中身が薄っぺらいのを建前の大きさで誤魔化してんじゃねえよ
僕が貴方の手フェチなのは理由がある。
その手が僕の身体を触って、性感帯を刺激してナカまでかき乱して、僕は絶頂を迎えると妄想するだけで萌えるからだ。つまり貴方の手は、その大きさ、角張った骨の感じ、細くて美しい指先まで、とにかくエロいのである。貴方の手のちょっとした仕草、力を込めた瞬間、指先が器用に滑らかに動く感じ、それを目の当たりにしてしまうと、その手で僕の全部を触って欲しくなって身体が疼く。貴方がとても欲しくなる。
でも常日頃からそんなことを考えてしまう僕はきっと異常で、貴方にこれを伝えてしまうと気持ち悪がられてしまうだろう。
「京一さん、少しだけ手を出して頂けませんか?」
「ん」
とスマホを握っている右手はそのままで、左手を僕の方へと目もくれずに差し出した。今、貴方の左手は僕の両手の上にある。やば、めっちゃ興奮する。どの角度から見ても貴方の手はエロくて格好良くて完璧だった。クロムハーツの指輪をはめても良く似合うだろうゴツゴツした男らしい手で、でも爪の先まで美しい、細長い白い指をしている。ふぁっきゅーふぃんがーさいんをして欲しくなる絵画よりも美麗な手だ。この長い指が、僕の奥まで届いて刺激してくれたらと思うと……ダメだ、理性を保て。青柳 湊。
「うわっ、何してんの……?」
いきなり手を引っ込められてしまった。そして、めっちゃ引かれてる。つい、京一さんの左手の中指を唇で食んでしまったのだ。指先の形がいまだに唇の触感に残っていて僕はまだ幸福にいた。
「京一さんの手がとてもお綺麗だったので、つい」
「……汚ねぇぞ?スマホ触ったまま洗ってないし」
「衛生的な話じゃないです形状的に唆られるんです」
勘違いも可愛らしくて推せる!!愛おしい!!グーとパーを繰り返して首を捻る貴方のその仕草を動画にして永久ループしていたい。貴方はよく分からなそうにしてから、手を念入りに洗っていた。僕の唾液は汚いから、貴方を汚してしまった、ごめんなさい。
「手フェチなの?」
「……はい、恥ずかしながら」
バレた。最悪、気持ち悪がられる。
「へえ、口開けて?あーん」
何かを企んでそうな微笑みでそう貴方は言ってきて、口の端から僕の頬に添えた手の親指を滑り込ませてきて、僕はそれに促され素直に口開けると、口の中を人差し指と中指で弄られる。
「あっ、やらあ……きたらいでしゅよ??」
うまく喋れないなりにその行為に抵抗を示したが、その非日常感に感情が昂ってしまっているのか、
「じゃあ、本気で嫌がってみれば?」
と京一さんに煽られても僕の手はまったく動かない。寧ろキュンときてしまって、まったく嫌じゃない。
「ふふふ、んっ...…///」
少し嘔吐いてしまった僕のことを察したのか京一さんが反射的に指を抜いてしまった。でも僕はまだ僕の咥内に入れていて欲しくて触ってて欲しくて、その手首を掴んで指を舌でゆっくりと舐めた。
「指フェラしてくれてんの?」
えっ……ろ!!!!その見下している瞳が僕を降伏させて、その見透かしている笑顔が僕を興奮させる。
「気持ち、良?」
「あははっ、可愛い♡♡」
って僕の口端から親指を入れて、口を開かせたままにした京一さんは、その状態を楽しそうに見つめて、それから舌を絡めたキスをした。無理ぃ、色気がやばくてしんどい。
「今日はこれで終わり」
突然、終了の合図を告げられた。
「……もっと、してくれないんですか?」
