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貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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79話 タイムリミット


「私がナターシャの相手をする。ライロはダレス君を、フレンはバックアップだ」


「「はい!」」


 地下牢の淀んだ空気が、ピンと張り詰める。

 ギルラークの指示を合図に戦いの幕が上がった。白銀の鎧をまとう二人が、全速力で俺とナターシャに迫ってくる。


「悪いがここで死んでくれ」


 ライロが勢いのまま剣を振るう。体重の乗った一撃を、サリーは大剣を掲げるように受け止めた。


「子どもの力じゃないな。これじゃあ化け物だ」


 サリーが押し返すと、ライロは軽く後ろへ跳んで距離を取る。まるで、鎧が布切れかと思えるほどの身のこなしだ。


 俺は胸に手を当て、荒くなりそうな呼吸を鎮める。

 焦りはサリーへの魔力供給に影響が出る。集中を切らせば、全てが台無しになってしまう。


 だけど、俺とは対照的にライロは落ち着きを取り戻していた。


「だが、凄まじいのは力だけ。剣の扱いに関しては子どもそのもの」


 ライロは勝利を確信したように口角を吊り上げる。俺はサリーに全神経を集中させ、真っ直ぐに突っ込ませた。


 死角から俺自身を狙われたら一巻の終わりだが、そうも言ってはいられない。一度の攻防で理解した。ライロは相当に強い騎士だ。


 振り下ろされた剣を、ライロは半身になってかわす。ブンッと風を切る音が俺の耳にまで届いた。サリーは体を捻り、そのまま連撃へと移行する。


「木の棒で騎士ごっこをしていた頃を思い出すな」


 涼しい顔でライロは攻撃をいなした。サリーの黒のスカートが大きく揺れ、耳を突く金属音が間髪入れずに響き渡る。


 力だけでなく剣速もこちらが上。なのに大剣の刃があと一歩届かない。


 明らかに攻めているのは俺たちの方だ。けど、追い詰められているかのような焦燥感が胸の中で広がっていく。俺の気持ちと連動しているかのように、サリーは大振りで剣を振った。


「素人もいいとこだぜ」


 サリーの剛剣を、ライロは真っ向から受け止めない。剣先を滑らせ受け流し、最小限の動きでかわしてみせる。そして流れるように、強烈な蹴りをサリーに打ち込んだ。


「サリー!」


 鉄のブーツは細身の腹部を的確に捉えた。サリーは弾丸のように弾き飛ばされる。

 一直線に飛んでくるサリーを、俺は抱きしめるように受け止めた。だが、大剣の重みに潰されその場に倒れ込んでしまう。蹴りがくるなんて微塵も想定していなかった。


 ライロの言う通り剣術に関して俺は素人だ。もちろんサリーにもその心得はない。今までの戦闘は、ただ力任せに剣を振って相手をなぎ倒すものだった。


 俺とサリーの戦法は、相手が魔物だからこそ通じたものであって。今、目の前にいるのは騎士団に所属するライロだ。彼からすれば、俺の操るサリーの剣など何も怖くはないのだろう。


