いつもと違う
今日は思いのほか早く仕事が終わった。
いつもの道を歩いていると、少し先に見覚えのある後ろ姿が見えた。
美月だ。
バイトのときとは違い、私服姿の彼女。
普段ならもう少し軽い足取りで歩いている気がする。
けれど今日は、俯きながらゆっくりと歩いていた。
何かあったのだろうか。
そう思った俺は、少しだけ歩く速度を上げた。
「美月ちゃん?」
声をかけると、彼女は顔を上げた。
「あ……蓮さん」
一瞬驚いたような顔をしたあと、美月は小さく笑った。
「お疲れさまです」
「お疲れ。どうしたの? なんか元気ないね」
「えっ、そうですか?」
「うん。なんか、いつもと違う気がして」
美月は少し困ったように笑い、視線を落とした。
「……ちょっと、彼氏と喧嘩しちゃって」
「ああ、そうなんだ」
俺は彼女の歩幅に合わせて、隣を歩いた。
「大丈夫?」
「まあ、喧嘩自体は初めてじゃないんですけどね」
美月は苦笑いを浮かべた。
「なんか、最近ちょっと多くて」
「そっか……」
俺は相づちを打ちながら、彼女の話に耳を傾けた。
「なんか、私が話してる途中で、すぐ自分の意見を言ってくるんですよ」
「うん」
「それで、私が違うって言うと、向こうもムキになって……」
美月は言葉を切り、小さく息を吐いた。
「私もつい言い返しちゃうし。最初は普通に話してただけなのに、気づいたら喧嘩になってるんです」
「なるほどね」
「向こうも向こうで、思うことがあるんだろうけど……なんか、うまくいかないんですよね」
そう言って、美月はまた俯いた。
彼氏にも彼氏なりの考えがあるのだろう。美月の話だけで、どちらが悪いと決めつけることはできない。
「そっか……」
俺はそれ以上、何かを聞き出そうとはしなかった。
彼女が話したいことを、話せるだけ話せばいい。
今の俺にできることは、それくらいだった。
しばらく並んで歩いていると、美月がこちらを見た。
「……なんか、すみません。愚痴ばっかり」
「いや、別にいいよ」
俺は首を横に振った。
「少しはスッキリした?」
「……たぶん?」
「たぶんかよ(笑)」
思わず笑うと、美月もつられたように笑った。
「だって、まだモヤモヤしてるし(笑)」
「そりゃ、すぐにはスッキリしないか(笑)」
「そうなんですよ。困ったもんです(笑)」
美月はそう言って、少しだけ笑った。
「でも、ありがとうございました」
「どういたしまして」
俺も笑って返した。
さっきまでの沈んだ表情が、少しだけ明るくなっていた。
誰かの悩みを、簡単に解決できるとは思わない。
何か気の利いた言葉をかけられるわけでもない。
それでも、話を聞くくらいならできる。
自分の言葉で何かが変わったのかはわからない。
それでも、少なくとも今日の美月は、さっきより少しだけ明るい顔で笑ってくれた。
それなら、悪くない一日だったのかもしれない。




