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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第3章 伝播

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2-3-3 伏見大魔神

体温計を借りたい。

顔も洗いたいし、できればシャワーも浴びたい。

やりたいことがいくつも頭に浮かぶ。


ダイニングに行くと、

遼叔父さんがコーヒーを飲んでいた。

湯気が静かに立ちのぼっている。


「おはよう。気分はどうだ?」


「いいです。体温計ありますか」


テーブルの端に置いてあった体温計を、

叔父さんが手渡してくれる。


「平熱です。36.1度」


「良かった…。

 汗、気持ち悪いだろ。

 シャワー使うといい」


その言い方が、

いつもの穏やかさより少しだけ“保護者”で、

胸の奥がぽわんとする。


バスルームへ向かい、

シャワーを浴びる。

あたたかい水が肩に落ちて、

ふう、と息が抜けた。


(気持ちいいなあ……。

 あ、着替えどうしよう)


シャワーから上がると、

脱衣場にスウェットの上下が置いてあった。


(……叔父さんが置いてくれたんだ)


下着はコンビニで買おう。

そう思いながらスウェットに袖を通す。


ダイニングに戻ると、

何だかいい匂いがしていた。

遼叔父さんが、静かに料理をしている。


「食べられそうか?」


「はい」


「大丈夫そうだけど、念のため。

 おかゆ作っといた」


テーブルに置かれたのは、

べっこうあんのかかったおかゆ。


「いただきます」


おかゆを自分のお椀によそっていると、

漬物も続けて出してくれた。


ふうふうして、一口運ぶ。


あ。


「……斎宮の家の味だ」


「どちらかいうと、“伏見家の味”かもな。

 親の味だよ」


その言葉が、

胸の奥にじんわり染みる。


おかゆは驚くほど食べやすくて、

気づけばおかわりまでしていた。


「ごちそうさまでした。

 私、片づけます」


「まあ休んでろ」


言いながら、

叔父さんは食器を下げて、

そのまま片づけを始めた。


私は、

その背中を見ながら、

胸の奥がぽわんとしたまま、

椅子にそっと座り直した。


おかゆが熱かったから、

少し冷たいものが飲みたいなと思った。


「叔父さん。

 飲み物、冷たいものってありますか」


「ミネラルウォーターくらいしか…

 冷蔵庫見てもらえるか?」


私はそっと冷蔵庫を開けた。


緑茶のペットボトルが二本。

きれいに並んでいる。


「俺にも頼む」


片づけを終えた遼叔父さんが、

ダイニングに戻りながら言った。


私は二本取り出して、

一本を叔父さんへ渡す。


席に戻った叔父さんは、

コーヒーから緑茶へ切り替えながら、

静かに私を見た。


「スケジュールのことなんですけど…」


スマホを開き、

大学の一週間の時間割を表示する。


叔父さんが画面をのぞき込んだ瞬間、

眉がぴくりと動いた。


「こんなに履修してて、

 あんなに店に入ってたのか」


頭を抱える叔父さん。


「どうしましょう?

 こんなに単位取らなくてもいけますけど…」


「半年受けてきてるのに、もったいなすぎる。

 店のシフトを調整しよう」


叔父さんは席を立ち、

紙とペンを持って戻ってきた。


テーブルに紙を広げると、

何かつぶやきながらペンが走り始める。


「…店の休みは火曜のことが多い…

 イヴのコマは水曜がよく埋まってる…」


ペン先が止まる。


「まずは水曜を空けよう。

 イヴは来年度まで、水曜は基本休み」


「はい」


「日曜も少し軽くしよう。

 今24時あがりなのを22時にして…」


大学の授業と店のシフトを、

表のように整えていく叔父さん。


「…こんな感じで、一旦やってみる。

 どうだ?」


紙を渡される。

急いで書いたのがわかる、走り書きの線と文字。

でも、すごく分かりやすい。


「はい。よろしくお願いします。

 ごめんなさい」


「だから…イヴが謝ることじゃない。

 遅くなってすまない」


叔父さんはお茶を一口飲んだ。


「学祭は、準備期間は何もしないのか?」


「はい。私は、どこにも、何も」


「じゃあ何とかなるか…

 本番はいつ?」


「11月です。最初の土日です」


「行くのは日曜がよさそうだな。

 …その日のバイトはお休みだ」


「はい」


叔父さんが少しだけ考えてから、

静かに言った。


「…しばらく、うちで過ごすか?」


ぐらっ。


心が、ものすごく惹かれた。

胸の奥がぽわんと揺れる。


「自分がダメになりそうなので……

 もう少し下宿で頑張ってみます」


叔父さんは頷いた。

私は、頷きながらも、

心の奥では後ろ髪を引かれまくっていた。


「今日が2限からでよかった。

 タクシー呼ぶから、下宿戻ってから学校行くといい」


叔父さんが、

少し心配そうに私をのぞき込む。


「それとも、今日は講義休むか?」


「いえ。

 ありがとうございます、行きます」


そう言うと、

叔父さんはほんの少しだけ安心したように見えた。


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