密かに探らせておりました
執務室のドアが控えめにノックされたとき、エドワードはちょうどアテナ・ルーミスのことを考えていた。
モルティマーの廃嫡事件で責任を負わせ、失職させてしまった彼女には、今も申し訳なさが消えない。
開いたドアから現れたノエルとアイラの神妙な面持ちを見て、エドワードは即座に人払いをした。そして、子供たちの緊張を解きほぐすように優しく問いかけた。
「どうしたんだね、二人揃って」
彼らは一度顔を見合わせ、深く頷き合う。アイラが一歩前へ出て、一枚の小さな紙切れをそっと机の上に置いた。
「父上。こちらをご覧いただきたいのです」
そこに記されていたのは、見覚えのある刺々しい筆跡だった。
そこに書き連ねられた名前を目にした瞬間、エドワードの目が大きく見開かれた。
(アテナ・ルーミス……!)
まさに今、その身を案じていた女性の名がそこにあった。自分や家族の名に混じって、彼女の名が明確な悪意とともに記されている。その偶然の一致に、エドワードはゾクリとした。
「これは……ゲルダのところから?」
「はい。ゲルダ妃のご様子がただ事ではないとの報を受け、密かに探らせておりました」
アイラはこともなげに言ったが、その情報網の鋭さには目を見張るものがある。
「紙に名を書きつけた後、独り言を漏らしていたそうです」
「なんと……?」
「『一人ずつ、ゆっくりと地獄へ落としてやるわ』。そして――『仕方ないわね。逃げ足の速い小娘は後回しにしてあげましょう』と」
エドワードは再びリストに視線を落とした。
逃げ足の速い小娘とは、諸悪の根源であるカサンドラのことだろう。それを後回しにするということは、リストの二番目に記された人物が、最初の標的に選ばれたことを意味する。
――アテナ・ルーミス。
ゲルダの魔の手は、まず彼女に向かおうとしている。早急に彼女の行方を探り、保護しなければならない。
だが、王という立場は時に残酷なほど不自由だ。学園の理事長を公式に召喚すれば、それだけで「モルティマーの件での更なる追及」と誤解され、アテナが身を隠してしまう恐れがある。
エドワードは側近を呼び、ゲルダへの監視強化を命じた。しかし、彼女の腹心や実家のケルン侯爵家が外の者と接触するのを完全に防ぐのは不可能に近い。
「ノエル。学園内に、アテナ・ルーミスの行方を知っている者はいるか?」
ノエルはアテナの顔を直接は知らない。ゆえに、学園で見かけたあの凛とした女性が彼女であるとは、まだ気づいていなかった。
「分かりません。ですが、ソフィアが学園で働いているので、彼女に聞いてみます」
「いや、この件を外部に漏らすのは危険だ」
「大丈夫です。ゲルダ妃の名は出しません。ただ、命を狙われている可能性があるからと、警戒を促すに留めます」
「……分かった。ノエル、お前もくれぐれも気を付けるのだぞ」
「はい。父上も」
最後に、アイラが首を傾げて尋ねた。
「このことを、母上には?」
「いや。今はまだ黙っておいてくれ。彼女には、できるだけ心配事を持ち込ませたくないのだ」
王宮に渦巻く執念を知らせたくないという、父の切実な愛。
ノエルとアイラは顔を見合わせ、その不器用な優しさにニコリと微笑んだ。
二人が去った後、エドワードは改めてポレッタとノエルの護衛強化を厳命した。
(それにしても、たった十二歳のアイラが、これほどの諜報能力を……)
不穏な情勢の中、我が子の頼もしさに、エドワードはわずかな苦笑を漏らさずにはいられなかった。
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