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クズ人間として全うに生きる所存

「貴方にはわかんないんですよ。大丈夫です、世の中の八割は理解しようともしてくれません。だから、おめでとうございます。貴方は残りの二割で、理解に失敗した側です」


カウンセラーの先生とは冷戦状態が続いていた。自分の悩みや相談を打ち明けて、楽になれるはずが、結局はまた緊張状態で疲れを蓄積させている。


「青柳くんは私のことが嫌いなの?」


「嫌いじゃないですよ。ただ、何でしょうね。ここにいるのも何をするのも、疲れました」


僕はもう、どのように生きればいいのか、分からないという盾を利用して、ただこの漠然といつまでも付きまとってくる疲れとだるさから逃れたかった。


「最近はよく眠れていますか?」


「いいえ、中途覚醒がしばしばあります」


「それは、悪夢などで?」


「僕が毎日見る夢は悪夢のばかりです」


「目眩や立ちくらみはありませんか?」


「立ちくらみはしょっちゅうあります」


「自律神経が乱れているかもしれないね」


「朝日光浴びるとか薬飲むとかした方が良いですか?」


「それはゆだねるよ。けどそうすれば君は生きやすくなると思うよ」


そうだろうな、僕もそう思っている。だけど、


「やっぱり僕は、薬で内部から治していかないと、この社会では生きられない人間なんですかね?」


って自分の産まれ持った性を恨んだ。


「青柳、いきなりこんなところに連れ込んでどうした?」


休み時間、誰もいない静かな空き教室に高橋を引っ張り込んだ。


「あのさ、僕が恋愛的に男が好き、だったら、高橋はどう思う?」


「別に、あっそ。で終わる」


「じゃあさ、僕が高橋を好きで、渋々付き合ってもらったとして、僕との関係を聞かれた時に高橋は何て言う?」


「んー、親友?」


「何で!?恋人なんだよ!??」


「だって、恋人だろうが親友だろうが聞いてきた方には関係ないじゃん。だったら、変にからかわれんのも嫌だし、親友って言ってた方が無難でしょ?」


「でもそれでさ、恋人いないと看做されて、女の子達から言い寄られてたら僕は気が狂ちゃうよ」


「ぷふっ、そんな真剣に言われても……。俺、お前の恋人じゃねーし!!」


「僕の恋人になったつもりで考えてよ!!」


「何でそんなこと……えっ、まじ?」


って高橋がニヤついた。


「何が?」


「いやあ、あー、まじか。これ、アリスにさりげなく言ってきてよ」


「何で?」


「俺、アリスのことが好きだから」


サラッとそんなこと言ってきたから驚いた。


「へ?」


「ごめんな、青柳ぃ」


「は?何が何だかさっぱりわかんないんだけど」


「やっぱ青柳は鈍いな〜〜」


なんか変に馬鹿にされてる感。


「ってか、休み時間もう終わるね」


「ありがと、濃密な10分だった♡」


と機嫌良く肩をぽんぽんと叩かれた。

僕が恋人だと思われると、からかわれるのか。見る目ないって。まだ学生だし、全く釣り合ってないから。だから、京一さんは嫌がるんだ。


「はやく、大人になりたい」



「湊、動画撮りながら……キス、しよっか」


今日は、僕の世界が変わったのかもしれない。違う世界線へ迷い込んでしまったみたいに。


「……します!!」


僕のスマホをスマホスタンドで固定して、画角の左側に京一さんの顔が写るようにした。京一さんが何故こんなことを突然言い出したのかは心底謎だが、僕にとっては嬉しいことこの上なかった。


「撮られながらだと、少し緊張するね」


僕と目を合わせて、照れ笑いをする貴方が可愛すぎて、その純粋を汚すように僕は貴方を襲った。


「んっ……キス以外もしちゃ、ダメですか?」


「だめっ♡♡」


可愛いいいい!!!本人は普通に嫌がってるんだろうけど、僕から見たらアイドルが可愛らしく拗ねてるようにしか見えない。寧ろ、誘ってんじゃない?って。


僕達は動画を撮っていることも忘れて、カメラを一時間ほど回し続けて、スマホ本体が熱くなるのと同様に僕も熱くなっていた。


「撮らないから脱いでもらえませんか?」


スマホを机の上にパタンと置いて、撮ってないのをのを証明して、貴方にお願いすると、床の上に仰向けで寝そべっている貴方は、パーカーの裾を捲りあげて、その白くて薄いお腹を見せてくれた。肋骨が浮き出ているのに沿って指でなぞって、それから、下腹部、貴方の細い腰、骨盤、ズボンのチャックへと気の向くままに触った。貴方はモジモジして、足の指先を丸めたり足や腰を持ち上げたりして、下腹部や脚、お尻に力を入れていた。


