そしてこの俺も
たどり着いたゲルダの元寝室は、呆気ないほどに空虚だった。
豪奢を極めた家具も、壁を飾った名画の一枚すらも残っていない。まるで、ゲルダという王妃がこの世に存在したこと自体を歴史から削り取ろうとする強い意志の現れのようだった。
モルティマーの唇から、ひび割れた乾いた笑いが漏れる。
(そうか。すべて、なかったことにされるのだな。母上も、そしてこの俺も)
がらんとした空間に、ジェイソンの掠れた声が響く。
「……ここから、どうするつもりです」
モルティマーは振り返り、その瞳に暗い愉悦を宿してニヤリと笑った。
「国王の執務室を襲う」
北翼の階段を静かに降り、中央棟へと続く渡り廊下が見えた時だった。
コツ、コツ、コツ――と、硬い靴音が近づいてくる。二人は反射的に物陰へと身を潜めた。モルティマーがジェイソンの耳元で、蛇が這うような声で何かを囁く。
足音が自分たちの真横を通り過ぎようとした瞬間、ジェイソンは弾かれたように飛び出し、その男の脚にしがみついた。
虚を突かれ、均衡を失った近衛兵が仰向けに倒れ伏す。男が即座に抜剣しようとした刹那、モルティマーがその胸目掛けて勢いよく跳び乗った。
――バキリッ。
生々しく不快な音が響き、男が獣のような呻きを漏らした。肋骨が砕けたのだ。
それでも執念深く剣へ手を伸ばそうとする男の顔面を、モルティマーは容赦なく何度も蹴り飛ばした。鼻梁が潰れ、血に染まった男の首を、彼はそのまま両手で締め上げていく。
男の顔が赤黒く変色し、その四肢から力が抜けて動かなくなると、モルティマーはようやく手を離した。
「おい、この男の服を脱がせろ」
ガタガタと歯の根が合わないほどに震えるジェイソンに、冷然と命令する。
モルティマー自身も、返り血を浴びた自らの服を無造作に脱ぎ捨てていった。
差し出された近衛兵の制服は、モルティマーの体躯にはやや大きかったが、構わず上着に袖を通す。だが、ズボンは男が事切れる際の失禁でグショリと濡れていた。彼は舌打ちを漏らし、仕方なく自分の黒いズボンを履き直す。
「……まあいい。どうせ同じ黒だ、遠目には判るまい」
モルティマーは濡れたズボンを死人の顔に乱暴に被せると、忌々しげにその遺体を何度も蹴りつけた。
目の前のモルティマーの姿に、ジェイソンは戦慄した。
(この男は、本当に、この国で最も高貴な血を引く方なのか。これでは、生まれついての人殺しではないか)
その淀みのない手つき、躊躇のない暴力。ジェイソンの目には、モルティマーの所業が「初めての犯行」などではなく、幾度も繰り返されてきた熟練のそれであると、残酷なまでの確信をもって映っていた。
拭い去れない不安と、もはや引き返せぬのだという自暴自棄。こみ上げる吐き気に耐えきれず、ジェイソンは遺体の傍らで膝をついた。空っぽの胃から、黄色い液が床を染めていった。




