本当にそうなってしまいそうで不思議ですねぇ……
数ヶ月が過ぎ、季節は春へと移ろっていた。
柔らかな陽光が降り注ぐ墓地。
サックッ、サックッ……という軽やかな足音に、墓石の前で跪いていたエドワードはふと顔を上げた。
「父上、ここにいらしたんですね」
そこには、穏やかな微笑みを浮かべたノエルが立っていた。
「……ここの場所を知っていたのか」
「ええ。母上も、ときどき、お一人で参られていますから」
「ポレッタが……」
言われてみれば、ここを訪れると、たびたび、供えられたばかりのような瑞々しい薄紅色の花が揺れていることがあった。
ノエルはそっと、持ってきたボトルを墓石の傍らに供えた。
「それは?」
「果実酒です」
「果実酒……?」
意外な供物に問い返すと、ノエルは少しだけ悪戯っぽく笑った。
「兄上の友人だった方に聞いたのです。兄上はいつも店で『一番強い酒と、一番甘い果実酒』を注文していたと。けれど、強い酒にはほとんど手をつけず、甘い果実酒の方ばかりを飲み干していたそうですよ」
エドワードはそのエピソードにモルティマーらしさを感じた。
「不器用な方だったのですね」
ノエルの言葉に、エドワードは頷いた。
二人は並んで陽光のさす墓石に手を置いた。
石から伝わる確かな熱は、まるで眠る彼からの返事のように、二人の心を温かく包み込んでいくようだった。
*
一方、グラント伯爵邸では、男たちがかつてないほど狼狽えていた。
「ねえ、母上、まだなの……?」
不安げに上目遣いで尋ねるフィンの横で、長男ウィリアムの貧乏ゆすりはもう一時間も止まっていない。次男レオは獣のように部屋の中をうろつき、伯爵にいたっては、もはや彫像のように固まって神への祈りを捧げ続けている。
「いい加減、落ち着きなさい!」
伯爵夫人の一喝が飛んだ。
男たちはギクリと肩を揺らし、慌てて居住まいを正して「いや、別に動揺などしてないが?」という顔を装う。
その時――。
「ぎゃあああああーーーっ!!!」
産室から響き渡った長男の妻・キャサリンの絶叫に、男たちは一斉に震え上がった。
しかし、その直後。
「ふぎゃあ、んぎゃあ!」
力強い産声が響き渡ると、張り詰めていた空気は一気に霧散した。
助産婦の一人が顔を出し、「元気な男の子です!」と告げる。
その瞬間、伯爵は再び熱烈に神を讃え、ウィリアムはその場に泣き崩れ、レオは「うおおお!」と雄叫びを上げて拳を突き上げた。フィンは「早く見たい!」と跳ね回る。
伯爵夫人は「また男の子……」と小さく溜息をついた。それでも、隠しきれない喜びを浮かべながら、いそいそと初孫に会いに産室に行った。
産室の出入りが許されない男たちはジリジリとして待った。
しばらくして、浄められたばかりの赤ん坊が連れてこられる。
あまりに小さく、脆く、けれど脈々と受け継がれるグラント家の血を感じさせるその生命の輝きに、一同の心は激しく打ち震える。
男たちはこらえきれず、喜びを爆発させて小躍りを始めた。それを見た伯爵夫人も、最後には噴き出すように笑い、家族の輪に加わった
*
「あー、楽しい! ピクニックがこんなに楽しいなんて、思ってもみなかったよ」
芝生に寝そべっていたノエルの言葉に、ソフィアは思わず振り返った。
ノエルは何も言わず、ただニコニコと、遠くで駆け回る弟妹たちを眺めている。
ノエルからの「ひとつのお願い」。
それは、週に一度、妹や弟たちの家庭教師をしてほしいというものだった。
ソフィアはその願いを聞き入れ、今ではこうして毎週末、子供たちのもとを訪れている。
「ソフィアお姉さーん!」
ルシアの声に呼ばれ、ソフィアはレンゲ摘みの輪へと戻っていった。
「……本当によろしかったのですか?」
傍らに控えていた従者のアランが、小声で主に尋ねる。
「『たったひとつのお願い』なんて仰るから、てっきり『僕と婚約してほしい』と迫るものかと思っておりましたよ」
ノエルは「くふふ」と楽しそうに喉を鳴らした。
「意に染まない婚約を迫るほど、僕は馬鹿じゃないよ。……でもね、あっちからその気になるように仕向けるつもりさ」
遠くで手を振るソフィアに、ノエルは大きく手を振り返す。そしてぴょこりと立ち上がると、彼女のもとへと駆けていった。
その背中を見送りながら、アランは独り言のように呟いた。
「何だか王子が仰ると、本当にそうなってしまいそうで不思議ですねぇ……」
春の風が、穏やかに彼らの間を吹き抜けていった。




