嫉妬
ごきげんよう、とは出会った時や別れの際に相手の健康状態を伺う言葉であり、おはようからさようなら
まで兼ねられるので、令嬢が一般的に使う挨拶である。
「ごきげんよう」
だからラウラも、今までは教室に入ってくる時や、令嬢とすれ違う時にそう声をかけ──だが、それだけで最低限の義務は果たしたとばかりに、すぐに自分の席やユージン達のところへと行っていた。
しかし、今は違う。
「ごきげんよう」
「ごきげんよう」
「素敵なリボンね。どこかのお店の? それとも、凄腕の職人かしら?」
「あの……フラウ・ジョバンナの」
「まあ、聞いたことがあるわ! 有名なドレス職人よね。それだけ素敵なら、納得だわ」
「は、はい」
「ごきげんよう」
「ええ、ごきげんよう」
挨拶した時の反応を見て、笑顔で女生徒達に話しかけるようになっていた。声をかけられた方は戸惑ったり、王太子ユージンの婚約者であるラウラと距離が縮んだことに喜んだりしている。
(まあ、俺達には挨拶までだけどな)
声に出さずに、イリヤはそう呟いた。
更に放課後、図書室でユージンと勉強会をするようになった。
……ここまでなら、ユージンとの関係が修復されたように見える。だが、イリヤはそうは思わなかった。
何故なら、ここ十日ほどのラウラの変化と同時進行で、ローラン家の使用人達に外部からの接触があったからだ。
『流石に、俺にはないですが……屋敷の外を見回る護衛達や、厨房の料理人に休みの日などに声がかかってるようですね。勿論、あの女本人ではなく、頼まれたであろう女ですが』
帰宅後、イリヤの入浴時にオーベルが教えてくれた。二人きりではあるが、万が一の為にか日本語で話しているので、仮に第三者に聞かれても問題ない。
『ご苦労なことで』
『まあ、そうですね……ここの護衛や使用人達は、俺以外は奴の信者ですから。その養女であるトオルさんの情報を売ったり、得体のしれないものを口にさせたりすることなんてないんですけど』
今のところは、何か困ったことがないかって様子見して、隙を狙ってるみたいですけどね。
オーベルはそう言って、イリヤの体から泡を流した。いつもならすぐにイリヤの髪を洗い出すが、今日は少し違った。寒くないようにかイリヤを浴槽のお湯に入れて、ボソリと呟く。
『……あの女と距離縮めたら、俺にトオルさんへ毒盛らせようとしますかね』
『ありえるな』
『嫌なんですけど……トオルさん、俺、我慢しますから王太子たらし込んで、俺を狙うようにして下さいよ』
『我慢って何だ』
『トオルさんと王太子がイチャイチャしても、嫉妬するだけで何もしませんから』
子供のようなことを言うオーベルに、イリヤは肩越しに振り向いた。そして、真顔で言う。
『無理だな』
『何でですか』
『おそらくだが、ユージンが王妃に俺とラウラとの婚約者交代を示唆したから、ラウラに変化が見られたと思う。思うが、それでラウラが動き出したのを黙認するような男だぞ?』
『……それは』
『俺と婚約したい。でも、ラウラを止めない。どこまで知ってるか解らないが、少なくともラウラが俺を害する可能性は知っていて、けれど何もせずにただ様子見してるってことだ』
仮にイリヤに惚れ込みオーベルを邪魔だと思ったにしても、おそらくユージンの場合、やるのは証拠が残る毒殺ではなく身分差による囲い込みだ。そうなると、証拠を手に入れることが出来ない。
『だから、ラウラに動いて貰った方がいい。お前はせいぜい、不自然にならない程度にラウラと距離を縮めろ』
『………………はい』
長い間の後、イリヤの髪を洗い出したオーベルに、イリヤはこっそりため息をついた。
(俺みたいな奴に惚れて、嫉妬とか……本当、趣味悪いよなコイツ)




