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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第4章 拡散

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2-4‑4 ただいま

東京の方が気温が低いから空気も冷たいはずなのに、

京都に着いた瞬間、空気が変わった。

張りつめている。

氷の上にいるみたいな冷たさを感じる。


東京より、暖かいはずなのに。


「……戻ってきた…」


誰に向けた言葉なのか、自分でもよくわからない。

でも、口に出した瞬間、胸の奥が少しだけきゅっとした。


“ただいま”じゃ、なくなってる。

自分で、その感覚に気づいた。


電車を乗り継いで、家まで歩いて。

玄関を開けると、

お母さんが、

まるで待ち構えていたみたいに、そこにいた。


「おかえり。

 ……東京なんて行かせるんじゃなかった……」


ああ、始まった。


…でも、少し違和感を感じた。

昔のように、“怒られてる”って感じがしない。

……どうして?


「ごめんなさい。……練習、します」


まずは神様にご挨拶。そして神楽の稽古へ。

神楽殿の舞台に立つと、空気が一気に変わる。


ああ、落ち着く…。

でも、ジェムノットのブースの方が好きだな。


…えっ?

神楽殿、すごく好きだったのに?


自分の変化に動揺したせいなのか、

一歩踏み出した瞬間、

自分でもわかるくらい、身体がぎこちない。


(あっ……!)


慌てて一旦ストップ。

深呼吸して、やり直す。


でも。


(……下手になってる……!!)


影の扱いは問題ない。

むしろ東京での経験のおかげで、影は以前より静かに整う。

でも、舞は……だめだ。

身体が…舞の、京都のリズムを忘れてる。


「……影の扱いはいい。舞は最低ね」


お母さんは、冷酷なほどではあるけど、

淡々と事実を告げているだけ。

…それが逆に胸に刺さる。


(わかってるんです……わかってるの……)


「朝稽古、これまでよりもう1時間増やしなさい。

 手伝いの時間を減らしていいから」


「……はい」


怒涛の年末。

怒涛の年始。


早朝稽古。

昼の手伝い。

夜の稽古。

また早朝稽古。


影は静かに整うのに、

舞がどうしても遅れて、崩れてしまう。


ダメだ。

思い出すまでひたすらやるしかない。


真冬のまだ薄暗い早朝、

練習が終わる頃には汗だくになるまで

身体を動かし続けた。


そして、新年の神楽は──

なんとか…本当になんとか無事に終わった。


舞台から降りた瞬間、

お父さんがぽつりと言った。


「イヴ。手伝いはいいから、

 もう出る準備しなさい」


「……はい」


「しっかり頑張りなさい」


その言葉を、叱責じゃなくて、

“よくやった”の裏返しだと感じる。


…あれっ?


(ずっと、“命令”で“怒られてる”と思ってたのに)


…もしかして。


ずっと、そうじゃなかったの?

…もしかして、

ずっと、私、勘違いしてたの?


聞いた方がいいのかどうかもわからない。

でも、

胸の奥は、じんわり温かい。


京都の冬の空気は、

ピンと張り詰めて、冷たい。

でも、心が軽い。暖かさも感じる。


なんだかポカポカした気持ちで、

出る準備を進める。


今日は、

おじいちゃんとおばあちゃんに会う。

遼叔父さんと一緒に。

そして、遼叔父さんと一緒に帰る。


車の音が聞こえてきて、家の前で止まった。

呼び鈴が鳴る。

荷物をまとめて、急いで玄関に向かった。


「イヴ」


遼叔父さんの声だ。

胸がぽわんとする。


「……あけましておめでとう。行けるか?」


「はい!明けましておめでとうございます」


訪問着姿の自分が、少しだけ誇らしい。

お母さんのお下がりのかんざしで結った髪も、

きっと綺麗に見えているはず。


遼叔父さんが私を見て、ほんの少し目を細めた。


「……クリスマスプレゼント、いま出せるか?」


「はい。大丈夫です」


クリスマスカラーの

コスメポーチを取り出して、そっと渡す。

叔父さんはポーチを開けて、

中からリップを取り出した。


「……少しだけ、借りるぞ」


自分の指にリップをつけて、

その指で、私の唇にそっと触れた。


一瞬、息が止まった。


「……うん。完璧だ」


胸の奥が、ぽわんとしたまま、熱くなる。


遼叔父さんが、右腕を差し出す。

私はそっと手を添えた。


ああ…。遼叔父さんの空気だ。


2週間も経っていないのに、

なぜか懐かしく感じる。

ずっと前から知っているような感覚に陥る。


ここは京都で、東京じゃない。

でも、“ここだ”って感じてしまう。

影が、静かに整う。


車に乗って、

おじいちゃんとおばあちゃんの家に向かう。


「なんとなく、

 そんな気がして車にしたんだけど…

 正解だったな」


「ありがとうございます。」


おじいちゃんたちの家につくと、

二人は、私を見るなり目を細め、歓迎してくれた。


「イヴ、大きくなったねえ」


「訪問着、よう似合うわ」


ああ……

京都の言葉って、どうしてこんなに優しいんだろう。

標準語と、何か違うんだよね。ホッとする。


「20歳やろ。これ、成人祝い」


促されて、いただいた包みを早速開けると…

中には腕時計が入っていた。

細いベルトの、華奢な時計。


「……ありがとうございます」


おじいちゃんの手は、とても温かかった。


遼叔父さんは、口数少なく、

でも、きちんと見届けてくれていた。


家族…よりも、もっと近い感じがした。


帰り道の車内は、静かだった。


私はもらった腕時計を見つめながら、

窓の外の冬空が流れて行くのを眺めていた。


「……イヴ」


遼叔父さんが、少しだけ声を落とした。


「東京に帰ったら……」


「はい」


遼叔父さんが、少しためらっている。

どうしたんだろう。そわそわしてる…?


「大学や店が始まる前に…

 温泉でもいかないか?

 ちょっと年寄りくさいか?

 お疲れ様会のつもりなんだが…」


遼叔父さんと!温泉!!


「行きますっ」


一番静かなはずの“遼叔父さんのそば”で、

こんなに賑やか…軽やか?なのは、初めてだ。


胸の奥が、ぽわんとしたまま、

少しだけ切なくなる。


(……東京に…“帰ったら”……。)


東京が、帰る場所。


(……私が、ただいま、って言う場所は……

 もう、東京なんだ……)


そんな風に少しだけ切なくなったはずの私の心は。


車を返して新幹線に乗る頃には

すっかり“温泉慰安会”で弾んじゃう、

いつも通りのチョロインだったんだけど。


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