「終わりだ」


 先に立ち上がったサリーの頭上に、高く振り上げられた剣があった。松明の赤を宿す刃が一直線に迫ってくる。回避は間に合わない――


「ライロ! 団長が!」


 フレンの悲鳴のような叫びを聞いて、ぐっとライロは腕を止めた。焦った様子で隣を見ると、そこには俺と同じように、地面に座り込むギルラークの姿があった。


「団長!」


 苦しそうに眉をひそめるギルラークに、ナターシャの操る騎士、アドニスが距離を詰める。鬼気迫る表情で、ライロはアドニス目掛けて飛び込んだ。


「止まれ!」


 ライロの放つ斬撃が漆黒の鎧の側面を捉える。空気が震えるほどの衝撃に、巨大なアドニスの片足が地面を離れた。


 アドニスが体勢を崩した隙に、ライロはギルラークを庇うように立ちはだかる。


「すまんな、ライロ」


「いいえ、相手は元騎士団長のアドニス様です。簡単にはいかないでしょう」


 脇腹を押さえながらギルラークは立ち上がる。


「ありがとうございますライロ」


「フレン、こっちこそ助かった。俺もまだまだ視野が狭いみたいだ」


 杖を掲げ、フレンはギルラークに治癒魔法を施した。


「あと一押しだったのに。まぁ、時間の問題かしら」


 アドニスの後ろで余裕たっぷりに笑うナターシャ。「黙れ」とライロは刺すような視線を向けるが、ギルラークは落ち着かせるように彼の肩を叩く。


「乗せられるなライロ。時間が無いのはあいつらの方だ」


「それはどういう……?」


「じきに遠征に出ていた団員達が帰ってくる」


 その言葉に、剥き出しの殺意を放つライロの瞳がほんの少しだけ穏やかになる。強張った肩の力を抜き、ライロはニタリと笑った。


「逃げ場のない地下牢で挟撃すれば、ナターシャといえど討ち取るのは容易(たやす)いはずだ。それまで耐えるぞ!」


「はい!」


 ギルラークは再び剣を構える。ライロと二人、牢屋のレスティーを守るために立ちはだかる姿は、強固な城壁のようだった。


 ギルラークの言うことが本当なら、俺たちは相当不利な立場にいる。ネクロマンサーは多方面からの攻撃にはめっぽう弱い。強化された死者は強力だが、それを操る術者はほとんど無防備に近いからだ。ナターシャの屋敷で背後から襲われ、俺はネクロマンサーの弱点を身をもって知った。


 ネクロマンサーのことをギルラークはよく理解しているのだろう。だからこそ、勝手に地下牢へと進んで行く俺を止めはしなかった。


 あらかじめ用意していた抜け道で先回りして、俺が説得に応じなければ、入り口から仲間の騎士と挟み撃ちにする予定だったのだろう。ナターシャまで招き入れることになったのは想定外だろうが。


「何を怯えているの? ダレス」


 もたつきながら立ち上がる俺を横目に、ナターシャは馬鹿にするような口調で言う。俺は何も言い返せなかった。さっきから足の震えが治まらない。


 もう少しでサリーはライロに斬り裂かれるところだったのだ。俺とライロの実力差はとてつもなく大きい。それに、他の騎士が合流するなんて考えたら。


「ナターシャ、ここは一度引いたほうがいいんじゃないか?」


「――あなたは何を言っているの?」


 怪訝そうにナターシャは片眉を持ち上げる。

 ふわりと上げた右手をアドニスに向けてかざした瞬間、身の毛もよだつ淀んだ魔力が、漆黒の鎧から溢れ出す。


「レスティーが目の前にいるのよ。逃げるなんて選択肢はないわ」


 燃えたぎるような怒りを含んだ声色に、背筋がゾクリと冷たくなる。

 敵対するギルラークでもライロでもなく、ナターシャの瞳にはレスティーしか映っていない。


「それにね、増援が来るなんてわざわざ聞こえるように話した理由は一つ。私たちに逃げてほしいのよ。そうすれば、レスティーを奪われるという最悪の事態は回避できる」


 ナターシャはピンと伸ばした指先でギルラークを指す。アドニスは連動するように大剣を突き出した。


「そうでしょ? 副・団・長・さん」


「意外に冷静じゃないか。食えぬ奴だ」


 きりきりと奥歯を噛むギルラークに、ナターシャは嬉しそうに口角を上げる。


「やはりアドニス団長はお強い。だが、時間を稼ぐだけなら無理な話ではないな。ライロ、フレン、まだ魔力は残っているか?」


「まだまだやれますよ!」


「もちろんです!」


 語気を強めるライロとフレンに押され、ギルラークは勝ち気に笑う。


「ならばここからは全力だ。出し惜しみなく魔力を使え」


 両手で剣を構えるギルラークから、眩い魔力が湧き出してくる。松明の火が激しく揺れ、俺の全身を疾風のように駆け抜けていった。ナターシャとは真逆の、清らかで温かな波動だ。


「さっきのが最後のチャンスだ。私はもう、膝をつくことはない」


 ギルラークの放った言葉には、心を震わせるような絶対的な決意が込められていた。



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