祭りか
執務室の前までたどり着き、心臓の鼓動を抑えながら中を覗き込んだ二人は、拍子抜けするほどの静寂に迎えられた。
主のいない部屋は、冷え冷えとしていた。
「そうか、祭りか」
中央棟の二階にまで、階下の広間から漏れ出す喧騒が届いている。厳重な警備に守られた王宮のただ中で、人々は外の世界の毒を忘れ、収穫祭の美酒と笑い声に身を委ねているのだろう。
モルティマーは嘲るように鼻を鳴らした。その瞳には、祝祭の灯を塗りつぶすような暗い情念が宿っている。
(丁度いい。……南翼へ行ってやろう。ポレッタ妃とその子どもたちを……)
どす黒い殺意を隠そうともせず、不気味な笑みを浮かべたモルティマーは、怯えるジェイソンを促して南翼へと舵を切った。
途中で出くわした不運な従僕を物陰へ引きずり込み、鋭い刃で脅して服を奪う。男を縛り上げ、手近な一室へと押し込めた。
(良かった……今度は、殺さずに済んだのだ)
ジェイソンは震える手で奪った服に着替えながら、微かな安堵を胸に抱いた。だが、その希望は一瞬で砕け散る。
部屋の奥から、鈍く重い音が響いた。
慌てて駆け寄ったジェイソンが目にしたのは、縛られ、抵抗する術もない男の頭上に、血に濡れた銅像を振り下ろしたばかりのモルティマーの姿だった。まだあどけなさを残した従僕の顔にモルティマーは汚物を見るような眼差しで唾を吐きかけた。
ジェイソンの心から、感情が「しいん」と音を立てて消えていった。
本能が叫んでいる。この男と一緒にいてはならない。だが、逃げ出す足などとうに失っていた。麻痺していく思考の中で、ただ影のようにモルティマーの後を追うことしかできない。
二人は南翼に足を踏み入れ、静かに階段を上り始めた。
身に纏うのは、殺して奪い取った近衛兵と従僕の制服。
数多の人間が働くこの王宮において、見知らぬ顔など珍しくもない。何より、その「衣服」こそが、ここでは絶対的な身分証明となるのだ。
誰に咎められることも、不審な視線を投げられることもない。
死の香りを漂わせる二人は、最上階へと、一歩ずつ着実に近づいていった。




