全部、お前のせいだぞ
「あれれえ……? 出てこられたんだ。しぶといなあ」
玉座にだらしなく身体を預けたモルティマーの瞳は、どこにも焦点を結んでいない。傍らの小皿からは、鼻を突くような甘ったるい紫煙がゆらゆらと立ち昇っている。
「お前……そこまで堕ちたか」
エドワードは絶句した。禁忌の薬にまで手を出し、もはや怪物へと成り果てた「かつての我が子」の姿に、胃の底が冷えるような戦慄を覚える。
そこへ、開通した城門を突破した対策室の面々が雪崩れ込んできた。だが、彼らは広間に足を踏み入れた瞬間、その異様な光景に息を呑んだ。
たった三歳の小さな命が、狂気に呑まれた男たちの暴挙に晒されている。その事実だけで、場に怒りと悲しみが充満した。
ソフィアにとって、メリルは特別な存在だった。
まだお腹の中にいた頃、母ポレッタが愛おしそうに「この子はのんびり屋さんの女の子ね」と微笑んでいたのを昨日のことのように覚えている。臨月を過ぎてもなかなか産声を聞かせない我が子に、ポレッタは優しく囁きかけていた。
「外の世界が怖いの? でも大丈夫。あなたには優しいお兄様やお姉様がいて、私を支えてくれるソフィアお姉様だっているのよ」
その言葉に導かれるように、メリルはその晩、この世に生を受けたのだ。
王太子妃教育の重圧、そして婚約者だったモルティマーからの冷酷な仕打ちに心が折れそうになった時、ソフィアを繋ぎ止めたのは、いつもポレッタの子供たちの無垢な笑顔だった。
その愛すべきメリルを、自分を貶めた男が無惨に弄んでいる。――許せない。
ソフィアは、指先が白くなるほどに拳を固く握りしめた。
一方、セレナもまた、目の前の光景に打ちのめされていた。
かつての婚約者・ジェイソンが、これほどまでの凶行に加担している。暴力で自分を支配しようとした彼を恐れ、対策室と共にその罪を暴いた。けれど、心のどこかで「もし自分が彼を止められていれば、ここまで堕ちることはなかったのではないか」という、やり場のない自責の念が彼女を苛んでいた。
「モルティマー、もう十分だ。……メリルを放し、投降しろ」
エドワードの静かな、だが威厳に満ちた声が響く。モルティマーは混濁した目で周囲を見回すと、うわ言のように呟いた。
「あと、二つ……。一つは、お前が退位すること。もう一つは、この玉座を俺に譲ることだ」
彼はヨロヨロと立ち上がると、ジェイソンの側に歩み寄り、メリルの柔らかな髪を掴んで乱暴に振り回した。
「そうしないと、この子が死んじゃうよ? 可哀想に……全部、お前のせいだぞ」
ぶるぶると震える指先で父を指差すその姿は、狂気の極みにあった。
その時、ジェイソンの視線がセレナを捉えた。
なぜ自分は、この女性をあんなにも傷つけたのだろう。今、彼女が自分を見つめている。その瞳に宿るのは、激しい憎しみではなく、絞り出すような悔しさと、深い悲しみだ。
(……ああ。もう、彼女を泣かせてはならない)
その瞬間、彼の中で何かが音を立てて繋がった。ジェイソンは腕の中のメリルを壊れ物を扱うように抱きしめると、モルティマーに背を向け、一気に親たちの元へと駆け出した。
この子を返さなければ。それだけが、今の自分に残された唯一の贖罪だ。
――シュッ。
鋭く空気を切り裂く音が響いた。




