新しい毎日
彼氏と会った週末から、何度も考えていた。
学校を辞めて、一緒に暮らす。
彼の言葉を思い出すたびに、その生活を想像してしまう。
課題に追われることもなくなる。
バイトから帰って、疲れたまま机に向かうこともなくなる。
それに、今より彼と一緒にいられる時間が増える。
考えれば考えるほど、魅力的な選択に思えた。
もちろん、学校を辞めることに迷いがないわけじゃない。
美容師になりたいと思って、自分で選んだ進路だった。
それでも、今の生活をこのまま続けていける自信はなかった。
学校も、バイトも、彼との時間も。
どれも大切にしたいと思うほど、全部が中途半端になっていく気がした。
だったら、今の自分にできることを選びたい。
そう思った。
次に彼と会ったとき、私は自分の気持ちを伝えた。
「私、学校辞めようと思う」
彼は少し驚いた顔をしたあと、笑った。
「そっか。じゃあ、一緒に暮らすことも考えようよ」
「……うん」
彼が嬉しそうにしているのを見て、私も嬉しくなった。
一緒に暮らすのは、まだ少し先の話。
でも、これから先のことを彼と考えられるのが嬉しかった。
自分で決めたことだ。
これでいいんだ。
そう思いたかったし、実際、決めた直後は気持ちが軽くなった。
それから私は、学校を辞めるための手続きを進めた。
*
学校に通わなくなってから、毎日の過ごし方が変わった。
朝、課題のことを考えながら慌てて準備する必要はない。
バイトから帰っても、机に向かう必要はない。
以前なら、少しでも時間が空けば課題を進めなきゃと焦っていた。
今は、そんなことを考えなくていい。
それだけで、ずいぶん楽になった気がした。
彼氏と会う時間も増えた。
仕事が休みの日には、彼の家に泊まることもあった。
一緒にご飯を食べたり、買い物に出かけたり、家でのんびり過ごしたり。
特別なことをしなくても、彼と一緒にいられるのが嬉しかった。
「最近、楽しそうじゃん」
彼にそう言われて、私は笑った。
「そうかな?」
「うん。前より余裕ありそう」
確かに、そうかもしれない。
学校に通っていた頃は、彼と会っていても、帰ったら課題をやらなきゃという気持ちがどこかにあった。
今は、目の前の時間を素直に楽しめる。
学校を辞めてよかった。
そのときは、本当にそう思っていた。
*
ある日、彼氏と街を歩いていたときのことだった。
前から、数人の学生らしい人たちが歩いてきた。
楽しそうに話しながら、笑い合っている。
手には教材らしきものを持っていた。
何気なく見ていただけのはずなのに、私はつい、その姿を目で追ってしまった。
自分と同じくらいの年齢だろうか。
今も学校に通って、勉強をしている。
そんな当たり前のことを、なぜか久しぶりに意識した。
「どうしたの?」
隣から彼に声をかけられ、私は我に返った。
「ううん、なんでもない」
そう答えて、再び歩き出す。
彼はそれ以上、何も聞かなかった。
私も、わざわざ話すほどのことじゃないと思った。
ただ、さっきの学生たちの姿が、少しだけ頭に残っていた。
*
その日の夜、彼の家で過ごしていた。
彼はソファに座ってゲームをしていた。
「何してるの?」
「ゲーム。今日、休みだからさ」
「そっか」
私は彼の隣に座った。
いつもの光景だった。
彼がゲームをしている横で、私はスマホを眺める。
たまに話しかけて、返事をして。
そんな時間も嫌いじゃなかった。
彼と一緒にいられる。
それだけで、十分幸せなはずだった。
なのに、ふと昼間に見かけた学生たちのことを思い出した。
楽しそうに話しながら歩いていた姿。
あの子たちは、明日も学校に行くのだろう。
私は、もう行かない。
それだけのことなのに、胸の奥に小さな引っかかりが残った。
何が気になるのか、自分でもよくわからない。
学校を辞めたことを後悔しているわけじゃない。
彼と過ごす時間も、今の生活も、嫌いじゃない。
それなのに。
私はスマホの画面を見つめたまま、しばらく考えていた。
「……私、これからどうするんだろう」
口に出した言葉は、ゲームの音に紛れて消えた。
彼は、まだ画面を見ていた。
私はスマホを置き、彼の隣で小さく息をついた。
今はまだ、何もわからない。
ただ、胸の奥に生まれた小さな引っかかりだけが、消えずに残っていた。




