不穏
ユージンは帰宅後、母・レミーアがいる執務室へと向かった。そして、ハリドがイリヤに突撃したことを伝えた。
「ハリドどのが……そう」
話を聞き終えたレミーアは眉を顰め、ため息をついた。イリヤは他国の留学生なのでどうかと思ったが、ひとまず流されなかったことにホッとする。
「こうなると他の令嬢が被害を受ける前に、どこぞの令嬢と縁付けるべきかしら……とは言え、確かに同年代の令嬢はいないのよね」
「……そのこと、なのですが」
とは言え、これから話す内容についてレミーアはどう思うだろうか?
そう思いつつ、しかし反応を知りたくて──ユージンは、レミーアに話の先を続けた。
「ローラン嬢は、貴族の結婚は契約だと……だからこそ、信頼関係が必要だと言いました。それを聞いて、私は……今のラウラは信頼出来るかと、思いました」
「……確かに、ね」
「母上?」
即反対されることも覚悟していたので、受け止められたことに驚くとレミーアは再びため息をついて言った。
「ラウラは公爵令嬢で、ラスティの娘だし……あなたの元婚約者の母親、そしてその娘の評判は芳しくなかった。だから、ラスティの時のように『真実の愛』を利用して、婚約者を交代したわ」
「……はい」
短く返事だけをしたのは親世代は知らないが、ジャンヌの評判が芳しくないについては正しくないことをユージンが知っているからだ。
婚約破棄の理由である『王太子妃教育を怠けたこと』も『ジャンヌがラウラを虐めていること』も偽りだった。登城したジャンヌは一人、別室に閉じ込められていたし、その服装はラウラよりも地味な上、栄養不足なのかやせ細っていたからだ。
(冴えないし、母上もラウラと付き合ってほしそうだから見ないふりをした)
しかし、ユージンとしてはレミーアに恐怖を抱いたが──新たな婚約者となったラウラは、妙な自信を持つようになった。平民の血こそ引いているが、自分は公爵令嬢で可愛いから、ユージンの婚約者となったのだと。
「あなたに媚びることを、悪いとは言わないけれど……正直、ラウラは王太子妃としての努力が足りないし、今後も難しいでしょうね」
「では……っ」
「一度、あの子にこのままでは婚約者交代もありえると話してみるわ……だから、卒業式まで待ってちょうだい」
「えっ?」
母の言葉に、ユージンは戸惑った。今はまだ、初夏だ。即交代にならないにしても、今後もラウラの変化は難しいと思っているのに、そんなに先まで待つのは何故だろうか?
そんなユージンの視線の先で、レミーアが微笑んで言う。
「人間、何が起こるか解らないから……ローラン嬢が『無事』なら、婚約者を交代しましょうね」
「っ!」
母・レミーアの言葉に、ユージンは目を瞠り、息を吞んだ。
母の意に染まないと最悪、人が死ぬ。
そうユージンは思っていたが、どうやらそれはラウラも同様らしい。
(どうやって、なんて聞けない)
そんな墓穴を掘るような真似なんて真っ平だと、ユージンは思った。
そして一方で、そんな恐ろしい相手を妻にしたくないので──イリヤに、何としても生き延びてほしいと思った。




