お前がやったのか
最上階に辿り着いた二人の耳を打ったのは、幸せを絵に描いたような子どもの笑い声だった。
二人は、その陽光のような声が漏れ出る部屋へと、足音を忍ばせ近づいた。
タタタタタ、という軽快な足音と共に、幼い少女――第三王女メリルが姿を現した。彼女はキョトンとした顔で、目の前の奇妙な二人組を見上げる。
「メリル殿下!」
すぐ後を追ってきた侍女が、そこに立つ男たちの異様な気配に息を呑んだ。
「殿下、こちらへ……!」
呼びかける声に合わせるように、モルティマーが片頬にだけ笑みを浮かべる。懐から引き抜いたナイフの切っ先が、素早くメリルの柔らかな喉元に突きつけられる。
「や、やめてください!」
侍女の悲鳴が静かな回廊に突き刺さった。
異変を察した人々が部屋から出てくると、目の前の光景に己の目を疑った。
「その子を、返してください」
割って入ったのは、ポレッタ妃だった。彼女は震える声を抑え、毅然と前に出た。
「だったら言うことを聞いてもらおうか。おい、国王を呼んでこい!」
モルティマーの怒鳴り声に、泣き崩れていた侍女が弾かれたように走り出す。
「目的は何ですか?」
ポレッタが静かに問いかける。モルティマーは嘲笑混じりに短く答えた。
「玉座」
「……私が人質になります。だから、その子を放して」
「お断り」
「……私は、あなたを知っています。以前、お会いしましたね」
「正解」
「モルティマー殿下。……そうですね?」
「大正解」
やり取りの間、ポレッタの瞳からは美しい涙が溢れていた。だが、その足取りに乱れはない。娘を守ろうとする一人の母親として、彼女はそこに立ち続けた。
(どうだ、母上。この女を見ろよ。あなたと違って、子供のために本物の涙を流している。父上がこちらを選ぶわけだ。……俺だって、こんな風に育てられたかった)
モルティマーは心の中で、亡き母への冷めた言葉を吐き捨てていた。
「もう少しサビーナで辛抱くだされば、無事に戻れましたものを……」
ポレッタの哀れむような言葉を、モルティマーはうるさそうに手で払った。
「黙ってろ。……来たか」
そこへ、国王エドワードが姿を現した。その顔には、隠しようのない諦念が張り付いている。
「モルティマーだな」
「そうさ、父上。ただいま」
「……来る途中に報告を受けた。近衛兵の遺体が見つかったと。お前がやったのか」
「そうそう。あとは従僕も一人。どこかの部屋で片付けたが、場所までは覚えてないな」
エドワードは苦痛に顔を歪め、深く目を閉じた。
「その子を離せ。話は私が聞こう」
「その前にお願いがあるんだ。この王城から人をすべて追い出してくれ。父上の『家族』だけを残してな」
「そんなこと、できるはずがないだろう!」
「できるさ。……この子の指が一本ずつ落とされるのを見たい?」
エドワードに選択肢はなかった。直ちに全人員を城から退去させるよう、王命が下された。
執事から使用人へ、宰相から役人へ。収穫祭の余韻に浸っていた人々は、困惑と恐怖に包まれながら城門へと殺到した。
ノエルの従者アランも、振舞われていたご馳走を投げ出し、厩舎へと必死に駆け出した。
ぞろぞろと城から吐き出される人の波を、離れた場所で待ち構えていた男たちが見つめていた。ジェイソンの仲間たちだ。彼らは避難する群衆に逆らい、無人の城内へと悠々と入り込んでいく。
やがて人の気配が途絶え、王城は完全な沈黙に包まれた。
男たちは、巨大な跳ね橋をゆっくりと引き上げた。
重々しい音と共に城門が閉ざされ、広大な王城は、外界から隔絶された巨大な檻へと変貌した。




