80話 決まっていた決着
漆黒の大剣と魔力を込めた光の剣が激しく交差する。宣言通り、ギルラークは何度弾かれても倒れることなく剣を振った。
防御を二の次にした嵐のように鋭い剣撃。凄まじい気迫でアドニスを押し込んでいく。
「ぐっ……!」
隙のできたギルラークの横腹を、アドニスの鉄の拳が撃ち抜いた。
「ヒーリング!」
すかさずフレンが杖をかざして回復魔法を唱える。
ギルラークは一瞬怯んだだけで、攻撃の手を緩めない。
「なかなかやるじゃない」
滑らかに両手の指を動かし、ナターシャはアドニスを操作する。攻撃ではなく、ギルラークの猛攻を凌ぐためにアドニスは大剣を振り回した。
本気で死者を操るナターシャを見たのは初めてだ。
死者を直接操ることで、術者からの魔力の伝達に無駄がなくなり、操られた死者はより大きな力を振るうことができる。
だが同時に、ネクロマンサー本体が無防備になりやすいという欠点を抱えることになる。
もちろんナターシャもその弱点を理解しているはずだ。けれど、そうでもしなければ今のギルラークを止められないのだろう。
――こちらに向かっているという仲間の騎士たちに、背後を取られてしまったら……
「お前の相手は俺だぜ!」
乱暴な叫びが俺の意識を鮮明にさせる。白銀の鎧をまとうライロが、すぐそこまで迫っていた。俺は再びサリーを操り、彼を迎え撃つ。
「団長の戦いに見惚れていたようだが、俺は眼中にないってことか!?」
伸ばした上腕から振り下ろした剣を、サリーは少しかがんで大剣で受け止める。重い一撃だ。サリーを介して伝わる衝撃に、俺の腕はじんじんと痺れた。
「お前が声を出さなければ、俺を斬れたんじゃないか?」
「騎士として不意打ちなんてするわけねぇだろ」
サリーはライロを簡単に押し返した。続けざまに横振りを入れるが、ライロは後ろに跳んでこれをかわす。やはり、力比べだけならサリーの方が上のようだ。
「どうした、攻めてこないのか? さっさとしないと援軍が来ちまうぜ」
不敵に笑うライロに、俺は自然と眉根をよせる。
わかりやすい挑発だ。だけど、このまま攻めればまたやられる。
サリーを挟んで、俺とライロは静かに、だがわずかな体の動きも見逃さないといった剣幕で睨み合う。すぐ隣では、ギルラークの勇ましい咆哮と剣の交わる音が響いている。
出し惜しみなく魔力を使え。
敵であるギルラークの言葉が、ふと脳裏を巡った。
そうだ。ここで死ねば全てがおしまいだ。だったら全部出し切れ。リゼに会いたいんだろ。
自分に何度も言い聞かせるほどに、足の震えが収まっていくのがわかった。だけど、感情の熱で無理に押さえつけたわけではない。頭の中は、驚くほどに冴えている。
「ビビってねぇで続きをしようぜ。ちゃっちゃと雑魚のお前を始末して、団長の援護をしねぇと」
両手で握りしめた剣を緩め、ライロはかかってこいと人差し指を曲げた。
直前の戦いでもライロは一度攻めて身を引き、俺を煽って攻撃を誘導していた。あれほどの剣術を持ちながら、なぜ一方的に攻めてこないのか。
それはきっと、魔力で強化されたサリーの力を恐れているからだ。サリーの繰り出す剣は、メロのデバフがあったとはいえ水竜をも斬り裂いた。
だからこそ、万に一つでも攻撃を受けるわけにはいかない。そう直感で気づいたのだろう。相手に攻めさせてカウンターに徹すれば、自分には隙が生まれにくい。
「ああ、わかった。全力でいくぞ」
迷いのない俺の言葉は、ライロの片頬を吊り上げさせた。
だが――
その浅い考えこそが、お前の致命的な隙だ。
大剣を左手で握り、サリーは冷たい地面の上を走る。重心を後方へ移動させながら、ライロは迎撃の構えをとった。
瞬きの間にも二人の距離は縮まっていく。
俺はサリーにありったけの魔力を注ぎ込んだ。
小さな体が跳躍し、遅れて髪がふわりと持ち上がる。
振り上げた大剣は空中を斬りながら、ライロの頭部を襲った。
「軽い……?」
傾けた剣で受け止めながらライロは両目を細める。
サリーがカツンと両足で着地すると、虚空から生み出された右手の大剣で、ガラ空きの脇腹を狙った。