「ふふっ、くすぐったい」


「じゃあ今度は僕の唇で」


貴方の肋骨、おへその辺り、骨盤、そしてさっき予めボタンは外しておいた貴方のズボンのチャックを噛んで、ジーッと開く。貴方は床に肘をついて少し起き上がっている状態でそんな変態的な僕を目の当たりにした。


「……愛慾、唆られんね〜♡」


「勃ってますか?」


貴方のズボンをパンツごと下ろした僕はその答えを質問しておきながら、一見することで得た。僕の頬に固くなったそれが当たる。


「……ごめん」


と顔を背けて照れる貴方も可愛らしい。謝罪されたので、僕は貴方の息子にキスをした。するとピクッと貴方の腰が少し動くから、もっとやってみたくなって、舌を使ってアイスキャンデーのように舐め回した。貴方はそれを止めようと僕の方を向いたのだけれど、顔は真っ赤で、それを隠している腕を顔の前から離せなくて、「湊、やめっ……汚いよ?」って腰をピクピクさせながら弱い抵抗を見せるんだ。


「感じてるくせに何言ってるんですか?」


「〜〜っ♡♡」


言葉になってない京一さんの悶えを聞いて、つくづく可愛い人だと思って、唾液と我慢汁が混ざりあった咥内で貴方の精液を受け止める。そうして夢から覚めた貴方は、怠そうに立ち上がって、パンツとズボンを上げて社会の窓を閉めた。それから、僕の手を握り、トイレへと連れていき、「湊、口開けて。げー、して?」とお願いされた。僕は口を開けないまま、ぶんぶんと首を横に振った。そして、ごっくん、と僕の喉がなると貴方が額に手をやった。


「あーーー、ふふんっ」


自慢げに口開けて何も無いことを見せつけては僕はそれを鼻にかけて笑う。自分でも性悪だと思う。


「今度は指フェラじゃないぜ、湊ぉ」


その開いた口に貴方は意地悪な笑みを浮かべながら、無理やり指を奥深くまで入れてきて、僕の気持ち悪いところを探してる。自然と涙が出てきた。


「うっ……ああ"、おえっ」


トイレに吐き終わって、涙と涎でベタベタでぐちゃぐちゃになった僕の顔を貴方は平然と触り、自分の服の袖口でそれらを拭う。


「もうこんなことしないでね?」


「何で、ですか?京一さんの全てを僕は欲しいのに、何でこんなことするんですか?」


僕はヒステリック気味に、せっかく心配してくれてるのにも関わらず睨みつけてしまった。


「……だって汚いし、ぶっちゃけ不味いでしょ?」


「京一さんのは美味しいです。ビターチョコレートみたいな苦味があって、ふふっ、大人の味です♡」


「いくら俺のことが好きでも、そんな見え透いた嘘つかないで」


「嘘じゃないです」


「嘘だ」


「嘘じゃないです」


「嘘」


「嘘じゃないって言ってるじゃないですか!!」


「……ダメ、もうしないで」


「京一さん、僕が好きでやっているんですよ?」


「ああ、そうだろうけど……ああもう、俺が嫌なの。俺が湊を汚してるみたいで嫌になるの」


貴方の僕への心配や配慮は、貴方の自己嫌悪の原因ということを隠すための言い訳みたいなもので、その心配と配慮を無視し続けて僕が我を通してしまっていたから、真実が顕になってお互いに傷ついてしまった。


「僕は貴方に汚されたいです。貴方の色に僕を染めあげさせてください」


「嫌だよ。湊は湊のままでいて欲しい」



湊が探偵ミステリーシリーズに出演した回、SNSで大きな反響があった。ドラマの切り抜き動画が拡散されると共に、「あの可愛い中学生は誰!?」と話題になった。ということがあり、再度、湊があのドラマに出演することになった。だが、これが青柳 湊の最後のドラマ出演となる。


