天才は一歩先が見えているけれど、奇才は二歩以上先に進んでいる
「はあああ、生きてんのがクソだりぃ」「もうちょいマシな顔だったら……」「俺が生きてても苦しみを味わうだけじゃん」「死なないでって言われるほど息苦しいんだよ」「クソクソクソクソって、みんなクソに思う俺がクソなだけで俺が死ねば良いってみんなに殺されて終わり」「ああ、とにかく死にてえ」
京一さんは酒を飲むといつもこうだ。一時だけのハイに酔ってダウナーに落ちて自己嫌悪に埋もれて、沈んでいく。それをハイにまた持っていこうと杯が進み肝臓を殺るんだ。その繰り返しが痛々しくてやめて欲しい。
「湊お、俺さあ、ああ、俺ね、自分が気持ち悪くて気持ち悪くて、死にたくて死にたくて、あははっ、馬鹿みてえ」
「京一さん、今日はもうお酒控えましょうか」
「えーーー、これからが良いところだったのにぃ」
「何がですか?」
って彼に向かって、赤ん坊からおもちゃを取り上げて叱る母親のように語気を強めてそう言うと、ぐすんと泣き真似をして拗ねてしまった。
「湊は、俺のことが嫌いだから、そんなこと言うんだ」
「嫌いじゃないです」
「好きでもないの?」
「大好きなんですよ」
「ふふっ、あはは、あーあ、俺が言わせてるみたいじゃん」
刹那の可笑しみ、自分への失望。うなだれる貴方がとても愛おしかった。
「何言ってんですか?」
「湊、過去を思えばつらくなるね。でも未来を思えば苦しくなるね。……ああ、もう、生きたくない」
貴方の顔が歪んで涙を溢れ出させるその一連の流れが胸を締め付けて、貴方に寄り添わずにはいられなかった。いたたまれなくて、痛んだ僕の胸が癒やすためにそうした節もあった。
「京一さん、大好きです、愛してます。……これらが貴方をこの世に縛り付ける言葉で、貴方をさらに苦しめてしまっているとしても、僕は貴方が僕の好意をいつか受け取ってくれたらと夢見て、愛してると言い続けます。これはまるっきり僕のエゴですが、僕には貴方がいなきゃダメなんです」
きっと酒のせいじゃない。貴方が僕の気持ち悪さで吐いた。息しづらそうにして、生きづらそうに、トイレは行き詰ってしまって、どうしようもないまま、この瞬間、一時でも、貴方のその鬱蒼とした気分が晴れるような何かが欲しくて、僕の無力さを感じて僕は涙をこぼした。
「みぃなとお、かったあ、だーしてっ??」
「ダメですよ、危ないじゃないですかあ」
「じゃあ、包丁で良いや」
とふらふらとキッチンにある包丁を取ってこようとする貴方を抱きしめて引き止めた。嫌だ、離してと言われても、僕だって嫌だ、離さない。
「京一さん、何処か行きたい場所はないですか?」
「ないよ、死にたい場所はあるけど」
「はあ、貴方って、本当、悪魔みたいですね。僕まで死にたくなってきます」
簡単に死を口にする貴方にしびれを切らして、もういっそ一緒に死んでしまおうかと思ってしまった。無意識に出た言葉で後から意識が確認すると貴方を傷つける言葉のようで少し震えた。
「……ごめんね湊、俺なんか捨てていいからさ」
貴方はまた静かに泣いた。貴方の背中しか僕には見えなけど、そのちょっとした肩の動きや息遣いで貴方が泣いていることがわかった。後ろから抱きついているのをやめて貴方の正面に回り込もうとすると、貴方は泣き顔を見せまいと顔を逸らす。さらに近づこうとすると「どっか行って!!」と怒鳴られた。身体が動かなくなるほど重いものをぶつけられたようだ。目と脳みそだけはよく動いていたが、何をしようにも否定されている気がして何もできなくなった。
「キスしていいですか?一謝罪一キスのルールです」
