤くなってきた頃、彼女がふと思い付いたようにでも冗談半分みたいに軽くそんなことを口にした。


「えー、ダメだって。俺酔ったら何するかわかんないよ?」


照れくさい台詞で俺は渋った様子を見せて、頭ん中ではどうにか帰る理由を探しているなんて、クソだろう。こんな茶番。


「……何、するんですか?」


呑んでもないのに酔ったふうに頬が染まってみえるのは、たぶん俺のせいじゃなくて、夕陽に照らされているから。そんな女の顔で俺の方を見られても、湊に分厚い聖書で撲殺されてしまうから、この重い十字架を背負った俺の身体は動きを止めた。


「いや、あはは、今日はもう遅いから家まで送るよ」


そんな不自然な苦笑いで紳士の猿真似でエスコート。


「ありがとう、ございます」


帰りの電車はあまり言葉を交わさなかった。関係性を良くするばかりか悪い方へと行った気がする。こうゆう経験の積み重ねが人間との会話を億劫にさせていく。努力は決して裏切らないと言うけれど、間違った努力では成果は生まれない。どれもこれも失敗しないような教科書が欲しい。何が正解で何が間違ってるか、逐一俺に教えて欲しい。



「湊、帰ってたんだ」


帰ったら湊のローファーが俺の家の玄関に置いてある。なんて言い訳しよう。


「おかえりなさい。何処に行ってたんですか?」


「別に、ちょっと散歩してただけだよ」


「そうですか。京一さん」


と言って、笑顔で両手を広げて甘えてくる湊は、クズな俺でも受け入れてくれるような天使に見えた。その寛大な心にどっぷりと甘えて、俺は湊を抱き締めてから目を閉じた。


「……ごめん、湊。本当にごめん」


「ふふっ、いきなり何ですか?」


何も知らないで微笑む湊のその顔がもう見られなくなるのが怖くて俺は言葉を詰まらせた。どーせなら窒息死でもしてしまいたいほどだった。だけど、懺悔をしなければ余計に苦しくなってしまいそうで、楽になりたくて吐き出した。


「さっきまでバ先で仲良くなった人とお茶してた」


「誰ですか?」


湊は俺を慰めるように優しい口調で背中をさすってくれた。でも、きっと怒ってる。


「美優ちゃん」


「女の子ですか、それで?」


とゆーか、呆れられてる。


「……それだけ、他には何もない」


「そうなんですね、信じてます」


優しさが、怖い。俺のこと、どーでもいいから、そんなに優しくできるんだろうな。だから、俺も拗ねて、


「湊はさ、俺以外の人を好きになったりしないの?」


なんて、軽々しく自爆しそうなことを尋ねた。


「そんなの、するわけないじゃないですか……」


あ、地雷だった。湊が泣き出してしまった。俺のことを離すまいと力強く抱き締めて。


「そうなんだ、ごめんね」


「貴方のことを想うと、胸が張り裂けそうです」


「ごめん、ごめんってば」


って言いながら、俺は湊が俺のことをまだ好きでいてくれることが嬉しくて笑ってしまっている。


「僕と付き合っている以上は、浮気は絶対に許しません」


「じゃあ、仲直りのちゅーしよ?」


「貴方はいつもそうやって……んっ、そうやって僕を懐柔するんだ」


俺のことで怒ってる湊も、キスされて照れてる湊も、どっちも可愛くて、ああ、こうやってずっと、俺はこいつのこと好きなままでいるんだろうなって妄想すると幸せだった。


「あははっ、満更でもない顔してる」


湊の顎を掴んで、その綺麗な顔を眺めては愉悦に浸る俺は、人間を殺すために補食する巨人と同じぐらい悪趣味だろう。


「僕は貴方のことが本気で好きなんですからしょうがないじゃないですか」


「俺も本気なんだけど」


「ああもうじゃあ何で行ったんですか?何で僕がいるのに他の人とデートなんてするんですか?僕じゃ満足できないからですか?」


湊は不機嫌と照れ隠しの間を行ったり来たりして、でも俺からは離れないで、ぴとってくっ付いてるのが愛おしい。


「だから、ごめんねって」


「あ、また謝っ……結局、キスしたいだけじゃないですか」


キスし終えた後にそれを呆れたように言われてしまっては、もうどうしようもならなかった。機嫌直してくれると思ったのに。


「あはっ、バレちゃったあ」


「ふふっ、そうゆう貴方も好きですよ」


そう湊が微笑みながらに言った優しい言葉は、冗談なのか本気なのか、はたまた嘘なのか真なのか。湊のことを俺は何もわかってなくて、でも自分本位に俺のことは湊にわかって欲しいって嘆いているのが馬鹿馬鹿しかった。