僕はとにかく、彼がこのタイミングで終わらせる意味がわかんなくて、呆然としたまま、虚しさが次々に心を食っていくのを感じていた。
「これ以上は、とにかくやばいから……」
「何がですか?」
「あははっ、人が言葉濁してんのに聞いてくんじゃねえよ」
って軽く蹴られた。
湊が最近、ジェラピケのパジャマ姿で俺の部屋にいる。前まではどっかのスポーツブランドのジャージ姿だったのに、なんか「最近、買ってもらったんですよ」って何着かバリエーションのあるジェラピケを着回している。曰く、澪さんのチョイスらしい。澪さんんんん、ナイスだけどナイスじゃないですよ。何であんなにパンツ短いの?湊のふわもちの太ももが常時に露になっていることで、どれだけ俺の精神的負担が大きいことか。てゆーか、湊のツルスベ肌はいつでも触っていたい。ああああ、死ぬ。ただの変態じゃん。
「京一さん、なんか最近そっけないですよね」
「そんなことない」
ごめん、そんなことなくないけどそうでもしないと理性を保っていられなくなるから。
「もしかして美優ちゃんって子のこと……まだ好き、なんですか?」
「は?いやいやいや、俺は湊が一番だよ」
「ふふふっ、そうですよね!変なこと聞きました」
プルルルル、あ、俺のスマホだ。
「もしもし、何?」
「氷野さん、酒飲みましたか?」
「はあ?飲んでねえけど」
「良かったあ!人員足りてなくてピンチなんですよ。今すぐ来てください!」
「意味わかんねえ、せっかくの休日……ああ、わかった行くよ!!」
クッソ、後で酒と煙草奢らせよ。
「何処へ行くんですか?」
「バ先、呼び出された」
とそのスマホをポケットに入れて、サンダルで出かけようとすると
「行かないでください」
って軽く手を握って引き留められた。
「えっ……」
と俺が振り返って湊の方を見ると、湊が何だか寂しそうに見えた。
「ごめんなさい、血迷いました。……頑張ってくださいね!」
未練がましく手を離され、貼り付けた笑顔の薄っぺらい応援なんか、いらないのに。寂しい顔を隠したその額にキスをした。
「ありがと、頑張ってくるね!」
玄関が閉まる音で身が引き締まる思いがした。
「京一郎さん、まじナイスですぅ!ありがとうございます!!」
レジ待ちの列をさばききった後で、ホッと一息つけると思ったら、全力で感謝された。
「てゆーか、今までずっとワンオペしてたん??」
「だって、みんな予定あるって言われて……」
「シフト自分で入れたんだからちゃんと出ろよなあ。……あ、休憩取ってこいよ。どーせ取れてねえだろ?」
「いえいえ、そんなことできないですって!呼び出しておいてそんな」
「いーから!!あと、好きなのなんか持ってってよ」
って商品棚を顎で指して、いくらでも持ってけってニヤついたら、また酷く遠慮された。
「もう、うまい棒で良いですから!!」
こんな怒られ方をしたのは初めてだった。ドタキャンした奴らから割り勘で金巻き上げようと思ってんのに。三十分の休憩でまた戻ってきた。
「お前、早えよ!!」
「だって、やることいっぱいあるじゃないですか!」
「そーいや、店長どーしてんの?」
「なんか他店舗行ってて夜には来るって」
「ざけてんなあ、給料倍じゃねえと割に合わねえって」
「ほんと、ごめんなさい。せっかくの休日なのに……」
「ん?いや俺じゃなくて、お前のこと言ってんの。人の二、三倍働いてんだから、そんぐらい貰ってもええやん?」
「エセ関西弁」
「あはっ、腹立つわぁ」
夜の二十二時くらいになって、やっと店長が来た。……うっざ!!!
