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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第5章 進んでゆく

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2-5-5 私の未来

学年末試験から解放された。

ちょっと遅刻しちゃったくらいしっかり休んだ。

新しいブースでたっぷりはっちゃけた。

体調は万全。影の揺れも、呼吸の乱れもない。

霧島さんの卒業。新人の笹原さん。


―――この春休みは、お店でしっかり歌う!


今この瞬間も、きっと新人さんがブースの外で見ている。

気合を入れて歌わないと。


初心に戻ろう。

私は、ウユニ塩湖でスタートすることにした。

端末を操作して設定する。

夜のウユニ塩湖が静かに広がっていった。

水鏡はまだ眠っていて……

私の声を、待ってくれているようだった。


(笹原さんに、ブースの演出を色々見せてあげたい)


ジェムの皆さん(おきゃくさま)が入ってきてくださる。


深く息を吸う。


1曲目は、いつものウェルカムソング。

「アメイジング・グレイス」。


私のアルトが響くと、

星空がゆっくりと開いて、

青空と水鏡が塩湖に広がっていく。


通路の向こうで、笹原さんの影が少し揺れた気がした。

驚きと、期待の揺れ。


(ドヤらない、ドヤらない…

 ふふふ。きれいでしょ…!)


次は──

遼叔父さんに歌った歌。

あの日。

遼叔父さんの影が静かに揺れた、あの曲。


―――めでたし、

まことのお体(からだ)よ―――


モーツァルトの「アヴェ・ヴェルム・コルプス」。

キリストの聖体を讃える、静かで、深い祈りの歌。


歌が1小節進むたびに、胸の奥が熱くなる。


遼叔父さんの影を思い出す。

あの静けさ。あの優しさ。

私の影が、そっと寄り添いたくなるような。


ウユニ塩湖の水面が、白い光で満たされていく。

笹原さんは、きっと驚いているだろう。


でも、まだまだ見せたい演出があるんですよ!


―――ララ―…ラ……―――


ケチュア族の雨乞い歌。

大学の図書館で見つけた、古い祈りの歌。


晴れ渡った青空に雨雲を呼び、雨を降らせる。

塩湖の水鏡がなみなみと揺れ、

大粒の雨が水面が揺らす。

わずかな晴れ間に残った太陽の日差しが乱反射する。


ああ…。まるで、世界が呼吸しているみたい。


新人さんの影が、さらに揺れた。

(これが、ジェムノットの“歌姫”のブース……)

そんな声が聞こえた気がした。


―――あかぼしは みょうじょうは―――


星を呼ぶ神楽。

日が沈み始め、雨を降らせた重い雲が、

ドラマティックな夕焼け空を作り上げる。

ウユニ塩湖に夜空が戻り、星空が巡る。


この歌は、

明けの明星を讃える古い歌だから。

満天の天の川が、流れるように巡ってゆく。


私は、歌いながら笹原さんの影を感じていた。


…整っていて、揺れが少ない。

でも、今は少しだけ震えている。

期待と、緊張と……憧れ……?かな?


(笹原さんって…

 “影”が見えてるんじゃないかな…)


神楽が終わったのでお辞儀をする。


「今日は初心に戻る気持ちで歌っています。

リクエストは、ございますか」


手を上げてくれた人の方から、柔らかい声がした。


「木村弓さんの、『いつも何度でも』、お願いできますか」


「はい。お任せください」


私は深く息を吸った。


あまり直接的ではないけど…この歌は、輪廻の歌。

何度でも呼び合う歌。

霧島さんたちのノッティングの後なせいか、

ちょっと思うところがあるなあ…。


歌い始めると、日の出が始まり、

塩湖の水鏡がゆっくりと光を帯びてゆく。

まぶしい光がブース全体を包み込む。


笹原さんの影が、細く伸びてゆく気配がした。


(私は…遼叔父さんと、何度でも呼び合うのかな…)


輪廻。

呼び合う影。

何度でも、何度でも。


その想いが胸の奥で揺れて、

揺れるごとに大きくなる感じがする。


歌が終わった瞬間―――

気づいたら、私は

鬼束ちひろさんの「月光」を歌い始めていた。


(いけない…!!でも、もう始めてしまった。歌い切らないと)


止めてはいけないのです…by新曲視唱。ううっ。


でもどうして、こんな悲しい歌を

選んでしまったんだろう。


霧島さんの卒業がさみしくて?

霧島さんと佐伯さんの“重なり”を見たから?

……私は、叔父さんと“重なりたい”?


歌いながら、胸の奥が痛くなる。

影が、少しだけ揺れる。

答えは出ない。


世界の理不尽と孤独に濡れる歌は終わらない。


どうして、こんなに悲しい歌が、

こんなにも美しいんだろう。


日の出の太陽の中ではあまりにもか細く、

それでも確かに、月は出ていた。


月の光は認識できないけれど、

たしかに、月光がそこにあった。


(ラスサビ…!)


私は何とか歌い終え、静かに息を吐いた。

影を揺らさずに歌い上げた自分を、少し褒めたい。


お辞儀をする。

そして、お見送りのクロージングソングへ。


(私は……どこへ向かうんだろう)


大学の後、どうするんだろう。

東京で暮らす?京都に戻る?

ジェムノットは?

遼叔父さんとは…。


“隣にいる”って、

どうしたらいいんだろう。


私は、一人では、答えが出ない気がした。


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