ルミエラ・エルバート男爵令嬢の場合(3)
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「さて、ご令嬢方。この件、どう処理いたしましょう?」
アテナが、まるで生徒の自主性を促すような静かな声で言った。
婚約者らは、責任の所在を押し付け合うように互いを見回し、やがて一人が絞り出すように言った。
「……それは、私たちが考えねばならないことなのでしょうか」
「おや。自分たちは関係ないと?」
「少なくとも……私たちが加害者ではありませんわ」
「しかし、事態を放置し続けたわね」
「でも……っ!」
「一番の加害者は、あなた方の婚約者です。勝手な幻想を押し付けて、ルミエラさんに付きまとった。――そして」
アテナはそこで一度言葉を切り、彼女たちの痛いところを正確に突き刺した。
「あなた方のご友人も、加害者の一人です。彼女に聞こえるように悪口を言った。それを止められたのは、一体誰だったかしら? あなたの婚約者を最もよく知る人物は、誰?」
「…………」
誰も何も言い返せない。事実、彼女たちは婚約者の異常な言動に気づきながら、向き合うことを恐れてルミエラへの攻撃を黙認していたのだ。
「私はね、あなた方だけに事態の収拾方法を考えろとは言いませんよ」
アテナの冷えた声が、響く。
「ただ、関係ないとか、ましてや被害者だとか……そんな無責任な言葉は、二度と口にしてほしくないわ。まずは、一人の女子生徒の心が完全に壊れてしまう前に、何とかしなければね」
アテナの静かな、けれど逃げ場のない怒りに、令嬢たちの虚勢がガラガラと崩れ去った。
「……お願いします、助けてください。何でも……何でもいたしますわ」
一人が泣き崩れるようにそう口にすると、他の三人も深く首を垂れた。ようやく彼女たちは、目を背けていた現実と、自らの責任に向き合う覚悟を決めたのだった。
*
翌日から、学園では奇妙な光景が見られるようになった。
一人の男子生徒が、数人の令嬢を常に引き連れて歩いているのだ。
それを苦々しげに見つめる四人組――ダニエルたちの姿があった。
「くそっ、なんなんだあいつは。気に入らないな」
「デレデレしやがって。見ていて不愉快だ」
自分たちの婚約者が他の男に傅く姿に、彼らは猛烈な焦燥感を抱いていた。
そしてある日の昼休み。ターゲットの男子生徒が一人でベンチに座っているのを見計らい、彼らは威圧的に詰め寄った。
「おい、お前!」
「……はい?」
「お前、俺たちの婚約者をいつも侍らせて、一体どういうつもりだ!」
「えっ、君たちが彼女たちの婚約者なの!? 助かった、どうにかしてよ!」
返ってきたのは、予想外の悲鳴のような懇願だった。
「……はあ?」
「僕、なんで付きまとわれているのか分からなくて、本当に困ってるんだ」
「そ、そんなわけないだろう。あんなに熱心に……」
「本当だよ! 僕の名前はフィンなのに、突然『アルベルト様〜』なんて呼ばれて、四六時中くっついてくるんだ。迷惑なんだよ、何とかしてくれ!」
彼らは絶句した。その訴えは、まさに自分たちがルミエラに対して行ってきたこと、そのものだったからだ。鏡合わせのような自分たちの姿を突きつけられ、彼らは初めて「自分たちの異常性」に思い至った。
植え込みの陰では、アテナが囁く。
「さあ、あなたたちの出番ね。いってらっしゃい」
婚約者の令嬢たちが、示し合わせたようにフィンへ駆け寄る。
「アルベルト様〜、こちらにいらしたのですのね!」
げっそりと青ざめるフィン。
イライラを爆発させるダニエルたち。
「おい! なぜこいつに付きまとう!? こいつはフィンだ。アルベルトとかいう奴じゃない!」
ダニエルの怒鳴り声に、彼女たちは顔を見合わせて小首をかしげた。
「そういえば、そうですわね」
「どうしてアルベルト様だと勘違いしたのかしら?」
「よく見れば、似ても似つかないですわね。……では、失礼いたします」
彼女たちは何事もなかったかのように、そそくさと立ち去った。
残されたフィンとダニエルたちは、ただ呆然と言葉を失う。
やがて、我に返ったダニエルが力なく口を開いた。
「……俺たちの婚約者が、すまなかった」
四人は揃ってフィンに頭を下げた。自分たちがどれほど不気味で迷惑なことをしていたか、その身を持って理解したのだ。
フィンは深くため息をつき、首を振った。
「……もういいよ。こんな恐ろしい目に二度と遭わせないって、約束してくれるならね」
*
植え込みの陰では、対策室のメンバーとレオ・グラントが一部始終を見守っていた。
「フィン君、なかなかの名演技だわ」とアテナ。
「ええ、本当に。真に迫っていましたね」とソフィアも感心する。
アイリスとセレナも満足げに頷くが、レオだけが苦笑いを浮かべていた。
「いいえ、演技じゃないんです。あれは、あいつの『地』ですから」
「えっ……説明してあげたんじゃなかったの?」
「あいつ、大根役者ですから。中途半端に教えたらボロが出ると思って……」
*
その後、ダニエルたちはルミエラに心からの謝罪をした。
変な幻想を押し付けて、怖がらせて済まなかった。二度と付きまとわない、と。
ルミエラは、静かに、けれど毅然と微笑んだ。
「ありがとうございます。――さようなら」
それは、身勝手に押し付けられた物語の「ヒロイン」のルミエールとしてではなく、一人の自立した令嬢「ルミエラ」としての決別の言葉だった。
*
翌日。対策室には、いつものメンバーに加え、ルミエラ、レオ、そして事の真相を聞かされて激怒しているフィンの姿があった。
「もう! 兄さんのバカ! 僕、本気で怖かったんだからね!」
「まあまあ、フィン様。あなたのおかげで解決したようなものですわ」
「そうそう、フィン君のあのリアクションは最高だったわ。何か賞を贈りたいくらい!」
セレナとアテナに褒めちぎられ、フィンは一瞬で機嫌を直してニコニコと上機嫌になった。
「それにしても、なぜあんな回りくどい方法を?」
レオの問いに、アテナは茶杯を置いて答えた。
「彼らのような妄信状態にある人間は、外部から正論をぶつけても逆効果なの。自分たちの振る舞いを『客観的に見る』経験が必要だったのよ。自分の大切なものが他人に奪われそうになる恐怖。そして、他人に名前を間違われ続ける不気味さ。それを知る必要があったの」
「まさに、思惑通りになりましたね」とソフィアが微笑む。
「本当にお世話になりました」
ルミエラが深く頭を下げた。そして、少しだけ照れくさそうに言葉を継いだ。
「あの……もし、ご迷惑でなければ、私もこちらのお手伝いをさせていただけると嬉しいのですが。今度は、誰かを助ける側になりたいんです」
「僕も! 僕もやるよ!」
「俺も護衛としてお願いします」
アテナはメンバーを見回した。アイリス、セレナ、ソフィア。皆、新しい仲間を歓迎するように優しく頷いた。
「よし! 三人とも採用よ。これから忙しくなるわよ?」
対策室には、明るい笑い声が響いていた。
お読みいただき、ありがとうございました。
ダニエル以外の男子に名前つける必要あったかな?と思いました。
そもそも十代の子どもたちに、婚約だの結婚だのがほぼ無理なんですよねえ⋯可哀想になってきました。




