2-3‑1 埋まる予約表
私のブースの予約状況は、
静かだけど、大きな波が続いていた。
翁さんが初めて来てくれた日から、
もうすぐ6か月くらい。
その間に、紹介が紹介を呼んで、
紹介されたお客様がまた静かに紹介してくれて──
誰が誰を紹介してくださったのか、
もう、到底把握できない連鎖になっていた。
最近は、ご新規様の受け入れが
できない日があるくらいになってる。
控室に大きく掲示された、今日の予約状況を見る。
「レーヴさん、今日も満席?」
柔らかい低音――灯弦さんだ。
影が静かにたたずんでいるような、
本当に“もの静か”な感じの人。
…油断すると、すごく驚かされることになる。
灯弦さんの占いは、すごく当たるから。
「……はい。
ありがとうございます」
胸の奥がぽわんとあたたかくなる。
少し先まで予約状況を見ても、
ウユニ塩湖ブースの予約は、
毎日ほとんど埋まっている。
それだけじゃない。
予約表は、他のキャストの欄も
びっしりと番号が並んでいた。
「最近、どのブースも埋まりやすくなってる。
レーヴちゃんのところの人気で、
“あのお店、いいらしいよ”ってなってるよ、きっと」
でも── 嬉しい気持ちと同じくらい、
少しだけ戸惑いもあった。
「……灯弦さん、
忙しくなりすぎてませんか?」
「静かなお客様が多いから、
紹介も静かに広がるのかな。
大丈夫だよ。」
灯弦さんは、
少し誇らしげに笑った。
「それと…
“また来ますね”って言ってくださる
方が多くて、嬉しい」
“また来ますね”。
その言葉は、
胸の奥にそっと落ちて、
じんわりと広がる。
嬉しい。
本当に嬉しい。
自分がトラブルメーカーみたいに
なってなくてよかった──
そう思いながら、私は内心で嘆息した。
…実は、私“が”だいぶ忙しくなる。
ゼミや課題はいつものこととしても…
………もうすぐ、学祭がある。
今年は…
行けるなら、遼叔父さんと行きたい。
でも、お店全体が繁盛し始めている。
学祭に一緒に行きたいです、なんて、
言えるのだろうか。
シュンとしてしまいそうになる。
――…LINEで、遼叔父さんに相談してみよう。
―――ああ。もう、こんな時間。
今日の、最後の一曲。
歌う前に、
今日は、少しだけ話したいと思った。
「もっと歌いたいですが…
今日ももうすぐクローズの時間です。」
ウユニ塩湖の水面が、静かに揺れた。
「本日も、ありがとうございました。
私は、毎日幸せ者です。
…明日のあなたの日常に、
素晴らしい時間が増えますように。」
星空を一筋の流星がゆっくりと流れ、
水鏡に淡く映り込む。
―――主よ―――
―――おわりまで 仕えまつらん…―――
最後に残って下さっているのは、
皆さん何度か来てくださっている方だ。
柔らかい、整った影。
私が歌う前から穏やかな状態だったのに。
“レーヴさん、また来ました”
“お忙しそうで何よりです”
柔らかい声。
静かな揺れ。
やさしいお声がけ。
明日も、
皆さんの一日が素敵でありますように。
いつもと同じように、静かに祈る。
水鏡が満ちて、
星空が柔らかく揺れた。
歌い終えると
お客様は拍手をくださって、
「……やっぱり、いいですね」
と、静かに言ってくださった。
その言葉が、
胸の奥にそっと落ちる。
お辞儀をして、お帰りを見送った。
“また来ますね”。
その言葉が、今日も聞けた。
今日も、無事終わった…。帰ろう。
控室の荷物を取って事務所に顔を出すと、
大江さんが予約表を見ていた。
「レーヴさん、すごいな」
「……ありがとうございます」
大江さんが、予約表を指で軽く叩いた。
「レーヴさんは、もう予約は枠がいっぱいです。
ひと月ほど先まで、連日この状態ですね…
固定客が確実に増えてる。
紹介もずっと絶えない状態です。
それに──」
大江さんは、
ページをめくった。
「他のキャストの予約も、
8割近く埋まり始めてる。
店全体が動き出してますね」
「……そうなんですね」
デスクワークをしていた
遼叔父さんが、顔を上げた。
「レーヴ、大学、そろそろ
学祭じゃないか?」
胸の奥が、 少しだけぎゅっとした。
「……はい」
あああ、これは、一緒に行こうっていう
チャンス。きっとそう。
遼叔父さん、学祭に、一緒に―――
叔父さんにそう言うんだ。
でも、ほかのみんなに聞こえたら、
みんなで行くね、なんて話になったら…
恥ずかしすぎる。
近くに行って、
叔父さんにだけ聞こえるようにしよう…
そう思って足を踏み出した、
その時。
「イヴ!?」
「レーヴさん!!」
膝の力が、かくんっ、と抜けて、
バランスを崩してしまった。
すぐに席を立って、叔父さんが駆け寄ってくれた。
支えるように両腕をがしっと捕まれる。
「!」
片手を、
私のおでこに当てなおす叔父さん。
「少しだろうけど、多分、熱があるな」