「はああ??勝手にしてろよ。それで満足したらどっか行け」
顔を上げて泣き顔だったのに嘲笑を付け足して、まじトーンのどっか行け、僕が貴方といると死にたくなるなんてこと言ってしまったからだ。
お言葉に甘えてキスをして、貴方を手離したくなくてずっとキスをしていて、僕が言った貴方を傷つけた言葉も忘れるほど忘れさせるほどキスをしていた。
「全然満足しないから、ずっとここにいるね♡♡」
僕の脳みそが熱さでふやけて、僕と京一さんはやっぱ恋人、なんて思い直して、僕は恋人っぽく彼の首に腕を回したまま彼の優しさに甘えてしまった。
「馬鹿。あはは、好きな人に『死なないで』って言われるほど息苦しいものはないけど、好きな人に『死にたくなる』って言われるほどの恥辱ったらないね。……ごめん、今まで甘えたことばっか抜かして」
貴方が死にたいと嘆く時、決まってそれは貴方が僕に究極に甘えたい時で、貴方の存在意義や存在価値が貴方自身でゼロに近づいていると判断している状態で、おそらくそれは疲労が溜まって動けなくなっているからで、貴方はこの状態がずっと続くんじゃないかと不安でいっぱいで、今までの経験上ずっと続くんだろうと思い込んでしまってる。その閉塞的な考え方で息が詰まる思いをしている貴方に、それは違うと真っ向から僕が指摘してしまうのはまずお門違いで、貴方に寄り添い大丈夫だと貴方の存在が僕には大切だと優しく声掛けをすることで貴方の不安が少しでも拭えたらそれがいい。口論になってしまうのは、僕がやんわりにでも貴方の考えを否定してしまっているからで、だって僕は貴方に死んで欲しくないから、付け焼き刃みたいな言葉ばかりだと貴方には思われるかもしれないが、僕にとっては全て本心だよ。
「ごめんなさい。僕も甘えたこと言いました」
「ふふっ、お互いにお互いを甘えさせる余裕がなかったのかもね。もうだいぶ落ちついたから、ほら甘えてきていいよ」
と両手を僕の腰に回して誘ってくる貴方は、疲れていた僕にはとにかくやばかった。何故か涙が溢れてきて止まらなくなるくらいには。「どうしたの?」って少し心配されてしまった。
「京一さんが、僕に、ううっ、優しさが、嬉しくて……」
「うんうん、大好きだよお、湊」
僕の涙ながらに言う聞き取りにくい言葉にちゃんと耳を傾けてくれて、慰めるようによしよしと背中を撫でながら赤ちゃんをあやすみたいにゆったりとした口調で僕にそう言ってくれた。
自分でも回復傾向にあると分かるくらいの回復をしているが、まだ人混みを見るとぎょっとする。大学の分からない講義を受けて、自分よりも年下のよく分からない奴の分かりやすい解説をもらう。
「いやあ、まじで毎度助かりますわあ」
「氷野さん、地頭が良いからほぼ教えてる感はないですけどね。記憶力も良いし羨ましい」
「そんなことない、生きづらい生きづらい。この間だって、重要なこと忘れてて怒られたもん」
「何忘れたんですか?」
「何かあ、もうすぐ付き合ってから一周年記念だって言われて、それじゃあ何か欲しいもんでもあんのかって聞いたんよ。でも欲しいものは特にないって拗ねられて、何で拗ねてんの?ってなんじゃん。で何か、話を聞いたところ、これの前に何々が欲しいって俺に強請ったことあったのにそれ覚えてないんだって拗ねながらに怒られて、でもまあそれで済めば良かったんだけど、そもそも記念日覚えてないでしょ?ってなってさらに怒られた。ああ、いまだに強請られた内容も記念日も思い出せねえ……」
「彼女いたんですね」
「うーん、まあ。だけどさあ、アイツが記憶しすぎなだけで、俺悪くなくない??」