舞台は旅行先のホテルでの出来事、湊が殺される。曰く、「殺される様で名役者かどうかが決まる」らしい。湊なんて殺される恐怖なんてなさそうだから大根役者だろ。と、面白可笑しく可愛がる準備をしていたら普通に見られる演技で、わざとらしい恐怖というよりかは呆気なく首を絞められ死んだ。発見されたときは湊は服を着て湯船に浸かっていて、そこが今回のキーポイントであった。


「何故、犯人はわざわざ死体を湯船に浸からせたのでしょうか?」


「おそらく指紋を検出されるのを恐れたんだろう。そして、この水は少量だがアルコールを含んでいる」


「ということは、指紋が見つからないってことじゃないですか!!」


「それはそうだね。けれど、犯人はこの子に触れられる範囲の関係性の人物ということだ。元々、指紋を恐れるのなら手袋をすれば良い。だからこれは突発的な犯行で、そして犯人はこの子の……」


「この子の親戚ですね!!」


このドラマの定番の探偵助手が犯人を言ってしまうパターンも覚えてしまった。SNSではまたもや湊が話題になっていて、「殺されるなんて可哀想」やら「めっちゃ顔が良い」やら、「リスカ跡、あれ本物??」やら書かれていた。俺はそのコメントを読んで録画をじっくりと見返したら、腕はだいぶ修正してらっていて、あまり傷跡は目立たないのだが血管までも目立たなくなっていたり、腕や手首に不自然なシワができていて、これのせいだと思った。


「湊、ドラマ撮影楽しかった?」


「楽しかったですよ」


って朗らかに微笑む君は、数日後、雨に濡れて泣いて帰る羽目になるのに。大人って残虐だ。


「ねえ、あれ、湊くんじゃない?」


とあかりがコンビニの外で雨に濡れながら、とぼとぼと歩いている学生を指さした。俺はすぐさま湊だって分かって、外に駆け出て湊を抱きしめた。ゲリラ豪雨で雨が強く地面を打ち付けている日だった。


「湊、とりあえず中に入って」


商品であるバスタオルを買って、まず湊の髪の毛を拭いた。彼はその間、微動だにせずただ俯いているだけだった。服は学ランの下のシャツまでずぶ濡れで、カバンにあるジャージも、カバンの1番上に置いてあったため濡れていた。その代わり、湊の貴重品達が水没を免れていた。折りたたみ傘も濡れていなかった。一旦、俺は休憩をもらって、湊をロッカールームへと連れていった。誰もいないことを確認して、服を脱いでもらおうとしたら拒否られた。


「嫌です……」


「風邪引いちゃうから、ね?」


「別に僕なんかどうなったって良いじゃないですか」


「何で?どうしてそう思うの?」


「だって……僕は使い捨ての道具にすぎないから。僕の代わりなんて他にいくらでもいるでしょうし、僕が死んでも誰も泣かないでしょうね」


仄暗く目線を合わせずにただ床をじっと見つめていて、笑いながら湊は泣いていた。


「は?」


と俺は湊があまりにも自分を卑下するものだから、怒りが突発的に声に出てしまって、けれども、今の湊を叱るのはなんだか泣きっ面に蜂みたいだと思って、その怒りは飲み込んだ。


「貴方だって、泣かないでしょ?」


ってやっと目線を合わせてくれたと思ったら、目が涙がこぼれ落ちそうなほど潤んでいて、無理に上がった口角は震えていて、湊はとても弱々しく、俺を切り殺そうとしていた。


「何言ってんの?俺は湖ができるくらい泣いちゃうよ」


弱ってんのに強がる湊の肩を抱いて、俺のできる最大限の優しさを込めて、冗談めかしてそう言った。


「ふふっ、そんなの不可能ですよ」


って俺の腕の中で笑う湊はとても可愛かった。


「見てください、京一さんのロンTです。似合ってますか?」と着替え終わった後、嬉しそうにあかりに絡みにいく湊がまだ無邪気な子供っぽくて、大好きだ。


「え、可愛い〜♡ 氷野さんよりも似合ってるよ!」


「それはないって、俺だって格好良く着てんじゃん」


「はいはい、貴方も似合ってますよ」


あかりから雑な扱いを受けた。「酷くなーい?」と文句を言うと「ああ可愛くはならないじゃん」って言い返された。女子的には可愛さの方が上なのか。萌え袖とか彼シャツとか。可愛いけど。


