これでよかった
「そういえば、学校はどうなったの?」
店で働く美月に、俺は何気なく尋ねた。
「あ、辞めました」
あまりにもあっさりした返事に、思わず聞き返しそうになった。
「……そっか」
「はい。今はすごく楽ですよ。課題もないし、彼氏とも前より一緒にいられるし」
美月は笑っていた。
その笑顔を見ていると、俺が何かを言うのは違う気がした。
だけど、ひとつだけ気になっていた。
「美容師の夢は、ほんとにいいの?」
美月の笑顔が、ほんの少しだけ止まった。
「……うーん」
短い沈黙。
「でも、今はこれでよかったと思ってます。自分で決めたことですし」
そう言って、また笑った。
その笑顔に、少しだけ無理があるように見えたのは、俺の気のせいだったのだろうか。
「そっか。美月がそう決めたなら」
それ以上、何かを言うことはしなかった。
本人が決めたことだ。
俺が代わりに決めることじゃない。
ただ、あの子が本当に納得しているのか。それだけが、少し気になった。
学校を辞めてから、彼氏と一緒にいられる時間は増えた。
前は課題に追われて、会えてもどこか落ち着かなかった。
今はそんなことを気にしなくていい。
彼の家に泊まることも増えたし、一緒にご飯を食べたり、何もせずに過ごしたりする時間も増えた。
こういう毎日を想像していたはずだった。
ある日、彼の家で一緒に過ごしていると、彼はいつものようにゲームをしていた。
ふと、気になって聞いてみた。
「ねえ、いつも家にいるけど、仕事は大丈夫なの?」
彼はゲームの画面から目を離さずに答えた。
「あ、俺、今転職中。前のとこ辞めた」
「え、そうなの?」
「うん。次、探してるとこ」
あまりにも普通に言うから、私はそれ以上聞かなかった。
仕事を辞めることだってある。
転職活動中なら、家にいる時間が増えるのもおかしくない。
そう思った。
「そっか。次の仕事、早く見つかるといいね」
「まあ、そのうちね」
彼はそう言って、再びゲームに視線を戻した。
私はそれ以上話しかけず、隣に座った。
せっかく一緒にいられる時間が増えたのだ。
難しいことを考えず、今を楽しめばいい。
そう思っていた。
けれど、一緒に過ごす時間が増えるにつれて、少しずつ気になることも増えていった。
ご飯を食べに行くと、私が払うことが多くなった。
彼が仕事をしていないのだから、仕方ないのかもしれない。
家にいるときも、彼はゲームをしていることが多かった。
私が何かを手伝ってほしいと思っても、わざわざ口にするほどのことじゃないと飲み込んだ。
今は転職中だし。
仕事が決まれば、きっと元に戻る。
そう考えることにした。
学校を辞めたのは、自分で決めたことだ。
彼と一緒にいる時間を増やしたかったのも、私自身の気持ちだった。
だから、これでよかった。
そう思いたかった。
「ねえ、今日なに食べる?」
ゲームをしている彼に声をかける。
「なんでもいいよ」
いつもの返事だった。
「じゃあ、何か買ってくるね」
「ありがと」
私は財布を手に取った。
彼のために何かをするのは嫌じゃない。
好きな人と一緒にいられるのだから、それくらいは普通のことだと思う。
私は買ってきた食事をテーブルに並べ、彼の隣に座った。
「お、ありがと」
彼は笑って、箸を手に取った。
その顔を見ていると、さっきまで気になっていたことも、たいしたことじゃないように思えた。
きっと、今だけだ。
仕事が決まれば、また変わる。
私はそう信じることにした。