普通に出会った日にちなんてメモしてないし、正式に付き合った日にちも何かあやふやだし、告白なんて今までたくさんしてるから、第二の告白記念日とか初めての性交記念日とか色んなのこじつけで作られそう。
「良いとか悪いとかじゃなくて。例えば好きな芸能人がいて、その人と一回面識があったとして、再び会った時に名前覚えられていたら嬉しくないですか?」
「嬉しい、めっちゃ嬉しい」
「だから彼女さんはそうゆう心理面を言ってるんですよ。氷野さんが覚えてなくてガッカリさせたなら、その分の心理的なフォローはしないとですって」
「例えば?」
「んー、彼女さんの欲しいもの贈るとか?」
「あはっ、ざけんなあ」
俺の前で盛大にボケをかましてきたから、やんわりと突っ込んだら「なんでやねんって言わないんですか?」とツッコミに対するクレームがきて面白かった。そんな俺関西人ちゃうし。
最近、京一さんとの関わりが希薄だ。僕が演技レッスンを受けているからなんだけれど、僕は欲張りだから虻蜂取らず、演技と京一さんと両方取りたい。
今日の台本は「喧嘩ばかりしているガラの悪い中学生」って全ッ然僕とかけ離れてるし、とゆーか今どきこんな中学生どこにもいないけど。時代設定、昭和??
まずは学校に遅刻してくるシーンから。あ、これはやったことがある。ガラガラっとドアを開けて、ズカズカと我が物顔で教室内に入っていく、椅子を音立てて引く、乱雑に座る机に両足を乗せながら。
「もういい、足りない」
「何がですか?」
「育ちの悪さが足りない」
そんなことを言われても、品行方正で生きてきた僕には他人から悪く思われる態度を演じるのは難しかった。だから他人の例を見て分析をする。
電話しながら入る人、途中で唾を吐く演技をする人、机を蹴り飛ばす人、などなど様々だった。確かに僕の演技はこの人達からすればインパクトのないものだったのかもしれない。だが、僕は僕なりに忠実に役になりきったと思う。と自分で自己暗示していた。僕よりも上手いと思ってしまうとその人に是が非でも引っ張られて猿真似のようになってしまうと思ったからだ。
次は喧嘩をするシーン。僕の怒りの感情を曝け出すことだけに集中した。
ふざけんな。僕がどれだけ苦しんできたのかも知らずに。どれだけ死にたいと思いながら生きてきたのかも知らずに。僕を産んだのなら、僕の産まれた意味まで一緒に生み出せよ。無責任に捨てて殺そうとして、どれだけ僕が泣き喚いたか、お前にはわかんないだろ。その思い出のような罪悪感よりも、僕が味わってきた屈辱感のが遥かに精神を人生を歪ませ狂わせる。全部全部お前のせいだ。
「あははっ、貴方、怒るシーンだけは見応えあるのよね」
「ありがとうございます」
「でも全く殴る動作に迫力がない。拳に力が入ってないのが見てわかる」
「どうすれば良いですか?」
「身体全体で殴りなさい」
また他の人のを参考にして、身体全体で殴るの意味を捉えようとした。拳のスピード、肩の動き、構え方、それを表情や台詞と組み合わせて演技する。自分はまだまだだと痛感した。
「京一さん、僕のこと殴ってみてください」
「え、やだ」
「お願いです。今回の課題がヤンキーなんですよ」
「はあ?あはっ、超絶似合わねえ」
そんなのは僕もずっと思ってる。きっと自分とかけ離れた役を渡されても対応できるようにの練習なんだろう。メンチの切り方すらも分からない。
「京一さんしかいないんです、お願いします」
「俺は蹴りのが得意なんだけど。特に回し蹴り」
とくるんと回りながら素早く蹴りを入れて、それでもブレない体幹の強さを目の当たりにした。的確に相手の首を落としそうだ。
「…美しいです」
「そうか?」