バイト終わり、雨が上がって星空が綺麗だった。


「湊、何であんなに泣いてたの?」


「それは……僕、俳優にはもうなれないらしいです」


と情けなさそうに湊は笑った。


「何で?あんなに演技頑張ってたのに」


「自傷行為してるのがダメみたいで、まあ、向こうも僕みたいな傷物をわざわざ使う必要ないじゃないですか。修正しないとだし、イメージが悪いし、扱いにくいし……」


本気で取り組めば取り組むほど、裏切られた時、その反動で傷が深くなっていく。何も綺麗事を信じきれない、醜悪事で身を汚して不幸面して笑うんだ。


「そっかぁ、湊はよく頑張ったよ。ほれ、アイス」


下手に言葉を発してしまうのが怖くて、ありきたりな言葉で伝えたが、それもそれで淡白になってしまった。結局、好物で気を紛らわす手段を選んだ。


「あっ、ありがとう、ございます……」


「ふふん、奪ってきた♡」


「買ってないんですか!?」


とその袋を開けて、もう食べ始めている湊が吃驚してアイスを落としそうになった。


「あっぶねぇ!!って、あははっ、元俳優なら俺の演技くらい見抜けよなぁ」


「いや、そうだと思ってましたよ!!」


って拗ねてパピコの食べ口をガジガジと噛みながら食べていた。京一さんもどーぞ、って片方を渡されたけど冷たすぎて、湊の体温で少し温められた方を貰った。


「これからどーすんの?」


「んーっ、受験勉強ですかね?」


「ふーん。澪さん、意外と勉強熱心な方だよね」


「大卒じゃなかったですか?」


「あー、それだ。志望校は?もう決まってんの?」


「えっと、慶王附属とか青海学院高等部とか?」


「……ま!??」


開いた口が塞がらなかった。俺よりも頭良いところ受かろうとしてんじゃん。


「だって、大学入試までやりたくないですもん」


「まあ、そうだけど……」


「京一さん、一緒にお勉強頑張りましょうね!」


って意気込まれたけど、湊はそもそも集団生活をどうにかしないと、と思ってしまった。あと、俺はそんな難しい問題は英語以外解けないと思う。



「湊、定期テストは良い点数なんだけど、どうも内申点の方がね〜」


ってママと京一さんが話してる。きっと内心点って奴は僕の心の問題だろうと思った。夏休みが始まって、京一さんがエアコンの電気代がバカ高えと冷風に寒がりながら言っていたので、僕の家に連れてきた。


「まあ、それはしょうがないですよ。他人よりも点数を稼いで、合格するしかないです」


そんな高校受験なんて将来の心配をする二人とは裏腹に、僕は夏休み始まったばかりなのに夏休みが宿題を残して終わってしまうのを心配していた。


「京一さん、防災ポスターってあと何を描けば良いですか?」


だって、二時間かけてもまだ完成しない僕の絵は、今日中に終わりそうにないから。


「うっわ、何でこんなに真っ黒なの?」


「焼け焦げた家です、そして深夜」


僕は黒を一番初めに使ってしまって、取り返しがつかなくなっていた。


「……良いんじゃん?あとはこうして」


京一さんは白い絵の具をパレットに出して家の骨組みに細い筆でハイライトを付け足した。立体感が出た。


「わあ、あははっ!ありがとうございます!」


僕の防災ポスターは真っ黒で水墨画みたいだけど、 京一さんはそれを、良いんじゃんって言ってくれたから、もう手直しする必要はほとんどなかった。


夏休み三日目。

地域のラジオ体操があるので、参加しに行った。

無欠で出席するとお菓子の詰め合わせが貰える。ので、たまに行っていた。周りが小学生ばかりで戸惑ったが、僕もスタンプを押して貰った。そんな充実した朝に浸っている僕とは違って、僕が体操から帰ってきても京一さんは寝ていた。