「ごめんごめん、遅くなっちゃって!あっ、氷野さん来てくれたんだ!良かった良かった」
いいや、何も良くねえよ。
「てんちょー、俺らめーっちゃ頑張ったんで、ピザのデリバリー取ろうと思うんすよぉ。で、そのお金を誰が出すか話してて……」
「ふふっ、京一郎さんまじでいいっすよ」
って笑いをこらえている彼女の「いいっすよ」は「そんなにしなくていい」なのか、「京一郎、いいぞ、もっとやれ」なのか。
「ドタキャンした奴らに罰金刑を課すべきか、責任者が責任を持って謝罪するべきか。店長はどう思いますか?」
「……本っ当に申し訳ない!」
「俺じゃなくて彼女に」
「申し訳なかった、バイトのみんなにもよく言っておくね!今日は二人とも上がっていいよ。お疲れ様」
「お疲れ様です」
「おつでーす」
とバックヤードに戻っていく。
「氷野さん、店長に向かって態度悪いですよ」
「あー、なんか頭にきて、ごめん」
「でも、ありがとうございます。ちょっぴり面白かったです」
って彼女が笑ってくれたから、俺はあまり気に病まないで済んだ。
「よし、ピザ食べよ」
「めっちゃ夜食じゃないですか!」
「でもお腹すいてるっしょ?」
「はいいい」
ピザを頼んでから制服から私服に着替えて、店内でコーラや酒を買った。あかりは自分の分は、って払おうとしたけど全力で拒んで阻止した。
「うわあ、美味そーっ♡」
休憩室の机いっぱいにピザを並べて、ピザパの準備万端。
「完璧に頼みすぎた感ありますけどね。ふふっ、今日頑張って良かった」
ってあかりはその様子を写真に撮ってる。
「じゃ、「いただきまーす」」
酒を飲んでカロリー爆弾を摂取する。暴飲暴食、この楽しみを知ったら最後、やめられない。ピザを取る手が止まらない。
「今日、ここ来る前まで何してたんですか?」
「特に、家にいただけだけど……あっ!」
「何?」
「湊、家に置きっぱだ」
「ふふっ、湊くんを物みたいに言わないで」
「だってアイツ、俺の帰り遅いと拗ねんじゃん」
「知りませんよ」
ってずっとツボられてる。
「今日もさあ、美優ちゃんのこと好きなの?って疑われたしぃ」
「それは貴方が100%悪いです」
「まあそうだけどさあ、んー、俺あの子のこと全然好きじゃないんだけどなあ」
「それ、美優ちゃん本人に聞かせたらビンタされますよ絶対」
「あっ、そういやあの子、お前のことも嫌いだって〜!」
やば、絶対に変なこと変なテンションで言った。もう酔ってんのか?
「知ってますよ、貴方と仲が良いばかりに嫉妬されてるんです。あーあ、可哀想な私」
「じゃあ、俺と縁切る?」
「は?馬鹿なこと言わないでください」
「ふん、高卒に言われたくないね!」
「大学中退ギリギリのくせに」
「ぷふっ、あはははっ、嫌われないように生きるよりも好きなように生きる方がうんと良いわあ」
「貴方、嫌われるようにしか生きてなくないですか?」
「まじ酷ぇことゆーじゃん!!湊だったら、京一さんが好きに生きられるよう僕が支えますね♡、って優ぁしくゆってくれんのにぃ」
「ふふっ、可愛いですね湊くん♡」
「本当、まじ可愛いよ!??有り得ねえってくらい可愛いしい天使だしい。なんかもー、湊に会いたくなってきたあ」
京一郎がビデオ通話を開始しました。
「京一さん!?どうしたんですか??大丈夫ですか??」
「湊ぉ、ふふふっ、湊だあ♡♡」
ってスマホに向かって手を振ってると、あかりに取られて、
「湊くん、吉岡です。今ね、コンビニの休憩室でピザ食べてるんだけど、もし良かったらおいで!」
って勝手に言われた。スマホは取り返した。
