わからなくなったこと
最近、美月ちゃんの姿を店で見かけていなかった。
忙しいのだろうか。
以前、夢の話をしたとき、美月ちゃんは美容師になりたいと言っていた。
あのときの彼女は、自分の将来について話すのが少し楽しそうだった。
だからだろうか。
久しぶりに店で顔を合わせた彼女が、どこか疲れているように見えたのは。
「いらっしゃいませ」
いつもの制服姿で、美月ちゃんが席へ案内してくれる。
「久しぶりだね」
「そうですね。最近ちょっと忙しくて」
そう言って笑った彼女の顔には、以前よりも少しだけ元気がない気がした。
けれど、仕事中にあれこれ聞くのも違うだろう。
俺はいつもどおり注文を済ませ、食事をしながら過ごした。
やがて閉店時間が近づき、店内の客も少なくなっていく。
最後の客を見送り、片付けを終えた美月ちゃんが、俺の席へやってきた。
「蓮さん、まだ少し大丈夫ですか?」
「ん? どうしたの?」
「ちょっと……話したいことがあって」
いつもの明るい声とは違う、控えめな口調だった。
「いいよ」
俺がそう答えると、美月ちゃんは少し迷ったあと、ぽつりと口を開いた。
「私、最近……やりたいことがわかんなくなっちゃいました」
「やりたいこと?」
「はい。前に話したじゃないですか。美容師になりたいって」
「ああ、話してたね」
「前は、それに向かって頑張ろうって思えてたんです。でも最近、なんのためにこんなに頑張ってるんだろうって思うことが増えて……」
美月ちゃんは、膝の上で両手を組んだ。
「学校の課題もあるし、バイトもしなきゃいけないし、彼氏とも会いたいし。全部ちゃんとやろうとすると、時間が全然足りなくて」
「うん」
「寝る時間を削っても課題が終わらなかったりして……ずっと何かに追われてる感じなんです」
彼女は小さく息を吐いた。
「それで最近、学校を辞めたほうがいいのかなって考えるようになりました」
思いがけない言葉に、俺は少しだけ目を見開いた。
「辞めたいと思ってるの?」
「……わかんないです」
美月ちゃんは困ったように笑った。
「自分で選んだ学校だし、学費だって親に出してもらってるし。簡単に辞めちゃいけないって思うんです。でも、このまま続けるのもしんどくて」
「そっか」
「辞めたら楽になるのかなって思うこともあるんです。でも、本当にそれでいいのかなって……」
言葉を探すように、美月ちゃんは視線を落とした。
「自分でも、どうしたいのかわからないんです」
俺はすぐには答えられなかった。
頑張り続けることが正しいとは限らない。
だからといって、苦しいから辞めればいいと簡単に言える話でもない。
彼女がどんな気持ちで学校を選び、ここまで頑張ってきたのか。
それを知らない俺が、軽々しく答えを出していいはずがなかった。
「……そっか。結構、しんどかったんだね」
そう言うと、美月ちゃんは小さくうなずいた。
「はい……」
「話したいことがあるなら、話せばいいんじゃない?」
以前にも、似たようなことを言った気がする。
誰かに話したからといって、すぐに答えが見つかるわけじゃない。
それでも、一人で抱え込むよりは、少しだけ楽になることもある。
美月ちゃんは顔を上げた。
「……ありがとうございます」
「いや、別に。俺は聞いてただけだし」
「それでも、です」
彼女はほんの少しだけ、表情を和らげた。
それから、もう一度だけ「ありがとうございます」と言って、帰り支度を始めた。
俺はその背中を見送りながら、考えていた。
彼女が学校を辞めるべきなのか、続けるべきなのか。
そんなことを、俺が決めることはできない。
ただ、今の苦しさから逃れるためだけに決めて、あとで後悔するようなことにはなってほしくなかった。
どう伝えればいいのだろう。
答えを押しつけずに、彼女自身が納得できる選択をするためには。
俺はグラスに残った水を飲み干し、もう少し考えてみることにした。