「京一さん、起きてください」


「嫌だ、眠い、寝かせろ」


「はあ……ラジオ体操第二!!」


と掛け声を大声でしてスマホから音楽を大音量で流すと京一さんが掛け布団を被った。


「両足飛びで軽く全身をゆする運動、ハイ!」


「うるせぇ、やめろぉ……」


「手足の曲げ伸ばし!振り上げて 曲げ伸ばして、曲げ伸ばして 振り下ろす、五 六 七 八」


「まじでうっせぇ……」


「横曲げの運動!弾みをつけて、エイ!」


「もう起きた!!起きたから止めて!!」


と京一さんがベッドの上であぐらまでいかないあぐらをかいて座っていて、でもラジオ体操はまだ終わっていなかったので、音量を下げてから、京一さんをベッドから立ち上がらせた。そして、京一さんの腕を持って操り人形のようにラジオ体操をやらせた。


「おはようございます、いい朝ですね」


ラジオ体操を終えた後、京一さんにバックハグしながらそうやって甘えて言うと、「こっちは散々な目にあった」と冗談交じりに言われた。


「何で朝からそんなに元気なの?」


学校ないし、京一さんとずっと一緒にいられるし、アイスは美味しいし、夏休み最高!!だからだ。


「ふふっ、ラジオ体操のおかげです」


それから朝ごはんを食べて、教材を広げて15分で飽きた。ああああ、クラクラる。考え事をすると頭が痛い。


「湊、あのさ、志望校のことなんだけど……」


京一さんが言いにくそうに僕に話しかけてくる。可愛い。


「何ですか?」


「……いや、やっぱ何でもない。勉強の邪魔してごめんね」


「邪魔じゃないですよ」


ってキスすると顔を赤らめる京一さんが溶けてしまうくらい可愛いと思った。何かもう、理想を高くかかげてもうまくいかなくて苦しいよ。


夏休み十一日目。学校の宿題は全て終わらせたが、参考書の山はいつまで経っても終わらない。


「湊は凄いね。俺だったらヒスって燃やしてる」


って京一さんには言われたけど、僕なんて全然凄くない。そう言われて格好良い凄い僕でいたくて見栄張ってるだけで、本当は本当はよく頑張ってるねって撫でられて褒めちぎられて、つねに甘やかされていたい。


京一さんに内緒でまた手首を切った。


血反吐吐いてでも左手麻痺っても、学歴という名誉が欲しいと思った。それがこんな穢れて惨めでイカれた僕の人生を輝かしてくれるのなら。


「こんなん、わかんないよ……」


解説を読んで、それになる答えは分かるけど、そこまでに至るまでの思考回路が僕には理解できなくて、それがどうやったら身に付くのかも分からなかった。


夏休み二十四日目。もう夏休みも半分以上が終わってしまった。なのに、やったことと言えば特に記憶がなかった。手首の傷に刻んだはずだが、それを何日に刻んだのかさえも忘れてしまった。毎日毎日ラジオ体操には出席をしているが、小学生から「お兄ちゃん、暑くないの〜?」と聞かれるのが苦痛だった。こうゆう場合、京一さんなら上手い返し方でも咄嗟に思い付くんだろうが、僕は笑って誤魔化す術しか身に付けていなかった。子供、嫌い。