「湊ぉ、俺はまだシラフだから大丈夫だよ?」
「ダメですね、迎えに行きます」
って家から出ていく瞬間が見えた。
「湊くん来るの!?」
「うん」
「ふふふっ、ピザめっちゃ余ってるから食べてもらわないとね!」
あかりがやけに上機嫌。
「ピザって10回言ってみ?」
「ピザピザピザピザピザピザピザピザピザピザ!」
「イタリアにある斜塔は?」
「ひ……」
「ぶっぶー!正解は、ピサの斜塔でしたあ」
「ひっど!!普通、肘じゃない??」
「俺に普通は通用しませーん!」
「ムカつくぅ」
って暇を潰していると、自動ドアが開く音がしたからバックヤードから駆け出して行って、店長に驚かれた。
「また何か頼んだの?」
「いや、えーっと、そうです!食べ切れなくて処理班を作りたくて……」
店に来たのはただの客で、焦ってグダグダと言い訳を並べていると
「店長もピザ食べますか?」
って彼女はピザ片手に持ってきた。
「え、食べるぅ」
客来てんじゃん、食べんなよ。また誰か来た。
「京一さん、お迎えに来まし……」
と湊が上下ジェラピケのパジャマにクロックスで走ってきた。俺は思わずカウンター飛び越えて、湊に抱きついた。
「何?彼女?」
「まあ、そんなところです」
考えなしに飛び付いてしまって、その後の言葉が詰まっていた沈黙に、店長とあかりの声が響く。
「こっちおいで」
湊を抱きしめて隠しながらバックヤードに連れていこうとすると、
「氷野くん、関係者以外立ち入り禁止だから」
なんて小声を言われた、クソ。
「関係者の親しい人も関係者です」
「それは無理があるんじゃないかなー?」
自分でも分かってんだろ?って感じに笑われた。これは無理か、でもどうしよう。
「湊、屈んで」
コピー機などがあるところの隅っこに連れていき、その隅が正面になるように湊を向かせてしゃがませた。要は、湊の背中しか見えないようにしたのだ。それから休憩室にあるブランケットを借りて、ピザを一つの箱にまとめて、ってしてると、
「何してるんですか?」
とあかりに言われた。
「あっ、丁度良いや。お菓子とかお酒とかビニール袋に入れてくんない?」
「持ち帰るんですか?」
「うん、足りなかったら追加しても良いよ」
「え?」
「ふふっ、冗談!お腹いっぱいだよね!」
「あっ、はい。一応、まとめました」
「ありがと。で、何でアレだけ残してるの?」
ジュースとポテチひと袋の残りだけがテーブルの上で置き去りにされている。
「私の分にしようかなって……」
「私の分も入れてくださいよぉ、あかりセンパーイ!」
って煽りながら適当にジュースもポテチも入れて、そのビニール袋をあかりに手渡した。渡された彼女は何処かぼーっとしていて、魂ここにあらずって感じだった。
「私は何をすれば……?」
「俺ん家までそれを運んでもらっても良い?」
「私、が?」
「ダメ?」
「いや、良いですけど。私、氷野さん家知りませんよ?」
「あはっ、一人では行かせないって!」
「そ、そうですよね〜!」
俺はピザ片手にブランケット持って、湊の元まで行った。店長に絡まれている湊が見えた。ずっと壁に向かってしゃがんでんの可愛い。
「氷野さんの弟さん?」
「いえ、違います」
「そーです!!弟ですぅ!!!」
慌てて駆け寄って、湊にブランケットをかけながら、色々と隠した。なのに、
「違います」
と淡々と頑なに否定し続ける。
「なんだよ!!そうだろ??」
そう口裏合わせるってことだったじゃん!!湊を立ち上がらせて顔を合わせると、
「……違い、ます」
って、何で悔しげに泣きそうになりながら言ってんの??