と鼻を鳴らしてさらにその細くて長い脚で蹴り技を教えてくれた。とっても可愛らしいけど僕が学びたいのは殴り方なんだよなあ。
「京一さんはどうやってトドメを刺すんですか?」
「俺?俺は刺さないよ?殺したいわけじゃない。恐怖心を植え付けたいから」
うわあああ、キュンキュンきたあああ。そうゆう貴方の支配欲、大好き。内側から支配して貴方にはもう逆らいませんって思い知らされるような殺られ方とか体験してみたさすぎる。でも僕はもう既に貴方には逆らえないくらい殺られちゃってるから無意味か。
「ふふっ、もっともおっとみっちりと教えてください。京一さん♡♡」
ねっとりとした言い方で貴方に近寄りその手を取った。貴方は目を一周させてから、
「良いよ」
って言ってくれた。それから京一さんは誰かから見聞きした喧嘩のやり方を懐かしむように僕に楽しそうに話すんだ。「湊は可愛いから護身術は身につけてないとね」と、僕の頭を貴方はその大きめな手で撫でる。貴方の手、視覚的にも感覚的にも胸の奥に突き刺さるほどキュンとする。貴方が僕に触れる、その事実で僕は溺れるほど満たされる。欠けていたところを取り戻すみたいに。
「こうですか?」
見よう見まねで貴方の真似をすると、貴方は嬉しそうに笑ってくれた。「良いじゃん」って。
「湊、俺のこと殴ってみる?」
と挑発的に誘ってくる貴方はとても魅力的だけど、僕はそんな貴方が好きだから痛みを知って欲しくない。
「え、嫌です」
「あははっ、俺の気持ちが少しは分かったでしょ?」
あっ、そーゆーこと。
「クズはみんなみんな、死にたくなるまで落ちればいい」
「はい、そうですね」
俺の可愛い子は酔っ払いの戯言にもニコニコと共感してくれる。クズは俺だっての。
「俺が理不尽に痛い目見るのは可哀想じゃん。産まれた瞬間から優劣が決まった無意味なレースで劣等感を味わうなんて馬鹿だ」
今日も今日とて泣上戸。自分を自分で責め立てまくって生き苦しくなって泣くの馬鹿みてえ。
「馬鹿じゃないですよ。僕は劣等感が最も努力に繋がるって信じてます」
「俺に後ろ指さしてくる奴のその指へし折って、俺の方から中指立てて、そいつのこと刺殺してやりたい」
「あはっ、格好良いじゃないですか」
湊と出会った日。そういやたぶん今日だ。なんとなくしっくりと腑に落ちる日がある。ただの数字の並びだけど、好き嫌いがあって今日はそれでゆうと好きな日だ。梅雨が明けそうでまだ泣いている日。でも陽はギラついていて、地面が俺の心を写し出すように乾いていた。
「湊、出会って一周年記念日って今日??」
「覚えてたんですか!?」
もう祝うのを諦めていたと分かる驚きように不甲斐なさを感じた。湊の欲しいものはまだ思い出せないなんて。
「いや、今日だったら良いなって思って……」
「あれからずっと考えててくれてたんですか。ふふっ、ああ、あの僕が貴方に一目惚れした日もこんな感じで暑い日でしたね」
「初対面で水かけてきたよな?」
「熱中症かと思って……」
「あはっ、ほんっと手厚く看病してくれたよね。ファーストキスまで」
「あーー、そんなことまで覚えてるんですか?!」
恥ずかしいを全開に照れられた。今更感。
「普通は忘れられねえから、あんなことされて」
「じゃあ、あの時から京一さんも僕のことが気になってたってこと?」
ご都合解釈。
「んーーまあ、ある意味??」
うん、ある意味、大丈夫かなー?この子。って感じで気になってはいたな。
「あはっ、僕らってやっぱ運命ですねっ!」
スリスリとくっついてくる湊に今はもう慣れてしまったが、あの時はまだ慣れなくて避けまくってた。成長した、のか?