「湊、今日はバイト休みだし、どっか行こ〜♡」


「……え、何処行きますか?」


朝食中に硬いパンの耳に苦戦していて、聴き逃しそうだったけど、京一さんがにやけて楽しそうにこっちを期待した目で見つめてくるから、時差あったけどちゃんと認識した。


「湊が行きたい場所が良いなぁ♡」


「僕が行きたい場所ですか……銭湯とか?」


「まじ??」


「産まれてから一度も行ったことなくて、この腕のせいで」


「そんなん、大きい絆創膏何枚か貼って隠せば行けるって!俺も同じようなもんだしさあ」


京一さんが薬局で大きい絆創膏を買ってくれて、傷が見えないように貼ってくれた。けど、「湊、傷跡増えてない?」って勘づかれた。


「増えてないです」


「何で嘘つくの?この傷跡まだ赤いから最近だよね?」


自分ではリスカしないのに、僕がしてるから、僕の傷をよく見てくれているから、そんなことに気づいて、メンヘラっぽく言ってる京一さんにとても萌えた。


「……切りました」


白旗を上げた僕は赤い傷を認めた。


「ごめん、俺バイト減らすね。もっと湊の傍にいるから……」


「いえいえ、全然大丈夫ですよ!最近、僕うまくいってなかったじゃないですかぁ。それでちょっとメンタルやられちゃって」


「キスしよっか」


はあ?え、だって、ここ外じゃ……京一さんの方から僕にキスしてきてくれた。外ではやらないって、嫌だって、言ってたのに。


「嫌、じゃないんですか?」


「誰も見てないでしょ?」


って小悪魔的に微笑むからその沼の奥深くに引きずり込まれてしまった。


京一さんのバイクを二人乗りして、近くの銭湯に着いた。外観も内装も僕が思っているよりも広くて綺麗だった。……休憩室、マッサージルームまであるの?すごっ!まず中に入ると、木の御札のみたいな鍵がついている下駄箱に靴を入れた。いとおかし。そして、それをフロントで何かバーコードがついた腕輪に交換してた、京一さんが。入浴セットも貰って、僕はワクワクしながら、男と書かれたのれんに腕押しして入った。


「わあ、すごーい!」


ロッカーが大量にあって、椅子もドライヤーも、扇風機、体重計まである。見るもの全てが何となく新鮮で面白かった。床も何か見たことない藁みたいなので格子状になっていて、踏む度にギシギシなるのすら楽しかった。


「ふふっ、そんなに?ほら、服脱いで」


「え、もう、ですか?」


隣同士にロッカーの鍵を取って、その鍵もまた京一さんを見習って手首にはめた。確かに、全裸の人はいるけど。……少し、恥ずかしい。


「じゃなきゃ温泉に浸かれないでしょ?あっ、それともぉ、脱がして欲しい?」


彼が艶めかしくそう言うから、僕は顔面が一気に真っ赤になってしまった。恥ずかしすぎて死にそう!!


「服ぐらい、自分で脱げますよ!」


強がってそう言ってみたものの、シャツのボタンを外すのに少々手間取った。一番、勇気がいるのは、パンツを脱ぐときだった。そんなみんなよく出せるなとか何か恥ずかしいなとか思って、どうしようと悩んでいたら京一さんが普通にズボンごと脱いで、腰にタオルを巻いていたので、おおっ、ってなった。


「湊、何してんの?先行っちゃうよ?」


「あっ、あとちょっとだけ、待ってください」


京一さんは肩までの髪の毛を束ねて、お団子のように丸くしていた。髪結んでる京一さんが可愛すぎて、誰にも見せたくないけど、不特定多数に包囲されていて頭を抱えた。僕が京一さんを真似て腰にタオルを巻いてその後を追っていくと、京一さんが体重計に乗って口を歪めていた。


「太ったなあ……」


って悩みがちだったから、貴方のは筋肉です!!って強調しておいた。筋トレしてる成果だって。というか、僕から見ればまだまだ細い方。浴場のドアを開けると水蒸気と熱気が混ざりあったものがムワッときた。


「これが温泉かあ、映画で予習してきたのとは違いますね」


「富士山なくて吃驚した?」


「はい」


シャワーを浴びて身体を洗い、京一さんを真似て使い終わったあとは椅子や桶を綺麗にして戻した。それから掛け湯というのを教わって、神社のお清めの手水の全身になったバージョンだと思った。そして、いざ、温泉に浸かる。足を入れた瞬間「熱っ!!」って思ったが、頑張って一段高くなっているところに座ろうとすると


「湊、タオルつけちゃダメ」


と腰に巻いているタオルと身体の間に人差し指を入れられクイッと後ろからちょっと引っ張られた。振り向くとタオルを肩にかけた京一さんが裸体のまま、いた。やば、格好良い。僕もすぐさま首にかけた。なんか体温上がったから、もう大丈夫かも。その赤面を隠すように肩まで浸かろうとすると、タオルをヒョイって取られて、羊の角みたいな可愛いタオルで作った帽子みたいなのを被せてくれた。


「似合ってますか?」


「うん、すごく可愛い♡」


って京一さんは僕を甘やかしてくれて、とても癒された。温泉でもジャグジーに入ったり炭酸風呂に入ったり、外には五右衛門風呂みたいなのがあって、二人では狭い湯船に少し密着しながら入って、「一緒に釜茹での刑だね」って楽しそうにする京一さん、ああああ、癒っ!!!今までの疲れが取れてすごい元気が出てきて、次いでに勃った。