「ふふっ、何?どした?」
何ともないだろって笑いかけて、
「ごめんなさい」
と言わせた。
「脚、寒いでしょ?」
湊の腰にブランケット巻いて、ただ俺が俺以外に誰にも湊の綺麗な生脚を見せたくなかったからなのに。
「ありがとうございます。優しいですね」
って言われて心が傷んだ。
「コンビニで喧嘩するバカップルってたまにいますよね〜」
店長にあかりが話しかけてる。
「ん?」
店長はよくわかってない様子。それをそのままにして、あかりがこっちに来た。それで、
「君達のことだよ?」
って小声で言って楽しそうにする。
「じゃあ、行こっか」
コンビニから出るとモワッとした夏の夜の空気に包まれため息が出た。
「吉岡さんのが分かってます」
湊が俺の隣じゃなくてあかりの隣を歩いてそう言った。
「あ?何が?」
「……恋人だって、言ってくれてもいいじゃないですか」
「はあ?お前のが分かってねぇな」
「何が?」
仕事の人にプライベートのことをズカズカと聞かれるの嫌だし。それに男同士だとどうしてもからかわれるだろうし。湊、可愛いし?
「……とにかく、嫌なものは嫌なんだよ」
「へえ、僕と恋人同士だって思われるの、そんなに嫌だったんですね」
「そうだよ、だからもうやめてよね。外で恋人面すんの」
湊の顔も見れずに何だか喧嘩しちゃってる。泣きそう。
「ちょっと、氷野さん!?」
あかりが何か驚いてるけど、俺そんなまずいこと言ったか?
「分かりました。今まですいませんでした」
って謝られてからまた会話が途切れて、何を話そうか考えていたら、湊が道端にしゃがみこんで泣き出していた。
「何泣いてんの?」
「貴方には、分かんないです」
湊に拒絶されて、俺ももう泣いてしまいそうだった。泣きたいのは俺の方なのに。
「でも言わなきゃもっと分かんねぇよ?」
「そう言うところも、大好きです♡」
本当にコイツは、分っかんねぇな。
京一さんが「寒いでしょ」って巻いてくれたブランケットは正直、夏の夜では暑くて、歩きにくいから取ってしまおうか悩んでいたのを吉岡さんが察してくれた。
「このブランケットは、たぶん湊くんの脚を隠すためじゃないかな?」
「何で分かるんですか?」
吉岡さんが僕の機嫌を取るためにそんなことを言ってくれたのだろうに、僕はずっと疑心暗鬼で真実を求めようとしている。
「だって氷野さんのあの動揺っぷり、面白かったもん。たぶん脚フェチだね」
「あー、だから京一さんよく膝枕せがむんだ」
「ふふっ、何それめっちゃ面白い!」
面白いじゃなくて、僕の中ではめっちゃ可愛いなんだけど。
「なあ、あかりぃ。俺ん家やべぇ汚ねぇけど気にすんなよ?気にしたら負けだかんね?」
って京一さんは玄関を開ける。京一さんの匂いがする部屋。焼け焦げた床、挟まった硝子の破片、壁にできた穴まで愛おしい。吉岡さんの方を見ると、絶句してる。
「……え、ここ賃貸ですよね??」
「うん!」
元気な返事。可愛い。
「じゃあ、二次会始めよっか〜っ!」
って貴方はコンビニから持ってきたお酒を冷蔵庫に詰め込んで、ピザの箱とお菓子、缶チューハイを机の上で豪快に開ける。僕達はその机の周りに座っていた。
「私、ここにいて、良いんですか?」
「ん?愚問だなぁ、パーティに主役がいなくてどーすんの?」
京一さんは缶チューハイを吉岡さんのおでこにピトッと付けた。要はあれだ、冷たっ!って反応を見たいあれ。
「主役って、そんなのなったことないです」
「それなら、今日が初めて、だね♡」
距離をつめて彼女の隣に座り、貴方は吉岡さんを口説くように僕の目の前でそう言った。僕に言って欲しかった言葉を貴方が誰かに言っていることが、その事実が、僕を虚しくさせる。
