↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
お飾り婿のつもりでしたらお引き取りくださいませ 〜無能だと勘違いした馬鹿どもを、婚約者が本物の手腕とざまぁで叩き潰します〜  作者: あずきまんま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
2/6

第2話_仮面の下と、招かれざる客

一方その頃。


執務室を出て、屋敷の長い廊下を歩いていたレイジは、角を曲がって使用人の気配が完全に消えた瞬間、ぴたりと足を止めた。


先ほどまでの眠たげで軽薄な笑みが、まるで仮面を剥がすかのようにその顔から消え失せる。


無造作に垂れていた前髪の奥で、氷刃のように鋭く冷徹な黒曜石の瞳がギラリと光った。


「……出てこい、クロウ」


レイジが低く呟くと、廊下の窓枠の影から、黒い執事服に身を包んだ一人の青年が音もなく姿を現し、片膝をついた。


王都最大の投資組織『ヴェール商会』の筆頭幹部であり、同時に国王直轄の特務監察局の精鋭でもある男だ。


「はっ。すべて閣下のご推察通りにございました。カルネ子爵とガマル商会、およびその背後にいる『ネズミ』どもの資金の流れ、すべて把握しております」


「そうか。契約書の偽造に、関所の不当封鎖……ずいぶんと露骨で稚拙な手口を使うじゃないか。僕のセレスティアがどれだけ毎日遅くまで領民のために頭を悩ませているかも知らずに」


レイジの声は穏やかだったが、その周囲の空気は肌を刺すような膨大な魔力の余波でピリピリと震えていた。


「例の疲労回復用の霊薬草『月光草』は、本日の紅茶にも問題なくブレンドなさいましたか?」


「ああ。王宮の秘蔵庫から取り寄せた最高級品だ。彼女に気づかれないよう、街の薬草店のおまけだと嘘をつくのはなかなか骨が折れるけどね」


レイジは苦笑いを浮かべたが、すぐにその瞳に絶対零度の光を宿した。


「カルネ子爵領の関所には、今夜のうちに商会の別動隊を向かわせろ。ただし、まだ表立って潰すなよ。連中の後ろで糸を引いている、僕の愛すべき『実家の兄上たち』が、自らの首に縄をかける瞬間まで泳がせておく」


「御意。……しかし閣下、いつまでセレスティア様に無能の仮面を被り続けられるおつもりですか? このままでは、本当に愛想を尽かされて婚約破棄を突きつけられますぞ」


腹心の言葉に、レイジは一瞬だけ困ったように眉を下げ、執務室の方向を愛おしそうに振り返った。


「……それを言わないでくれ。二年前のあの日、王都の貧民街で泥だらけになりながら貧しい子供を庇っていた彼女に一目惚れして以来、いざ目の前にすると緊張してしまって、ああいう憎まれ口や軽口しか叩けないんだ。今さら真面目な顔で『実は君を死ぬほど愛しています』なんて言ったら、それこそ気味悪がられるだろう?」


天下の王宮特務監察官であり、巨万の富を動かす『ヴェール商会』の若き支配者は、耳たぶをわずかに赤く染めながら咳払いをした。


「とにかく、彼女に指一本触れさせるな。アルトリア領を狙う害虫どもには、僕が誰なのか、そして僕の婚約者に手を出したらどうなるのかを、骨の髄まで教え込んでやる」


     ◇


翌朝、セレスティアの嫌な予感は最悪の形で的中した。


「セレスティア様! 大変でございます! カルネ子爵領の関所にて、我が領の蒼輝石を積んだ荷馬車十台が、すべて差し押さえられました!」


朝一番で執務室に飛び込んできた執事のセバスが、青ざめた顔で報告書を差し出した。


「差し押さえですって!? 昨日は書類の些細な記述ミスで足止めされているだけだと聞いていたけれど、一体どういう理由で……!」


「それが……カルネ子爵家が今朝方、突如として『隣領より持ち込まれる魔鉱石には、治安維持協力金として従来の五倍の特別関税を課す。即座に現金で支払えない場合は、積荷をすべて没収する』という新条例を発布したとのことです!」


「五倍の関税……!? そんなもの、王国の商業法に明確に違反する不当課税ではありませんか!」


セレスティアは机を強く叩いて立ち上がった。


「すぐに地方行政裁判所へ異議申し立てを行います! 馬車の準備を……」


「お待ちください、セレスティア様。そのお時間すらございません!」


セバスが悲痛な声で廊下の方角を見た。


ドタドタと品のない足音が響き、使用人の制止を振り切って、恰幅の良い中年男が執務室へと押し入ってきたのだ。


脂ぎった顔に金縁の眼鏡をかけ、指という指に下品な宝石の指輪をはめた男――『ガマル商会』の会頭、ガマルであった。その後ろには、いかにも柄の悪そうな護衛の傭兵たちが数人控えている。


「いやあ、ご機嫌よう、アルトリア伯爵家の若き女当主様。朝からずいぶんと騒がしいですなあ」


ガマルはねっとりとした笑みを浮かべ、セレスティアの机の前にドカッと勝手に腰を下ろした。


「ガマル会頭……! アポもなしに当主執務室へ踏み込むとは、商人の礼儀を忘れたのですか! 今すぐ退室なさい!」


「おやおや、これは手厳しい。ですがね、礼儀を欠いているのはどちらですかな? 本日の正午が、我がガマル商会への蒼輝石・第一陣の納入期限ですよ。関所で荷馬車がすべて止まっているそうですが、これでは到底間に合いませんなあ」