「京一さん、あの、こうゆう場合は……どうすれば良いですか?」


熱さで少し息が上がって、変態みを増してしまった僕は、顔を真っ赤にしながら、京一さんに助けを求めた。ベンチあるから座ってなよって、京一さんはそれを何とも思ってないように受け流してくれた。僕がベンチで風に当たっている間に京一さんは近くの寝湯に横向きに寝っ転がって浸ってるから可愛いと思った。腰に巻いた濡れたタオルがお尻を透かしててエロいなって遠目で見ながら思って、こんなんじゃいつまで経ってもおさまらないと葛藤していた。すると、知らない二十代くらいの筋肉質でガタイの良い日焼けした人が僕の隣に座ってきて、その人がかなりガニ股でその人が足を組んだ瞬間、と僕と脚が当たった。僕は邪魔なんだろうと思ってベンチのより端の方へと座り直そうとしようとも、元々端っこに座ってたから動けなくて、その人の脚をちょんちょんと膝で触った。彼は元々僕が端に座っていた二人がけのベンチの真ん中に堂々と座ってきていた。電車の座席かってくらい距離が近くて、変だなと思っていたら、いきなりその人が僕の太ももを触ってきて、身体がビクってなってしまった。怖っ。


「君可愛いね、中学生?」


「え?……はい」


「さっきまで一緒にいたのはお兄さん?」


あっ、ずっと見られてたんだ。


「何ですか?京一さんに何かしたら許しませんよ?」


と正直すごい怖いけど、京一さんを守ろうと僕は必死に睨んだ。


「あははっ、怖いなあ。わかった、彼には手出ししないよ。その代わり……」


って彼は僕の太もも上で手を滑らせて、僕がタオルでせっかく隠してたそれに触れてきた。


「……やめて、ください」


好きでもない人に好意を向けられ、行為を迫られるのがこんなにも気持ち悪く恐ろしいことだと今まで思ってこなかった。僕よりも強そうで怖そうな知らない人で、何されるかわかんないし拒んだらさらに何されるかもわからない。僕はこれと同じようなことを京一さんに強いてきたんだろうか?と思えば一周まわって自業自得の罰だろうと思えてきた。


「そんなに怖がらないで?気持ち良くしてあげるから」


タオルの下に隠された、僕の京一さんへの愛慾という罪を見知らぬ死刑執行人に罰せられる。嫌なのに、生理的反応をしてしまって、苦しくなってくる。ただ、助けて欲しいと、ごめんなさいと、貴方に対してずっと思っていた。イったけどうまくはイケてなくて、京一さんでこの生煮えになった気持ち悪さを塗り直して解消して欲しかった。あーあ、身体を清めに来たはずが汚い大人ばっかり。脱力感と虚無感がどっと身体を襲って、僕は動けなくなっていた。それにこいつは僕がイってしまったのにも関わらずこのベンチから動こうとせずに、僕のことを可愛い可愛いと持て囃す。それが最高にイラついて、僕は京一さんが貼ってくれた左手の絆創膏を掻きむしるように取って、泣きながらにこう訴えた。


「これでも可愛いって言えんのかよ!!クズ!!」


その声に京一さんが起き上がって、僕の元へと駆け寄って守るように抱きしめてくれた。その男がすぐさま内風呂の方へと逃げていこうと走ったから、京一さんが足元にある石を高速投手のように投げつけていた。あいつの背中は石が当たって赤くなっていてちょっぴりだがスカッとした。


「ごめんごめん、湊怖かったよね……俺がそばにいたのに……本当にごめん」


京一さんが人前なのも気にせずに僕のことを抱きしめてずっと慰めを込めて頭を撫でてくれた。


「もう嫌だ、生きてるのつらいよ……死んじゃいたい」


僕の存在が僕のつらさで、僕が存在しているせいで僕がつらいと感じるんだ。だからもう、今だけは存分に甘やかして欲しくて、死んでしまいたいと口にしてしまった。公衆の面前で醜態晒して望んでいたもの何もかも失って、僕には輝かしいものなんて何も無かった。死ぬくらいなら汚い大人に搾取されてろ、なんて叱責する自分もいたが僕にはそれが死ぬに値するほど耐えられない。