「剣が、二本!?」
今さら気づいてももう遅い。その剣は、俺が魔力で作り上げたものだ。
黒の刃の上を、枝分かれする血管のような赤い筋が通っている。膨大な魔力に呼応するように、大剣は赤く輝いた。
この一撃で決める。
ライロの見開いた目が、自身の腹部に迫るサリーの剣を捉えている。全力の防御で振り上げた両腕を、戻す時間などない。
「ぐっ……」
閃光の如き一撃は、白銀の鎧を裂き赤い飛沫を撒き散らした。しかし手応えが…… 薄い。
ライロは追撃を避けるようにサリーから距離を取ると、傷口を押さえてしゃがみ込んだ。
「フレン! 回復を……!」
「は、はい! ヒーリング!」
フレンは焦った様子で治癒魔法を唱える。温かい光に包まれると、苦痛に歪むライロの表情が和らいでいく。
「やってくれたな……!」
睨みを利かせながらライロは立ち上がる。分かってはいたが、フレンの魔法は強力だ。
「その剣はネクロマンサーの能力か…… そういえば、アドニス団長の剣も鎧も今まで見たことがないものだ」
ライロの推察は当たっている。ネクロマンサーには、呼び出した死者に適した武具を作り出せる力があるのだ。
「だが、戦いはやはり素人だな。俺を仕留めたいなら、最初の剣も本気で振るべきだった。何かの布石だと教えているようなものだ」
横腹を押さえながらも、ライロは勝ち誇るように笑った。
「おかげで半歩、ぎりぎり回避できたぜ。致命傷をもらわない限り、こっちにはフレンの治癒魔法がある」
「次は食らわせてやるよ」
「言ってろ。どうやら俺の作戦もバレてるようだし、こっちから行かせてもらう」
息を呑み、鋭く構えた剣先はサリーを捉えている。この土壇場で、戦闘経験の浅さが俺に牙を剥いた。
威勢よく吐き捨てた俺の言葉は、ただのハッタリだ。
さっきと同じ一撃を繰り出す魔力は残っていないし、そもそもライロに不意打ちはもう通用しないだろう。純粋な剣の勝負なら俺たちに勝ち目はない。
ライロはただ真っ直ぐ、獣のように突っ込んでくる。俺が一番避けたかった展開だ。
威嚇するようにサリーは両手の剣を構えるが、ライロの足は止まらない。
じわりと冷たい汗が背中を伝う。そんな緊迫した空気を割くように、一本の剣が地面を滑ってきた。
「これは……」
ライロは足下で止まった剣に意識を奪われた。
誰の剣かなど、戸惑うライロの表情から簡単に読み取れた。
「団長!」
ライロの視線の先では、武器を失ったギルラークが腕を押さえて立ち尽くしていた。地下牢で反響する悲痛な叫びに、ナターシャはケラケラと笑う。
「ちょっと回復が遅れたらこの有り様。今の団長は歯ごたえが無いわね」
やれやれと両手を広げるナターシャ。迫りくるアドニスに、ギルラークはじりじりと後ずさりする。
「俺の…… せいか……」
ライロは唇を噛むと、直角に曲がってギルラークのもとへ急いだ。
フレンはギルラークの回復につきっきりだった。だからこそ、防御を無視してギルラークは攻撃を続けることができたのだ。その作戦は、ライロが俺を圧倒することを前提としたものだったのだろう。
だが俺は、あいつらの想定を打ち破った。サリーの剣はライロに届いた。ほんの少しの間、フレンの回復を遮ったことでギルラークは脆くも崩れたのだ。
息を切らしてライロがギルラークの前に立つ。あと一歩押し込んでしまえば、こちらの勝利が決まる。
だがナターシャは、アドニスを操る手をすっと下ろした。
「団長っ……! ご無事ですか?」
「ああライロ。よくやった」
常に厳しい表情をしていたギルラークが、頬を緩ませた。
「我々の勝利だ」
ギルラークへ駆け出したライロの足音と入れ替わり、ガシャガシャとした金属音が降ってくる。
俺とナターシャの後ろ。扉の奥にある螺旋階段。
「間に合わなかったのか……」
魔力切れの近い体はずしりと重い。もう打つ手はないのかと、半ば諦めて俺は振り向いた。
「嘘だ…… お前たち……」
絶望に満ちたギルラークの声が、行軍する騎士たちによってかき消される。
最下層の地下牢を繋ぐ扉から現れたのは、頭部を失った鎧人形の群れだった。