「それでさ、湊の欲しいものの件なんだけど……」
と話題を振ろうとしたら、急に甘えたように俺に寄りすがって、チューをせがんでくる。え、こんな簡単で良いの?やばめっちゃ可愛い、と浮かれた馬鹿は後で後悔する羽目になる。何故ならば、これはべろちゅー五時間コースだからだ。
「京一さん、どお?イきそう?」
遠い記憶の隅で軽々しく口約束したようなことが頭によぎる。キスだけで俺をイかせられたらセックスしてやる的なこと何か言った気がすんなあ。
「湊ぉ、あははっ、俺はそんな簡単な男じゃないよ」
と強がってみせた。そーゆーことを考えないよう我慢してた、簡単に攻略されて飽きられたらもっと嫌だし。でも五時間後には我慢する余裕も、忍耐力も体力もなくてとろとろに溶けた腑抜けてふやけた俺になっていた。
「京一さん、眠たくなっちゃいましたか?」
「んー」
「あははっ、可愛いなあ♡♡」
「湊ぉ、もうべろちゅーは??」
「しませんよ、僕の限界はとっくに超えてたんです」
途中固くなったアレを何度も見て感じてしまったけれど、スルーを貫き通して、アレはただのバナナ、美味しいバナナと脳内でマジカルバナナを始めて乗り切っていた。
「今は賢者タイム??」
「そうですね、次はもっと鍛錬を積んでおきますね」
「煉炭??自殺しちゃあややよ??」
「僕はそんな簡単に死なないです」
と微笑まれた後で、トイレにこもっていった。あれ、すげー悔しがってんのかな?俺、こんなにも長時間気持ち良くされたの初めてなのに。
「青柳くんは話を聞く限りADHDの傾向がありそうなんだよね。授業を抜け出すとか、黒板に落書きとか……」
保健室のカウンセリング、毎週通っていたら、先生とも仲良くなって、普通に交友関係を広げていけてるんじゃないかと思った矢先に病名を診断されてしまった。
「だから、何ですか?絶対に治らないのに、逐一、『青柳 湊は病気ですよ』って言う必要ないじゃないですか」
ただただ、悲しかった。
「気分を害したのならごめんなさい。でも貴方がこれを受け入れられたらもっと生きやすくなるんじゃないかと思って」
「僕は一生、受け入れられません。生まれながらの欠陥品だったとしても、僕は最高級品の幸せを望んでいるんです。こんな不条理に負ける訳にはいきません」
現に今だって、京一さんという最高級な理想像と恋人同士だし、教師に嫌われててもテストの点数で口封じしてやるし、健常者には理解できない死にたくなるほどの苦しさやつらさを経験させられて、何で健常者よりも幸せになれない人生があるんだ。そんなのは絶対に認めたくない。
「君の最高級な幸せって何?京一さんと一緒にいられること、いつも楽しそうに話してくれるけれど、君にとってそれは幸せじゃないのかい?」
「幸せです、最高級で最大級に幸せです。でも、だけど、生きるための道標を見失ってしまうと、途端に死にたくなってしまうんです」
だから僕は、役者になりたいと願うし医者になりたいと願うし、京一さんを養ってあんなことやこんなことをしてみたいとか尽きることない願望を将来へ向けて、現実から目を逸らしてぶっ刺していかないと。
「どうして死にたくなるの?」
「幸せを追い求めてばかりでは幸せを感じないけれど、幸せを追い求めていないと幸せではないんですよ。だって幸せから目を背けることになるじゃないですか。それはしたくないです」
「そっか、最近はどんな幸せがあった?」
「そうですね、最近は京一さんにべろちゅーしたんですけど色慾を誘わずに眠気を誘ったことですかね」
「それ本当に幸せ?」
「そりゃあ当然、悔しかったに決まってるじゃないですか」
今回は本気でイかせようとして京一さんをとろとろにしたつもりが実際はうとうとで、その色っぽい細めた目も恍惚ではなく睡魔によるものだった。京一さんの好きな香りのリップクリームも、好きなキスの仕方もタイミングも全て全て完璧にやったはずなのに。あの長時間で僕だけが悲しくも独りよがりに興奮して吐精してるだけなんて。
「氷野さんって、休日は何されてるんですか?」
「んー、映画とかドラマとか見てるよ」
「どんなジャンルのですか?」
「最近はゾンビもの見てるかな。めっちゃ面白いんだよね!」
「えーーー、そうゆうグロいの私怖くって……」
「うわあ!!」
「わっ!!ちょっ、脅かさないでくださいよぉ」
「あははっ、見すぎてゾンビの歩き方マスターしたんだ!」
それ、僕にもモノマネで見せてくれたやつ!!!バイト先の女の子に京一さんのことが好きな子がいると吉岡さんから聞いたので、授業中も片耳にワイヤレスイヤホンを仕込んで聞き耳を立てていた。自分でやっといて何だけど、つらっ!!!!
