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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第4章 拡散

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30/36

2-4-6 夢のような

「東京駅から湯河原までは、

 だいたい一時間半。

 ここからは乗り換えもないから、

 寝ちゃっても大丈夫だ」


電車の揺れは静かで、

窓の外の景色がゆっくり流れていく。


私は流れる車窓の風景を目で追いかけながら、

胸の奥が高鳴り続けるのを感じていた。


隣には遼叔父さん。

本を開いているけれど、

ページをめくる指の動きはゆっくりで、

なんとなく私の気配を

気にしているようにも見えた。


(……変な感じ。

 誕生日会の余韻も、まだ残ってる)


叔父さんは、

お疲れ様会だって言ってくれてた。

だけど。


(…誕生日の、お祝い……)


身体中、全身を、

柔らかいだけの何かが巡ってる。

でも、それは今にも破裂して、

私はどうにかなってしまいそうな。


…これじゃあ、

身体中真っ赤になっていそう。

恥ずかしい……。


電車が湯河原駅に近づくにつれて、

空気が少し柔らかくなる。

冬の光が山の斜面に反射して、

白い粒がちらちらと揺れているように見えた。


湯河原駅に到着のアナウンスが流れる。


「イヴ、着くよ。降りよう」


遼叔父さんが降車の準備を始めた。

私もささっと準備した。


「忘れ物なし、と」


席を立って最終確認して、私たちは降車した。


「歩いて街並みを見るのも楽しいが…」


遼叔父さんが時計を見た。

16時を過ぎている。


「タクシーで行きますか?」


「宿から迎えにも来てもらえるらしいが…

 そうするか。」


乗り込んだタクシーの運転手さんは

なにか話しかけてくれていたんだけど、

遼叔父さんの返事が上品で素敵だな、とか、

私はそんなことしか考えられなかった。


誕生日のお祝いに、旅行。

胸がいっぱいで苦しい。幸せすぎる。


数寄屋造の宿に着くと、

木の香りがふわっと鼻をくすぐった。

案内された部屋は、

障子越しの光が淡くて、

まるで空気そのものが柔らかいみたいだった。


そして──


ガラス張りの露天風呂が、

部屋の奥にどーんと構えていた。


「……え……?」


心臓が一気に跳ねた。

頭の中が真っ白になる。


(え?え?えええええ??)


ガラスだけで、視界を遮るものがない。

だから景色がきれい。

露天風呂もすごく素敵。

語彙が死ぬ、素敵。素敵なんだけど。


(露天風呂を、部屋から遮るものが、ない!!!)


私はその場から動けなくなった。


遼叔父さんは、荷物を下ろしながら

まるで何でもないように言った。


「いい眺めだなあ。」


しれっとした声。

しれっとした顔。


(なんで、なんで

 そんなに普通なの……?

 なんで……?)


私が固まっている間に、

遼叔父さんは浴衣とタオルを小脇に抱えていた。

そして。


「夕飯前に大浴場行ってくる。

 イヴは部屋の風呂でのんびりしたらいいぞ。

 俺ものんびりしてくるから」


珍しく言い切りの口調で、

そのままさっさと出ていってしまった。


部屋に取り残された私は、

顔が熱くてどうしようもなかった。


…遼叔父さんは………


たぶん、全部、想定内。


(……もうっ……知らない……!)


私はやけ気味に

部屋の隅の方で着ていた服を脱ぎ、

浴衣とタオルだけ持って、露天風呂へ向かう。


ガラス戸を開けると、

冬の空気が全身を撫でた。

掛け湯もそこそこに急いで湯船に入る。


湯が溢れる。

湯気がふわっと立ち上がって…

湯面がきらきら揺れている。


そうやって、

完全に勢いで入ってみて──


さっきまでの、色々な全部が吹っ飛んだ。


「……………最高………………」


声が自然に漏れた。

肩まで浸かった湯が顎を撫でていくと、

体の奥の緊張や、疲れがほどけていく。


気づけば、

私は小さく鼻歌を歌っていた。

昨日の誕生日会の歌の続きみたいに、

とりとめなく、ゆっくり。


「ブース、素敵だったなあ…」


3種類全部、って…

本気にして……いいのかな……。


ウユニ塩湖だけで充分な気もする。

それとも、ウユニ塩湖を

遼叔父さんに返すってことなのかな。


思考もとりとめがなくなりそう。

温泉って素敵…。


湯船の中で思う存分ぼんやり

していると、視界が少し揺れた。


(……あれ…?