「……生きてるのつらいね、でも俺は湊のこと大好きだよ」


顔を見合わせると京一さんの鼻が少し赤くなっていて、京一さんも泣いていると思って何だかホッとした。僕だけのつらさじゃないんだと。


「僕も京一さんのこと大好きです♡」


僕はその細い胴体に抱きついて、肌と肌で直接密着すると、離れたくないというようにしっとりとくっ付いた気がした。


その後から京一さんは僕を離さないようにずっと左手を握っててくれた。サウナに入っても、僕達は僕達だけで熱々だった。その熱さで僕は逆上せて鼻血が出てしまったので水風呂を浴び、よく身体の水滴をタオルで拭いてから、脱衣所へと戻って行った。そして、鼻にティシュを詰めて、扇風機を占領していた。京一さんは先に着替えを終えて、バスタオルで僕の身体を拭いてくれた。頭がずっとぼーっとしてしまって、貧血気味だと思った。


「湊、バンザイして」


と僕の服を持った京一さんがそう言った。言われた通りに腕をあげると僕に服を着せてくれた。パンツとズボンはさすがに自分で履いて、よろけながらも歩いて洗面台の前の椅子に何とか座った。そして、めまいがおさまるのを待っていると、京一さんが「髪乾かすから寝てて」って僕の後ろに立っているのが鏡越しで分かって、微笑むのも可愛かった。


「そんなに、大丈夫ですよ」


「俺がやりたいの、やらせて?」


京一さんのあの大きな手で頭を撫でられる。それがとても気持ち良くて撫でられて目を細める猫の気持ちがわかった。ずっと撫でられていたい。その手に触れられていたい。と、うとうとしてたら、あっという間に終わってしまった。けれど、めまいも少し収まって、またのれんをくぐれた。京一さんは僕の腕の傷が見えないのにまだ僕の左手を握っててくれて、それが嬉しかった。


「温泉、気持ち良かったですね!」


「そうだね。湊の手、いつもよりスベスベでモチモチしてる」


ってずっと握ってくれてるの、好き。それからカウンターへと戻るのかと思ったら、京一さんは館内のトイレの通路にあるソファに僕を座らせてくれた。そこには自販機の明かりしかなくて、あまり人目につかない場所だった。


「湊、何飲む?」


京一さんはもう決まっているようで自販機に腕輪のバーコードをかざしていた。それで買えるシステムなんだ。


「京一さんと同じの」


って僕もそれをやってみたくて、自販機の前に立ってピッて手首をかざした。瓶のコーヒー牛乳が二つ出てきて、やっぱ風呂上がりはコーヒー牛乳でしょ、って美味しいってそれを飲む京一さんに僕は癒された。この人といると、やっぱ死にたくなくなる。マイルドな味わいがさらに和やかな気分にさせた。それから、休憩室で少し二人で寝っ転がってから、備え付けのレストランで食事をすることになった。京一さんは豪華に寿司を頼んで、僕は好きなオムライスを食べた。お酒も飲みたいだろうに、帰りの運転があるから控えてくれた。そしてデザートにと京一さんはどれが食べたい?と僕に聞いてきて、僕は好き好みがなかったので無難にいちごのショートケーキと言った。そのケーキが運ばれてきたとき、京一さんは頼んだ僕よりも嬉しそうで店員さんからケーキを受け取ると、


「湊、誕生日おめでとう」


って渡してくれた。


「お、覚えてくれてたんですか?」


「勿論、湊が産まれた大切な日だからね」


京一さんは自分の誕生日にも僕達の記念日にも、興味関心がなくて、祝うとかプレゼントとか苦手なタイプなのに、僕の誕生日は覚えていてくれた。それがとても嬉しい。


「……今日、この日、この瞬間まで、生きてて良かったです」


「大袈裟。湊が生きてる限り、俺は何度もこの日を祝うよ」


「とか言って、去年は忘れてたくせにぃ」


変に僕が泣かないようにと強がってそう彼を弄り笑ってみせると


「あはっ、わかった。帰りに好きなアイス大量に買って帰ろうな」


って言ってくれて、ますます惚れた。

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