このままで
「蓮さん、今日も来てたんですね」
「今日もって何だよ。来ちゃ悪いの?」
「そんなこと言ってないじゃないですか」
美月は笑いながら、注文された料理をカウンターに置いた。
いつもと変わらないやり取り。
けれど、少し話していると、今日はいつもより疲れているようにも見えた。
「最近、学校はどう?」
「忙しいですよー。実習もあるし、課題もあるし……」
美月は小さくため息をついた。
「美容師って、覚えることがいっぱいなんだね」
「そうなんです。学校が終わったらバイトもあるし、帰ったら課題もやらなきゃいけないし」
「そりゃ大変だ」
「でも、みんな同じですからね。私だけ弱音を吐いてられないです」
そう言って、美月は笑った。
「友達と遊ぶ時間もなさそうだな」
「なかなかないですね。みんな忙しいし、私もバイトがあるから」
「休みの日くらい、ゆっくりすればいいのに」
「そうしたいんですけどねー。やることがいっぱいあって」
明るい口調だったけれど、どこか疲れがにじんでいた。
「美月ちゃんって、実家から通ってるんだっけ?」
「いえ、一人暮らしですよ」
「そうなんだ。学校もバイトもあるのに、家のことまでやるのは大変だね」
「まあ、慣れましたよ」
美月はそう答えてから、少しだけ間を置いた。
「実家にいるより、一人のほうが気楽ですし」
「へえ、そうなんだ」
それ以上、詳しく聞くことはしなかった。
一人暮らしのほうが気楽だという人は、珍しくない。
ただ、彼女の言い方には、何か理由があるようにも感じた。
もちろん、俺の考えすぎかもしれない。
「でも、一人だとご飯とか面倒じゃない?」
「面倒ですよ。洗濯物もすぐたまるし、ご飯を作る気力がない日もあります」
「分かるなあ。俺も気づいたら洗濯物がすごいことになってる」
「蓮さんもちゃんとしてくださいよ」
「はいはい」
美月は楽しそうに笑った。
ほんの少しだけ、表情が和らいだ気がした。
「……なんか、最近ずっと余裕がないんですよね」
笑い終えた美月が、ぽつりと言った。
「学校も頑張りたいし、バイトも休めないし。家のことも自分でやらなきゃいけないし」
「うん」
「別に、嫌なことばっかりってわけじゃないんです。学校も楽しいし、できることが増えると嬉しいし」
美月は言葉を探すように、少しだけ視線を落とした。
「でも、全部ちゃんとやろうとすると、たまにしんどくなっちゃって」
その気持ちは、少しだけ分かる気がした。
目の前のことをこなすだけで精いっぱいになって、何のために頑張っているのかさえ、分からなくなることがある。
「……このまま続けられるのかな」
美月は小さく笑った。
いつものように明るく振る舞おうとしているのかもしれない。
俺は、すぐに返す言葉を見つけられなかった。
頑張れと言うのは簡単だ。
でも、彼女がどれだけ頑張っているのか、俺には全部は分からない。
「全部ちゃんとやろうとしなくてもいいんじゃない?」
結局、俺に言えたのは、それくらいだった。
美月は顔を上げた。
「……そうですかね」
「うん。少しくらい手を抜いたって、いいと思うよ」
「手を抜く、かあ……」
美月は考えるように黙ったあと、小さく笑った。
「私、そういうの苦手かもしれないです」
「そんな気はしたけど」
「えー、どういう意味ですか!」
「いや、何となく」
「ひどいなあ」
美月は笑った。
その笑顔を見て、少しだけ安心した。
彼女の抱えているものを、俺はまだ知らない。
何も解決できたわけでもない。
それでも、さっきより少しだけ明るくなった声を聞いて、俺は静かに息をついた。




