2-1-5 先週来てくれたばかりですよ?
翁さんをお迎えして、一週間ほどが過ぎた。
あの後、私は
達成感や満足感で胸がいっぱいで、
皆さんに少しご迷惑をかけてしまった。
どんなご迷惑かというと…
「レーヴ」
あ、遼叔父さんだ。
「今日も歌わないのか?」
と、ニヤニヤされてしまう。
「う、歌いません!もうっ。」
そうなのだ。
ブース以外の場所でも、ずっと、歌ってしまった。
しかも、だいぶしっかり歌ってしまった。
熱唱、と言っていいレベル。
そのおかげで、
「歌わないの?」「歌いません」
が、ここ1週間の挨拶になってしまった。
…そろそろ、本当に許してください。
そんな風にかわいがっていただきながら、
無事、セットリストを作り上げ、
皆さんからのフィードバックや、リクエストを
いただきつつ、
私はお客さんをお迎えせずに過ごした。
…また、あんなふうに歌えたらなあ。
ピロリンッ!ピロリンッ!
レベルアップだ。
遼叔父さんが“お出迎えが必要”なお客様だ。
控室にメッセージが響く。
AI音声による読み上げなんだって。
ハイテクだよね。
「レーヴ、翁様、もう一名様です」
えっ!
先週来てくれたばかりですよ…?
私は、急いでブースに向かった。
扉が、静かに開いた。
よかった~、お待たせせずに済んで…。
小柄な影がひとつ。
その後ろに、もうひとつ──
控えめで、揺れの少ない影。
翁さんと、…女性?
「レーヴ嬢、また来たぞ」
翁さんは、前回と同じように明朗な声で言った。
その後ろで、女性の影が小さく会釈をしてくれる。
「妻の、かよです。
今日は……どうしても聴かせたくてな」
奥様!!
「かよ、こっちの姿はシルエットくらいしか見えない。
…お前の笑顔をレーヴ嬢に見せてやれんのが残念だ」
「はじめまして。
……レーヴです。
どうぞ、おかけください」
ゆっくりと二人が席につく気配を確認した私は、
静かに深呼吸する。
まずは、ウェルカムソングだ。
私は深く息を吸い、
アメイジング・グレイスを歌い始めた。
かよさんの影が、ほんの少しだけ揺れた。
水面に落ちた一滴の雫のように、
静かで、優しい揺れ。
歌い終えると、
翁さんが満足げに頷いた。
「今日も素晴らしいな……」
かよさんも、胸の前でそっと手を重ねている。
影でしか見えないその仕草が、
なんだかとても美しかった。
「早速リスエストいいかい。
よければ、中島みゆきさんを頼みたい」
翁さんが言った。
私は頷いて、「時代」を歌う。
水面がゆっくりと流れ、
光が少しずつ色を変えていく。
お二人とも、静かに聴いてくれていた。
時代が一番有名だと思うけど…
……ご夫婦だよね……。
―――なぜ めぐりあうのか…―――
かよさんが、
驚いたように翁さんを見たように思う。
私からは見えないけれど、
ご夫婦の距離が、ぐんと近くなって、
重なるように感じた。
(「糸」…みゆきさんの曲にはめずらしい、ラブソング)
深く息を吸う。
胸の奥が、少しだけ熱くなる。
――縦の糸はあなた…… ――横の糸は私……
サビに入ると、
ウユニの水面が、
まるで“糸”のような細い光を描き始めた。
かよさんの影が、
ほんの少し震えた。
涙の気配が、静かに伝わってくる。
翁さんは、かよさんのほうを見て、
そっと手を伸ばした。
その仕草があまりにも優しくて、
胸がぎゅっとした。
歌い終えると、
かよさんは小さく息を吸い、
涙を拭った。
「……すてきでした……」
その声は、水の上に落ちる光のように、
静かで、柔らかかった。
「ありがとう、レーヴ嬢。
かよが泣くのは、めったにないんだ」
翁さんが照れたように笑う。
私は深くお辞儀をした。
「ありがとうございます。
歌わせていただけて……とても嬉しいです」
少し間を置いて、
翁さんが言った。
「最後に……孫と聴いている歌を頼みたい。
最近のやつだ。唱、という歌で…
高校生が歌っているらしいんだが」
かよさんが、くすっと笑った。
とてもかわいらしい笑い方。
「はい。
歌わせていただきます」
私は、少しだけ背筋を伸ばした。
(…大丈夫。歌える)
水面が、軽やかに揺れ始める。
――唱えよ 唱えよ……
ウユニの水面が、
まるで踊るように光を跳ね返す。
翁さんが、少年のように目を輝かせている。
かよさんも、
驚きながらも楽しそうに微笑んでいた。
歌いながら、私は身体を揺らす。
ああ、ダンス習おう。
ここ、ハンドクラップ。
Adoちゃん難しいよおおおお。
なんとか最後まで歌い切ると、
二人から拍手が起きた。
「ありがとう!
今日も……本当にいい時間だった。
また来る、レーヴ嬢」
「……また聴かせてくださいね」
私は深くお辞儀した。
「はい。
いつでも、お待ちしております」
二人の影が、 ゆっくりとブースを出ていく。
お見送りに、
女性の方に、と思っていた1曲を歌う。
―――アヴェ・マリア。
聖母マリア様……女性を讃える歌だと思う。
水面の光は、
まだ少しだけ揺れていた。
その余韻の中で歌いながら、
私は静かに目を閉じた。




