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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第2章 浸透

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12/36

2-2-3 視線

ウユニ塩湖のブースに、 静かな波が続いていた。


翁さんが初めて来てくれた日から、

もう一月半ほど経つ。

その間に、紹介が紹介を呼び、

紹介された客がまた静かに紹介し──


気づけば、

誰がどこから来たのか、どなたのご紹介か、

もう把握できないほどの連鎖になっていた。


「レーヴちゃん、今日も満席みたいよ」


宮子さんが、朗らかに笑った。


「……ありがとうございます」


胸の奥がぽわんとあたたかくなる。


でも──

嬉しい気持ちと同じくらい、

戸惑いもあった。


人気が出てきたのは嬉しい。


でも、

遼叔父さんの負担が増えている。


予約管理、

整理券の発券、

お客様の誘導、

ブースの調整……


全部、叔父さんがやってくれている。


「そろそろ、

 レーヴお嬢様のスケジュール管理を

 させてもらおうかな?

 俺ハ敏腕マネージャーのリョウちゃんデス」


遼叔父さんがふざけた声で言った。

優しいやさしい笑顔で。


「……すみません」


「謝るな。嬉しいんだよ。

 レーヴ。忙しいのはいいことだぞ~」


叔父さんは、

いつもどおり静かに笑った。


完全防音のブースに入る前に、

少しだけ、従業員通路から

店内の様子をうかがった。


…整理券の番号が、

静かに増えていくのが聞こえた。


「レーヴはただいま満席でございます。

 こちらで整理番号をお取りください」


叔父さんの声が柔らかく響いているのが、

かすかに聞こえる。


12…15、16…──

番号音声が、

静かに、しかし確実に増えていく。


いけないいけない。

私はブースに向かう。


固定客っぽい方が、

20人くらいになっている気がする。


と、遼叔父さんが教えてくれた。

毎週来てくれる人もいる。

「生活の一部になっている」と言ってくれた人もいた。


小杉さんが紹介くださった方は、

人数は少ないけれど……

…なんていうか…“濃い”。


「レーヴちゃんのセンシングログがやばいんすよ」

「この前の演出、マジ神がかってて」


そんなことを、

ご自分のお客様に話してくれているらしい。


静かな人脈が、

静かに広がっていく。


そして──

私が見失ったつもりでいた

“帰り際の視線の男性”は、

あの後も時折来てくれていた。


“あの”視線の人。

“学校の先生みたいな影”の男性が

連れてきてくれた……

あの、静かすぎる影の人。


――――あ。


今日も、来てくれた。


揺れが少なく、輪郭が細い。

年齢がわからない。

ご年配の方、というわけではなさそうだけど…。

今日も、ただ、深い静けさを纏ってる。


声をかけてくれるわけではない。

挨拶もない。

ただ、

ブースに入り、

歌を聴き、

自由なタイミングで帰っていく。


影を読もうとして感じるのは、

中心が静かすぎて、

“削ぎ落とされた”ようだなあってことだけ。


―――影ってのは、

俺は、人の“心の揺れ”の残像みたいなもの

だと思ってる―――


―――過去の因縁、


今の因縁―――


……私は、

遼叔父さんみたいに

因縁まで読むのは無理なのかな。

それとも……

あれは叔父さんの冗談だったのかな……


でも……

なんだろう。

やっぱり気になる。


ただ、気になるけど深入りはしない。

ジェムノットのルールの話は当然だけど、

もっと別の何かから、

深入りしちゃいけないと感じてる。


――――集中しないと。


もうブースに立ってるんだから、

ウユニ塩湖の湖を満たす水鏡が、

その一瞬の揺れを拾ってしまう。


切り替えよう―――

星空がほんの少しだけ揺れただけで済んだ。


今日も歌う。


スタートはいつも通りアメイジング・グレイス。


祈りのように、静かに。厳かに。


水鏡が満ちていく。

星空が柔らかく揺れ、はじけて―――

青空が広がった。


次は、

今ブースに入ってくださっている方の

影の揺れに合わせて選んだ曲。


「瑠璃色の地球」。


静かで、優しくて、

見守るような歌。


…視線の人の影が、

ほんの少しだけ揺れた。

昨日よりも、 わずかに柔らかい揺れ。


歌い終えてお辞儀をすると、

視線の人は静かに席を立ち、

そのままブースを出ていった。


振り返ることもなく。

声をかけることもなく。


でも──

影は、今日もまた、

来た時より少し軽く、整っていた。


休憩のためにブースを出ると、

宮子さんが笑った。


「レーヴちゃん、人気出てきたね」


「……はい。

 でも、ちょっと戸惑います」


「戸惑うくらいがちょうどいいんじゃない?

 あなたの歌は最高だからね」


宮子さんは優しく笑ってくれた。


休憩を終えてブースに戻ると、

また新しいお客様がお見えになっていた。


「リクエストいけるって聞いたんです」


「S/N比異常って聞きましたw」


「1曲だけお願いできます?」


静かな連鎖が、本当に止まらない。


「皆様ありがとうございます。

 本日のウユニ塩湖ブースの

 整理券は上限でございます。」


遼叔父さんの、

低く、落ち着いた声が聞こえた。


胸の奥がぽわわんとあたたかくなる。


“静かな紹介”が、

本当に、広がっていく。


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