お腹いっぱい
仕事帰り、いつもの居酒屋に立ち寄った。
カウンターの端に座り、生ビールを頼む。
店内はいつもより客が少なく、店員たちにも少し余裕があるようだった。
「いらっしゃいませ!」
美月がこちらに気づき、軽く会釈をした。
しばらくして、注文したビールが運ばれてくる。
「お待たせしました」
「どうも」
グラスを受け取り、ひと口飲む。
そういえば、前に街で会ったときのことを、まだ謝っていなかった。
「そういえば、この前はごめんね」
「え?」
「ほら、駅の反対側で会ったとき。二人でいたのに、急に声かけちゃったから」
「ああ! 全然気にしてないですよ!」
美月は笑いながら答えた。
「ならよかった」
俺はひと安心して、もうひと口ビールを飲んだ。
ふと思い出して、もう一つ尋ねる。
「そういえば、あの人って彼氏さん?」
「あ、はい。そうです!」
「やっぱり。二人でいたから、そうなのかなって」
「そうなんですよ。それで、この前も一緒に出かけたんですけど……」
美月は思い出したように笑った。
「ご飯食べに行ったんですけど、何食べるか全然決まらなくて。私がパスタって言ったら、彼はラーメンがいいって言うし」
「全然違うもの選んだね(笑)」
「そうなんですよ! お互い譲らなくて、結局ずっと決まらなかったんです」
「それで、どうしたの?」
「二人ともお腹すいちゃって、最後は目についたお店に入りました(笑)」
「最初からそうすればよかったんじゃない?」
「ほんとですよね(笑)。でも、そのあと彼が面白いこと言ってて――」
「あー、惚気ですか?」
「惚気てないです!(笑)」
美月はすぐに言い返した。
「そう? 結構楽しそうに話してたけど」
「いや、そういうんじゃなくて……」
そこまで言って、美月はふと口を閉じた。
「あれ、私、めっちゃしゃべってません?」
「うん、結構しゃべってたね(笑)」
「うわー、やっちゃった。聞かれてもないのに……」
美月は恥ずかしそうに笑い、少しだけ顔を伏せた。
「はい、おかげでお腹いっぱいです。もう帰ろうかな」
「ちょっと! ひどくないですか!(笑)」
美月が笑いながら抗議する。
俺もつられて笑った。
普段なら、注文を聞かれて答えるか、挨拶を交わすくらいだ。
それが今日は、いつもよりずいぶん長く話していた。
「じゃあ、仕事戻りますね」
美月は笑顔のまま、厨房のほうへ戻っていった。
俺は残っていたビールを飲み干し、追加でつまみを頼んだ。
運ばれてきた料理をつまみながら、スマホで明日の予定を確認する。
店内には、時折、店員たちの声が響いていた。