「京一さん、僕、エキストラとしてドラマに出演することになりました。顔がテレビに映ります」


「凄いじゃん!!なのに、何でそんな暗い顔してんの?録画して何回も見たいくらいなのに」


京一さんはそれを純粋に喜んでくれて、応援してくれていて、けど僕にはそれを受け入れる余裕が無かった。恐怖と不安しか今の僕には無いようだ。


「上手にできるか自信が無くて……」


「始めから上手くやろうとしなくて良いんだよ。今できる最大限をやってくれば良いんだから」


「そんな簡単に言いますけど、それが難しいんじゃないですか」


貴方のアドバイスにも耳が貸せないほど、意見してまうほど、今の僕は切羽詰まってるんだと、貴方を傷つけてしまってから気づいた。


「わかった。緊張でぎこちない演技になるくらいなら、酒でも飲んで暴れてきたら?」


「やりません」


「緊張しなくなるのに?」


「貴方は逆にお酒に頼りすぎなんですよ。何で昼間から飲んでるんですか?」


「え?ただ生きてるだけなのに嫌なことは尽きないからあ。まじでやってらんないね」


とまた空になった缶を床に転がす。ああ、もう、この人は。……何で僕はこんなにもイライラしてんのに貴方のことは愛おしく見えてしまうのだろうか。


「それって、僕のせいですか?」


「そんなことない。とゆーか、湊は色々と悪い方へと考えちゃうんだよね。わかってるよ。みんなみんな、自分が深く傷付くのが怖いから、その場から逃げたり相手を傷付けたり自分に浅い傷を付けたりするんだって、わかったから……」


「じゃあ、こうしましょう。僕が上手くやったら褒めてください。僕が下手に転けたら笑ってください。これなら僕は何も怖くないです」


「湊は数多いる他人からの評価よりも俺からの評価を優先するの?」


「そうゆうことです。僕は貴方の声しか聴きたくないので」


「あははっ、独りよがりなエゴイスト!」


「そうですよ、嫌いますか?」


「ううん、大好きぃ」


と貴方を僕を抱き締めて褒めてくれるからもうずっと貴方以外の誰が何と言おうとこのままで生きていこうと心に誓った。



「京一さん、そんなテレビに近づいちゃダメですよ」


「湊の電波デビューをリアタイで見逃したくないから」


「ちゃんと大画面でも映りますし、台詞も少しだけですけどありますから」


可愛いなあ、僕の電波デビューって。録画もしてあるのに。目に焼き付けようと必死になって目を見開いてるのが可愛すぎた。

僕が出演させていただいたのは人気探偵ドラマシリーズで、僕の役どころは母親が何者かに殺された中学生役だ。


「あ、湊だ!!」


シリアス展開でも大盛り上がりである。


「何で、何で僕のお母さんが、殺されなきゃなんないんですか?誰でも良いなら自殺してろよ……」


と怒りながらに泣き出してしまう少年が僕だ。そして、警察役の人になだめられてその場から退場する。僕が退場した後も京一さんは静かにドラマに見入っていた。


「湊のシーン、あれだけなの?」


ドラマの終盤になってきてやっと京一さんが口を開いた。


「はい、一瞬でしたね」


「いや、そうじゃなくて、救われるシーンとかないのかなって、あのままじゃ、苦しい、ずっと……」


「苦しい、ですか?」


「苦しさや痛みが共鳴してきたの!!ねえ、助けてあげたいよお」


と僕に駄々こねて言われても、僕は脚本家でもないですし。それにあの子は実際にはいない。共感力が高すぎるのか、感受性が豊かなのか、たぶん京一さんは映画で泣けるタイプだろう。


「ドラマのフィクションですけど?」


「でもでも、何か、引き取られた親戚が優しい人で、とか。何とかしてあの子救われないの?」


「そこまで設定されてないですね」


「あはは、そっかあ。いや、ふふ、ダメだなあ俺」


いきなり笑い出して、うなだれて、床の上に倒れる貴方。さっきまでの元気を失ってしまったようだ。


「どうしたんですか?」


「湊本人が苦しんでるように見えちゃった。だから、フィクションでもハピエンにならないと俺がつらいんだ。ふふっ、クズでしょ??」


貴方が自分を貶す時は、落ち込みながらよりも狂ったように笑いながらのが精神的に壊れている時だ。だから、酒へとすぐに手を伸ばすし、自暴自棄になってなんでもかんでも癇癪に任せて動き回るんだ。


「何で貴方がつらいんですか?」


「わかんないの?俺がお前を苦しめてるって」


「わかんないです。僕は貴方といれば幸せです」


「っぷはぁ、ああやっぱ、湊はそうだよね。逆に安心するわぁ」


と一気に飲み干した缶を潰して、床へ放り投げる。


「何がですか?」


「俺が何しようとお前は、もはや気持ち悪いほど俺を傷付けるようなことはしない。あははっ、馬鹿みてえ!!」


だってそうやって嘲笑されても、その相手が京一さんならばそれは僕にとって、ご褒美なのだから。貴方のそれは、自分の首絞めながら笑顔を取り繕ってるのと同意だから。見入ってしまう。


「京一さん、僕のこと嫌いになりました?」


「んーんっ、とーってもだいしゅきだよぉ♡♡」


とふざけた後で、僕に抱きつこうとして一旦躊躇い、どう僕に触れればいいのか分からなくなった反省した様子を見せられた。「ごめんね、酷いこと言って」と耳元で囁かれて、貴方はそっぽを向いた。


苦しい。貴方の懺悔は僕の胸で酷く痛む。だから貴方を、貴方の存在を、僕は許さずにはいられない。


「……ふふ、ごめんなさい。なんか、泣けてきちゃいました」


「湊を苦しめてばっかでごめん。俺なんかが生きててごめんね」


もらい泣きした貴方は何処か朗らかに安らかに微笑んでいた。

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