ガマルは懐から一通の羊皮紙を取り出し、扇子のようにパタパタと扇いでみせた。


「つきましては、契約書にある通り、正午を過ぎた時点で、違約金として『金貨五万枚』をお支払いいただくか……それが無理なら、蒼輝石鉱山・第三坑道の採掘権を、無償で我が商会へ譲渡する書類にサインしていただきましょうか!」


「なっ……! その条項は、あなた方が後から不正に書き加えた偽造ではありませんか! 当家に残っていた控えのインクの成分が違っていることは、すでに確認済みです!」


セレスティアが毅然と言い放つと、ガマルは大げさに肩を揺らしてゲラゲラと笑い出した。


「偽造? 証拠がおありで? こちらの原本には、確かにあなた自身の署名とアルトリア伯爵家の血判が押されておりますぞ! 地方の裁判所に訴え出たところで、裁判官の半数はカルネ子爵様のご親戚だ。若い女が当主代行になった途端、契約管理もろくにできずに言いがかりをつけている――そう判断されるのがオチですなあ!」


あまりにもあからさまで、卑劣な罠だった。


最初からカルネ子爵とガマル商会は裏で手を組んでいたのだ。ガマル商会が偽造契約書を仕込み、納入期限の直前にカルネ子爵が関所を封鎖して物理的に納期遅れを発生させる。そうして莫大な違約金をふっかけ、アルトリア領の命綱である鉱山を丸ごと乗っ取る計画に違いなかった。


「卑怯な……! 父が病床にある隙を狙って、こんな汚い真似を……!」


「おっと、口を慎んでいただきたいですな。ビジネスの世界は弱肉強食。女手一つで鉱山などという莫大な利権を守れると思ったあなたの世間知らずが悪いのですよ。……ああ、そういえば」


ガマルはニヤリと下卑た笑みを深め、部屋の隅にある長椅子へ視線を向けた。


そこには、いつからいたのか、クッションを抱えて眠たそうに目をこすっているレイジの姿があった。


「そちらにいらっしゃる『ヴォルター侯爵家の三男坊様』に泣きついてみたらどうですかな? もっとも、実家から一銭の持参金も持たされずに放り出された有名な穀潰し殿に、金貨五万枚など用意できるはずもありませんがねえ! ハッハッハ!」


護衛の傭兵たちも一緒になって下品な嘲笑を上げる。


セレスティアは屈辱で全身が震えた。自分が侮辱されるのはまだ耐えられる。だが、いくら普段は頼りなく見えるとはいえ、アルトリア家が迎え入れた婚約者を目の前でここまでコケにされて、黙っていられるはずがなかった。


「……お黙りなさい! レイジ様に対する無礼、これ以上は許しません! 正式な監査請求を王都の商業ギルド本部および貴族議会へ直接提出します! 王都の法廷であれば、カルネ子爵の癒着も通用しないはずです。それまで、採掘権の引き渡しには一切応じません!」


セレスティアが凛とした声で一喝すると、ガマルは面白くなさそうに舌打ちをした。


「ふん、強情な小娘だ。いいでしょう、明後日、王都の貴族議会附属・特別監査院にて白黒つけようじゃありませんか。ただし、そこであなたの訴えが却下されれば、第三坑道どころか、鉱山全体の経営権を慰謝料としていただきますからな! せいぜい首を洗って待っていることです!」


ガマルは捨て台詞を吐き、荒々しく扉を閉めて出ていった。


嵐が去った後の執務室で、セレスティアは机に両手をつき、荒い息を吐いた。膝がわずかに震えているのを気取られないよう、必死にスカートの上から拳を握りしめる。


そこへ、長椅子から立ち上がったレイジが、のっそりと歩み寄ってきた。


「いやあ、すごい剣幕だったねえ、セレスティア。さすがは次期当主様、惚れ惚れするほど格好良かったよ」


「……っ、よくそんな他人事のように言えますわね! あなたもさっき、目の前で『穀潰し』と笑われていたのですよ!? 悔しくないのですか!?」


セレスティアがたまらず声を荒らげると、レイジは困ったように頬を掻き、へらりと頼りない笑みを浮かべた。


「悔しいかって? うーん、まあ、昔から実家でも兄上たちに似たようなことを言われ続けてきたからねえ。今さら悪徳商人に何を言われても、痛くも痒くもないというか……まあまあ、そんなに焦らなくても、王都へ行けばなんとかなるさ」


「なんとかなる、ですって……!? 何の根拠もないのに、どうしてそんな無責任なことが言えるのですか!」


セレスティアの瞳から、悔しさと孤独感で熱い雫がこぼれ落ちそうになった。


彼女は顔を背け、震える声で吐き捨てるように言った。


「……もう結構です。明日の早朝、私一人で王都へ向かいます。レイジ様はお屋敷でお好きなだけ小説でも読んでいらしてください!」


「いや、それはダメだよ。王都の貴族議会へ行くなら、一応は侯爵家の血を引く僕が同伴しないと、門前払いされてしまう規定があるからね。僕も一緒に行くよ、観光がてらにね」


「観光……っ!」


どこまでも神経を逆撫でするその言葉に、セレスティアはそれ以上言葉を返す気力すら失い、ただ冷たい絶望感だけを胸に抱えて執務室を飛び出した。


(私が……私一人の力で、絶対に父上の領地と領民を守り抜いてみせるわ。あの頼りない婚約者なんて、ただの通行手形代わりに使ってやるだけよ……!)


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。