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クラブ・ジェムノット~エピソード2-少女の歌は花開く~  作者: (さ)くま
第2章 浸透

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2-2-2 縁

翌日。 ブースの扉が、静かに開いた。


影が三つ。 一番前は翁さん。

その後ろに、昨日の“学校の先生みたいな影”の男性。

そして──

さらにもう一人、覚えがない影の人…

多分、男性、が続いていた。


揺れが少なく、輪郭が細い。

年齢はまったくわからない。

若いのか、年配なのか、判断がつかない。


ただ、影の中心に、

“深い静けさ”がある感じがする。

学校の先生みたいな人が、静かに言った。


「昨日は……ありがとうございました。

 僕、仙台出身なんです。

 知り合いが、何人も津波で逝ってしまって」


胸の奥が、ぎゅっとした。


「あなたの歌が……

 歌に……慰められた気持ちになりました」


たしかに、昨日の影よりも、

今日は少し軽くなっている。


歌が届いたんだ──そう思った。


男性が、後ろの影を示した。


「同郷の友人です。

 よかったら……

 聴かせてあげてほしくて」


翁さんが、茶目っ気たっぷりに肩をすくめた。


「すまん!

 私は今日は付き添いで来ただけなのでここまでだ。

 レーヴ嬢、また来るよ」


今までで、一番大振りに手を振ってくれた。

…湿っぽくしなくて、いいってことかな。


胸の奥がぽわんと熱くなる。


「……ありがとうございます。

 どうぞ、おかけください」


お二人が席につくと、

ウユニ塩湖の水面がゆっくりと広がり、

星空が柔らかく揺れた。


昨日の男性は、

影の少しだけ揺れている感じがする。

中心に深い寂しさを感じるけど、昨日より軽そう。


新しい男性?は──

影の輪郭が細くて、揺れがほとんどない。

でも……

なんだか、静かすぎる。

“削ぎ落とされてる”って、こんな感じなのかな…?

全然年齢がわからない。

本当に、ただ、深い静けさがある。


……なんだろう。

この人、なんか気になる。

どこかで知っているような……

でも、深入りしちゃいけない感じもする。


それもそうか。

ジュエルからジェムが見えないように

設計されてるのは、

プライバシーを守るためだもんね。


でも…

その一瞬の私の戸惑いが、

ウユニの水面に出てしまった。


水鏡が──

干上がった。


塩の大地が、むき出しになる。


「……あ」


自分でも驚いた。

こんな演出、出したことがない。


―――いけない。歌おう。


深く息を吸う。

まずはアメイジング・グレイスだ。


恵みよ―――

聞き届けて―――


本当に、祈る気持ちで歌った。


いつもの演出が始まり、雨で水鏡が満たされていく。


良かった…。


初心で歌おう。

集中。ここは、神楽殿だ―――――


―――アー……

―――ハー……

―――ラーララ……


ケチュア族の雨乞い歌。

母音だけをそっと置いていく。


水鏡が満ち満ちていった。

空と大地が一体化する。


「綺麗だ…」


やっぱり男性だった。

高い音と低い音が混ざったような声。


歌い終わって、お辞儀をする。

拍手をいただいた。


「今の歌は、

 ケチュア族――

 この、ウユニ塩湖の近くに暮らす民族の、

 雨乞い歌です。」


ふと、翁さんが

大きく手を振ってくれたのを思い出した。

楽しい、リズミカルな歌も聴いてほしい。


「仙台ご出身と伺いましたので、

 次はこの歌を…」


―――「愛してる」の言葉じゃ 足りないくらいに…―――


仙台出身の男性アーティストの1曲。

すごくストレートなラブソングで…

実は、少しだけ恥ずかしいけど。


雨を降らせたごうごうとした雲は流れて、

ウユニの空が晴れていく。


まぶしい蒼天があらわれた。


先生っぽくない方の男性の影が、

途中でふっと揺れた。

胸の奥の寂しさが、

静かにほどけていくような、そんな深い揺れに思えた。


歌い終えると、

男性は静かに息を吸い、

「……ああ……」と小さく呟いた。


その声は、

水の上に落ちる光のように柔らかかった。


お二人が席を立つ。


ブースを出る間際、

先生っぽくない方の男性が、

私の方を振り返った気がした。


―――?


しかし、数名のお客様が、

入れ替わるようにブースにお越しくださった。


「ちょっとだけ聴いてみたいんですけど」


「1曲だけお願いできます?」


「宮子さんが『かわいいのよぉ~』って。」


ブースに一度で入りきらない程度の、

結構たくさんのお客様の気配がする。


「レーヴはただいま満席でございます。

 こちらで整理番号をお取りください」


あ、遼叔父さんの声だ。


8、9、10──

AIが発券する番号音声が、

静かに、でも確実に増えていく。


私は胸の奥がぽわわんと熱くなる。


“静かな紹介”が、

広がっていく── そう思った。




そして―――




さっき、あの男性の視線を感じた気がしたのを、

……私は、見失ってしまった。


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