偶然
仕事帰りに立ち寄る居酒屋は、その日も賑わっていた。
カウンターの端に座り、生ビールを頼む。
店内では、店員たちが忙しそうに動き回っていた。
「お待たせしました」
美月がビールを運んできた。
「どうも」
グラスを受け取ると、彼女は軽く頭を下げて、次の仕事へ向かっていった。
初めて見かけた頃に比べると、ずいぶん店にも慣れたようだった。
顔を合わせれば挨拶をする。注文を聞かれれば答える。たまに短い会話を交わすこともある。
俺たちの関係は、そんなものだった。
俺はビールを飲みながら、スマホで翌日の予定を確認した。
しばらくして、追加でつまみを頼む。
美月が注文を取りに来て、伝票に書き込んだ。
「ありがとうございます」
そう言って笑う彼女に、俺は軽くうなずいた。
いつもと変わらない夜だった。
*
数日後。
その日は、いつもより少し早く仕事が終わった。
まっすぐ帰るにはまだ早い時間だったので、普段はあまり通らない駅の反対側を歩いていた。
飲食店が並ぶ通りに差しかかったとき、見覚えのある女の子が目に入った。
美月だった。
隣には、同年代くらいの男性がいる。
二人で並んで歩きながら、何か話をしていた。
店で見る制服姿とは違う私服姿に、一瞬だけ迷ったが、顔を見ればすぐにわかった。
「あれ、美月ちゃん?」
声をかけると、彼女が振り返った。
「あ、蓮さん!」
少し驚いたあと、笑顔を見せた。
「こんなところで会うんだね」
「ほんとですね!」
いつもの調子で言葉を交わす。
すると、隣にいた男性が美月に顔を向けた。
「知り合い?」
「うん。バイト先の居酒屋のお客さん」
美月がそう答えると、男性は俺のほうを見た。
「ああ、そうなんだ」
男性は短く答え、美月の隣に立ったままだった。
俺も軽く会釈を返す。
「どうも」
「どうも」
男性も会釈をした。
それだけのやり取りだったが、少しだけ空気が変わった気がした。
美月も、どこか気まずそうに二人の顔を見比べている。
そこで、ようやく気づいた。
……ああ、彼氏さんかな。
俺はただ、店で顔を合わせる子を見かけたから声をかけただけだった。
けれど、二人で過ごしていたところに急に話しかけてしまったのは、タイミングが悪かったかもしれない。
「ごめんね、邪魔しちゃって」
俺は二人に軽く頭を下げた。
「じゃあ、気をつけて」
美月が何か言おうとしたようにも見えたが、俺はそのままその場を離れた。
少し歩いたところで、俺は小さくため息をついた。
タイミング、悪かったな。
……次に店で会ったら、軽く謝っておこう。
そう思いながら、俺は家路についた。