 ……もしかしてのぼせてきた……?)


ふらふらしながら身体を拭いて……

…浴衣、うまく着れてないような……


意識も少し低下している気がする。

……風に当たろう…あのソファへ………


露天風呂の隣のソファに座ろうとして、

足がもつれた。

あ、こけちゃう。


「イヴ!」


遼叔父さんがかなり急いだ様子で

走り寄って、ふらつく私を

当然のように支えてくれた。


「……!

 おかえりなさい。すみません」


「いい。

 たぶん湯当たりだな」


短い声。

でも優しい。


運ぶように肩を抱かれたまま

露天のソファに座らされて、

二人で冬の空気を吸った。


冷たい空気が、頭を一気に冴えさせていく。

……意識が冴えてきて、

現状が猛烈に恥ずかしくなってきた。


(……遼叔父さん……

 ……離してくれない……)


遼叔父さんは、

私の肩を抱いた腕を解かなかった。


…どうして解いてくれないのかわからない。

違う熱さで頬が火照りそうだ。


でも、声をかけるのもためらってしまう。


どのくらいの時間

そうしていたかわからないけど、

夕食が運ばれてきた。


遼叔父さんが、

名残惜しそうにして解放してくれた。

その仕草と表情が胸に刺さる。


「…食事にしようか、イヴ」


部屋に入っていく。


(あんな真剣な顔……見たことない……)


足取りはふらつかなくなっていたけど、

私はまたもや、

色々いっぱいになってしまって。


もうダメ破裂しそう、って、

本当に思ったんだけど。



「おいしい…!!」



食事が美味しすぎました。

また全部吹っ飛びました。


「遼叔父さん、これとっても美味しいです」


「…ははっ。そうだな、美味い」


二人で食べる食事の音が心地よかった。

ランチもとっても素敵だった。

クリスマスから、ずっと、夢の中にいるみたい。


「12月から、ずっと忙しくて…

 でも、すごく楽しい。

 ずっと、素敵が続いてます」


私はクリスマスの感動を話しながら、

少しずつ気持ちがほぐれていった。


「…20歳、おめでとう。」


遼叔父さんが、

空のグラスを差し出した。

…これは、たぶん、お酌。

お昼はダメって言ったのに。


「…いいんですか?」


グラスを受け取ると、

遼叔父さんが注いでくれた。


「もちろんですよ。

 俺のお姫様用の、かる〜いやつです」


本当かな…。でも、私は一口飲んだ。


「おいしい…。」


「だろ。それに、そこのベッドなら、

 さすがに自力で行けるんじゃないか?」


遼叔父さんにクスクス笑われる。

んんんっ、くやしい…………


…………ほんとに、自分で行けるのかな?


「最善は尽くします」


少なくなったのを見て、また注いでくれた。

おいしいなあ。

…私、すぐにご機嫌になるね?


気分が良くなって、ふわふわしてくる。

お料理もお酒も、おいしいなあ。

意識が少し怪しくなってくる。


「…遼叔父さん…さっき…

 どうしてあんな顔したの…?」


理性もどろどろに溶けてくる。


あ…。


(……いけない……

 ……また……このパターン……)



「…お姫様は、禁酒ですかねえ…」



遼叔父さんの苦笑を最後に、

私の夕食の記憶は途切れてしまった。



気がついたら、私は布団の中だった。

周りは少し明るくなってきていて、

旅のほとんどを

寝て過ごしてしまった事実を知る。


そして、綺麗な寝相と綺麗な布団。

ああ、これは……。

ああ……また……またこのパターン……。


くやしくて、少し泣きそうに

なったんだけど、

ふと目をやった枕元に、

細いリボンのかかった細長い箱があった。


開けてみる。


「ネックレス……」


小さな赤い宝石のついた、

シンプルなネックレスだった。


その瞬間、

胸の奥がボンっと発火した。


絶対に遼叔父さんの犯行だ。

この、私の隣で背中向けて寝てる

イケオジの犯行だ。


こんなの…。

“遼叔父さんのとなり”なんて…

遥か先、背中も見えないくらい、遠い。

ひどい。


(……………

 ………………

 …………だいすき。)



もう一度眠る気になれなくて、

私は、大浴場でのんびりしてくることにした。


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