追憶
流石に、茶会で口にした焼き菓子や茶葉は持って帰れなかったが──土産にと貰った菓子と茶には、微量だがまんまと辰砂が盛られていた。
それ故、イリヤは帰って早々吐いた後、薬湯を飲んで風呂に入っている。汗で、体の毒を流す為だ。
(リブレ国でも毒を飲まされたが、アレは自分で吐く前に口にして即行血反吐吐いたからな)
何というか殺意が高かった。しかも毒については、カルバに懸想していた料理人が食事に盛ってきたのだ。すぐにオーベルが処置をしてくれたおかげで何日も寝込んだだけで済んだが、あの時にカルバの指示が出て使用人が一新したのだ。だから今、ラウラが手を回そうとしても使用人達はなびかないのである。
そこまで考えてイリヤは当時、青い顔をしたオーベルが次の料理人が決まり、信頼出来るようになるまで三食、食事を作ってくれたことを思い出した。母親の毒殺と自分も毒で殺されかけたと聞いていたので、フラッシュバックしたのかと思ったが──むしろ、二人と同じ毒である辰砂を盛られている今の方が、オーベルは辛そうに見える。離脱しないと言ったので、顔色には出していないが時たま、辛そうに眉を寄せているのがその証拠だ。
「……お粥」
「え?」
「久しぶりに、お前の作るお粥が食いたい」
ふと思いついて、イリヤは言った。ちなみにこの世界では違う料理名だが、前世の米(この世界では『マイ』という)を使ったその料理は、イリヤにとってはお粥でしかない。初めて食卓に出た時、そう言ったのでオーベルには通じる。
「って、トオルさん……からかわないでください」
「そんなつもりはないぞ? マイは美味いし、栄養が取れるようにって肉や魚をぶち込んだのも面白くて、まあまあ食えた」
「トオルさん本当、マイ好きですよね」
「ああ。前世でも好きで、食堂でおかわりしてた」
嘘は言っていないと解るのだろう。苦笑だが、とにかくオーベルは笑った。そして髪を洗い流しながら、心地好さに目を閉じるイリヤに言った。
「いいですよ。ただいくら微量でも、毒を口にしたんですから今夜は卵だけですよ」
「むしろ好物だ」
「あの時も、そう言ってましたよね」
※
「おはよう、オーベル」
週末の休みを終え、イリヤ達が登校し。教室まで送り、使用人達の控え室に行こうとするオーベルを、同じく登校してきたラウラが呼び止めた。気を利かせたエトワが離れ、廊下の隅で二人きりになったところで、ラウラが小さな紙袋を差し出してくる。
「いつも、リブレ国の素敵な果物や小物をありがとう。あなたにはお礼してきたけど、あなたのご主人様……イリヤさんには、上手にお礼が伝えられなくて。あの、良ければあなたからこのプレゼントを渡してくれない?」
「…………」
上手も何も、逆に今まではオーベルに頼んでいるからと、お礼を伝える気はなかった筈だが。
おそらく、先日の王妃の茶会にイリヤが招かれたことでの嫉妬だろう。
あと、仮にも婚約解消をされた時のスペアであるオーベルを、何も知らせずに共犯者にする気なのか。
しかしそんな本音は出さず、オーベルは笑って我ながら間の抜けた言葉を口にした。
「ありがとうございます、伝えますね……お菓子、ではない?」
「蠟燭よ。お部屋で焚くと、香りで寛げて癒されるわ」
「素敵ですね……気に入るようだったら、また欲しいな。よければ店を、教えて貰えませんか?」
「ごめんなさい。私も、母にお願いして分けて貰っているから、お店は……欲しかったら、言ってくれればまた渡すわ」
「ありがとうございます。ラウラ様も、またリブレ国の品で気になるものがあったら教えてくださいね」
「まあ! それだと、またお礼を渡すことになるわ」
何も知らなければ、穏やかな会話だろうが──心の中で、オーベルは笑みを消して思っていた。
……確か昔、母も蝋燭をプレゼントされたことがあったな、と。