「氷野さんって何であんなにあかり先輩と仲良いんですか?」
「あー、あれは、俺がまだ客だった頃……」
「はいはい、くだらない回想はいいから、はやく納品片してください!!」
吉岡さん、ナイスです!!
「ひでぇ、俺は一つ一つの商品を大切に扱ってるんですぅ」
「じゃあ、あの棚壊した人は誰でしたっけ??」
「はぁーい、頑張りまぁーす」
可愛いいい、音声だけでも可愛すぎる。
「……何なんですかね、あの人」
「誰?」
「あかり先輩ですぅ。だって、私が氷野さんと喋ってる時にいっつも割り込んでくるんですよ?自分は全然好きじゃないとか言ってるくせに……」
「ふーん」
「それで氷野さん、今度のお休み、もし良かったら何処か行きませんか?」
「何処行くの?」
「お洒落なカフェとかレストランとか」
「へえ、良いね」
「いつ頃空いてます?」
「え、何が?」
「氷野さんのオフの日ですよ」
「俺?……俺は、んー、いつでも、バイトなければ」
「じゃあ明日、11時頃に駅集合で」
「うん、……え?」
え!!?、堂々とデートの誘いにOKしたんだが、僕の彼氏。しかも適当な相槌打ちまくって。脳死させて仕事モードに入りすぎたのが原因。もはやバックれてくれ。
「青柳ぃ、次移動だぞ?」
「ちょっと待って今良いところだか……」
やば!!!、高橋にこのこと知られたらめっちゃドン引きされる気がする。普通に犯罪。めっちゃはてなマーク頭に浮かぶよね、ごめんね!!
「あのさ、美優ちゃん。俺さ……」
「何が良いところなんだよ」
「うわああああ」
「はあ??どうした???」
「聞き逃した……電話での音声パスワード聞き逃した時よりもショック……」
「訳わかんねえ、先行ってるわ」
「大丈夫ですよ、私が絶対に楽しませてみせますね!京一郎さん?」
何が??どうやって??ああああ、悔やまれるう。ふざけんな、この女の子と少しの高橋ぃ。誰の男に手出してんのか分かってんのか、ってヤンキーみたいに言えたら追い払えるのに。艶めかしい声で京一さんを惑わせやがって。僕はやっぱ恋人(仮)だったんだ。
「高橋、明日の給食当番代わってもらってもいい?」
「何で」
「明日、僕、体調不良で休むから」
「ズル休みだ」
「狡じゃない、ただ予定ができたから休みたいだけで」
「どんな予定??」
京一さんのデートを阻止する、予定だなんて口にするのも憚られる僕の醜いエゴなのでどうにかして隠そうとした。
「それは……体調不良になる予定」
「あははっ、そーゆーのをズル休みって言うんだよ!」
僕が学校から帰ってきても、貴方は何もデートのことを言わない。明日は何かしますか?と聞いてもただゴロゴロするって言い逃れられただけで、僕に隠したがってる。だから僕も隠して、明日は学校で、と話を続けた。




