2-2-1 翁の橋渡し
ブースの扉が、静かに開いた。
小柄な影──翁さん。
その後ろに、ふたつの影が続いた。
どちらも背筋が伸びていて、揺れが少ない。
年齢は翁さんと同じくらい、70代くらいかな。
経営者さんっぽい感じ、というのか、
“重心の低さ”が影に滲んでいた。
「レーヴ嬢、また来たぞ」
翁さんは、いつものように明朗な声で言った。
その横で、二人の男性らしき影が会釈してくれる。
「友人だ。
……レーヴ嬢の歌を聴かせたくて連れてきた」
影だけでも伝わるよう、
少しオーバー気味に、
茶目っ気たっぷりに、
翁さんが肩をすくめて笑った。
――ちょっとやってみようかな。
影を読む。
一人は、影の揺れがほとんどない。
まっすぐで、硬い。
長年、組織のトップに立ってきたって感じだ。
もう一人は、影の輪郭が少し柔らかい。
揺れは少ないが、どこか“余白”がある。
学校の先生みたい──そんな印象。
「レーヴ嬢の歌は
“静かに沁みる”んだ。
この二人も、きっと沁みると思ってな」
翁さんが笑うと、
お二人から照れるような気配がした。
私は、胸の奥が少しぽわんとなる。
「……ありがとうございます。
どうぞ、おかけください」
三人が席につくと、
ウユニ塩湖の水面は
一瞬だけ波紋が広がり、凪いだ。
星空は柔らかに光り輝いている。
ウェルカムソングを歌う。
いつもどおり、アメイジング・グレイス。
――来てくださってありがとう――
この思いが届くといいなと思いながら、高らかに。
そして2曲目以降を考える。
硬い影の男性は、“責任”の重さを背負ってきた人なんだろうな。
静けさよりも、 “支えられる歌”が必要かなあ。
学校の先生みたいな影の男性は、
“人を見守る側”の人……祈りのような曲が合う気がする。
全然タイプが違う。
でも……
“ジェムノットに来てる”。
それなら、
二人とも“静けさ”を求めてるのは一緒だと思いたい。
私は、
一人1曲くらいのつもりで、
三人の影に合わせて曲を選んだ。
この2曲で、
三人の影がほどけたり、整ったりするといいな。
アメイジング・グレイスが終わった。
息を整えてお辞儀する。
そのまま、静かに2曲目へ。
――ラララ…ラァラ…―――
昔聴いたことのある、あるアニメの劇中歌。
印象的なメロディで、歌詞もないのに、
涙が零れたのを覚えてる。
今でも、
口ずさむと目頭が熱くなる。
故郷を想う歌、だと思う。
歌い始めると、
ウユニの星空がきらめきはじめた。
三人の影がゆっくりと揺れる。
翁さんの影が、
ほんの少しだけ震える。
―――あれってきっと、
なにか“祈ってくれてる”んだろうなあ。
歌い終えてお辞儀をすると、
皆さんから拍手をいただいた。
翁さんが満足げに頷いた。
「歌詞が無いのもいいな。
知らない曲だった」
「あるアニメ作品の劇中歌です。
ヒロインが、主人公の故郷を想って
歌ってあげていました」
そう話すと、
経営者さんっぽい人の方の影が
フッと軽くなったのが分かる。
東京以外のご出身なのかな?
歌う前より整っているし、
選曲は成功だったみたい。
有名な曲ばかり歌うのは、ちょっとね。
「次は、翁さんには
一度ご披露したことのある歌です。」
――「花は咲く」。復興支援ソングだ。
学校の先生みたいな影の男性に向けて歌う。
星空が明けて、朝日が昇る。
「…ッ」
男性の嗚咽が聞こえた。
学校の先生みたいな人が、揺らいでいる。
……とても優しくて、
どうしようもなく寂しそうな揺れ。
歌い終えると、
震える声で 「……ありがとう」と、
静かに静かに言ってくれた。
「レーヴ嬢、ありがとう。
今日は帰る。また来させてもらう」
三人がお帰りになっていく。
私は一瞬休憩するために、廊下に出た。
小杉さんが立っていた。
「じじいさん、営業してるじゃないですか」
小杉さんが笑う。
「翁さん、です!」
ブースに戻ると、
数名のお客様がお越しくださっていた。
「一晩中、踊って歌ってたって聞いて」
「1曲だけお願いできます?」
「さっきの方々、すごく良い顔して出てきてて」
うわあ…!
お客様が、止まらない。
私は、
胸の奥がぽわわんとあたたかくなった。
翁さん!!すごいです!!