ヤケ食いした。晩御飯は貴方と食べようと思ったからとっておいたのに、僕のことなんか貴方は見てもいないみたい。スクリーンとお酒に夢中で、本当に何も見えていない。
「湊くんって、結構食べるんだね!」
「普段は少食です」
って缶ジュースと間違えて、お酒でピザを流し込んでしまって、しかも残念なことに僕はお酒に弱い体質だったみたいで、一瞬で顔が真っ赤になって酔っ払った。
「わっ、湊くん大丈夫!?」
その異変に最初に気付いたのは吉岡さんの方。グラグラする。あとは、寂しさが強まったみたいで貴方を抱きしめたくて仕方がない。
「えへへっ、だーいじょぶでーすぅ」
いいや、何も大丈夫じゃない。何かいつもよりもずっとヘラヘラと笑っちゃうし、勝手に身体がゆらゆらと動く。
「湊、水飲もうな」
いつの間にか貴方が水をグラスで持ってきてくれて、僕に渡してくれた。それを飲んで、少し落ち着いて、
「京一さぁん、もお外じゃないんで、"恋人面"しても良いですかぁ?」
って勇気を出して貴方の手に触れた。
「何言ってんの?」
貴方はさりげなくその手を避けて、僕の隣に座り直した。
「え?」
「恋人面って、お前は俺の恋人じゃなかったっけ?」
って貴方は腕を回して僕の肩を引き寄せる。貴方が酔ってようと酔ってなかろうと、こんなことを僕に言ってくれる貴方がとても魅力的でこの沼から抜け出せない。
「恋人ですぅ、んーっ♡」
「ハイハイ、人前だからやめようね」
と窘められるのも大好き。
「氷野さんって、案外男なんですね」
「元々、俺は男だけど?」
「いや、普段は氷野 京一郎ってキャラクターにしか見えなくて、なんかサンリオみたいな。それで、性別とか全然気にしてなかったんですけど、湊くんの前ではちゃんと男してんだなぁって思って」
京一さんがサンリオキャラクターだったら僕が全てグッズ買い占めたい。絶対に可愛い。
「そうです!!京一さんは超絶格好良い男で、僕の恋人なんですぅ!!」
「あはっ、もう湊には酒一滴も呑ませねえ」
目が覚めた。僕の隣には吉岡さんが寝ていた。潰されたピザの箱、お菓子のゴミ、空になった缶チューハイ、京一さんがまた吐いたのかトイレが詰まっている。簡単にこのトイレ詰まるからビニール袋にって言ってるのに。てゆーか、肝心の京一さんがいない。探しに行こうと玄関を開けると、ちょっぴりツンとする煙草の匂いがして、貴方だと分かった。
「また吐いたんですか?」
「あちゃー、バレちゃったあ」
「トイレで流そうとするのやめてくださいね」
「流れたらバレないと思うとさ、つい」
「僕そんな怒ってないじゃないですか」
「まあそうだけど」
貴方が物憂げに煙を吐いて、「俺って最高に穢れてるね」って苦虫を噛み潰したように笑うんだ。
「現代社会は潔癖症なんです。だから基本的に清潔感が大事にされて、同じような顔に統一化されて、殴り合いせずに殺しちゃうんです。けど僕は、それは違うと思います」
「どうして?」
「僕は友情とか愛情とか、人間の情ってもの、に心底弱いんですよ」
「この情報社会に?」
「そうです、この情に報いる社会に。僕は、泥臭い喧嘩や汗まみれのセックスに憧れているんです」
「あははっ、変態だ!」
「変態で結構じゃないですか。だって貴方の穢れを全部僕が独占して愛せるんですから。貴方の見えないところまで僕は貴方を愛していたいです」
と変態さを自白すると、京一さんは煙草片手にその大きな手で僕の頬に触れて、キスをしてきた。そして大人っぽくキスされた後で、子供っぽく笑うんだ。
「どお?俺の嘔吐物の味は?」




