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貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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72話 正しい選択


 ネクロマンサー、死者を操る魔術の使い手。

 戦場では無類の強さを誇り、幾度となく立ち上がる死者の軍勢は相手を絶望のどん底へ叩き落としたという。


 その歴史と、生命への冒涜ともいえる能力故に、世間から()み嫌われる存在として扱われているそうだ。自分の身を守るため、俺はナターシャの言いつけ通り『人形師』という仮面を被っている。


 けれどその仮面は、全てを隠せてはいなかったようだ。


「フレン、俺は……」


「ネクロマンサーだということは否定しないんですね」


 フレンは抱えていた杖の先端を俺に向ける。いつも柔和な印象を振りまく瞳は、まるで獲物を追い詰める狩人のように鋭かった。


「キサラから離れなさい。私の目の前でそんなことはさせない」


 たまらず口ごもる俺に、フレンは鬼気迫る表情で詰め寄ってくる。なぜ彼女がここまで豹変(ひょうへん)したのか、俺には全く分からなかった。でも、キサラを救いたいという気持ちはフレンだって同じはずだ。


「治癒魔法はだめなのか? だったら俺なら、俺ならキサラを救うことができる」


「――救う?」


 フレンは眉をひそめて杖を振りかぶる。人々を癒すはずの鉄の棒が、空気を切り裂き俺の頬を打った。

 俺はキサラを守るように抱えながら、地面に倒れ込む。


 杖の装飾が荒々しく音を立てると、俺たちを見守っていたサリーがすっと腰を落として反撃の構えを見せた。どうやら俺が襲われたと勘違いしているらしい。

 心配するなと目配せすると、サリーはゆっくりと大剣を背中に仕舞った。


「死んだキサラを操ることが、どうして彼女を救うことになるんですか? それがいかに残酷な行為か、なぜ分からないんですか?」


 フレンは目を真っ赤にしながら声を荒らげる。感情を剥き出しにするフレンを初めて見た。俺は痛みの抜けない頬をそっと押さえる。


 どうしてフレンは俺を殴ったのか。その答えを考えても何も浮かんでくることはなかった。


「キサラが…… キサラがまだ生きたいと叫んでるんだ。だから俺は、その願いを叶えてやりたいだけなんだ」


 俺の熱意など振り払うように、フレンは怪訝(けげん)そうに目を細める。


「私だってキサラに生きててほしかった。けど死者は喋りません、当たり前のこと。それはただ、ダレスが聞きたいだけの幻聴です」


 フレンは俺の目を見据え淡々と告げる。現実を突きつける言葉の一つ一つが、鋭い刃となって俺の心を切り刻む。


「あなたはキサラを苦しめようとしているだけです」


 最後のフレンの一言が、ぐさりと胸を貫いた。俺は腕の中で綺麗に眠るキサラを見た後、流れるように視線をサリーへと向ける。サリーもまた、俺を見つめていた。


 その丸みを帯びた瞳の中に、凍えるような深い暗闇が広がっている。俺がサリーを繋ぎ止めているのは、愛情ではなく俺自身の独りよがりなのではないか。


 そんな予感は前からあった。サリーの()はなぜか聞こえないけれど、動く屍となった自分をどう思っているか気がかりだった。本当は苦しい思いをさせているのではないかと。


 フレンの言葉は、俺が都合よく抑圧していた気持ちを掘り起こしたのだ。俺がサリーと一緒にいたいと願っているだけで、サリー自身は、俺と同じ考えなのかは分からない。


 サリーのことを大切に思うなら、ネクロマンスなんてするべきではなかったのか。


「俺のやっていることは、間違いなのか……?」


 救いを求めるように、俺はフレンを見上げた。フレンはすっぽりと頭部を(おお)っていたフードをめくる。木々の暗がりの中に、癖のある金髪が毛先を揺らして現れた。フレンは少しだけ表情を和らげ、手を差し伸べる。


「間違っています。けれど、やり直すこともできます」


 仕舞いきれなくなって溢れ出した罪悪感を、フレンは浄化してくれているようだった。俺はすがるような思いで問いかける。


「俺は…… 俺はどうすればいい?」


 フレンは包み込むように慈愛に満ちた笑顔を俺に向ける。既に俺は、彼女に心を掴まれていた。


「私の言う通りにすれば、全て上手くいきますよ。大丈夫です。ダレスをネクロマンサーだと、ばらすようなことはしませんから」



◇◇◇




「えっ……? キサラ…… 一体どうしたんですか?」


 メロは目を見開き、両手で口元を押さえる。先程よりも熱を失った砂浜に、彼女の杖がばさっと落ちた。


 アシュードは俺の腕の中で目覚めることのないキサラを一瞥(いちべつ)すると、両目を片手で押さえて湖の方を向く。


 ルナール湖の穏やかな波の音が、パーティーメンバー全員を包んでいた。


「フレン、早く治癒魔法を! キサラの左腕がありません! このままではキサラが…… キサラが死んでしまいます!」


 メロは俺の隣に立つフレンに、語気を荒げて訴えかけた。けれどフレンは、目を伏せて静かに首を横に振る。


「嘘…… ですよね……? どうせ皆で、わたしのことをからかってるんでしょ。キサラ、もう起きていいですよ。こんな冗談は、さすがにわたしだって怒りますよ」


 茶化すように言うメロの声は震えていた。


「すまない…… メロ……」


 俺は深々と頭を下げる。メロの息を呑む音が耳に残った。


「何やってるんですかダレス!」


 さらさらとした砂を踏みつけながら、メロは俺の前に立つ。そして、キサラを抱えた俺の両腕を掴み、顔を上げた。幼さの残る丸い目は、真っ赤に腫れていた。


「どうしてキサラを守らなかったんですか!? キサラは戦えないんですよ。それはダレスも知ってるはずですよね?」


 メロは力任せに俺の両腕を揺すった。目を閉じたままのキサラは、抵抗することなく腕の中で揺れる。俺はメロの怒りを、ただ受け止めることしかできなかった。


「もうよせ、メロ!」


 アシュードが怒鳴ると、メロは俺の腕を乱暴に離した。


「わかってますよ…… ダレスは悪くないって。わかってますよ……」


 メロは崩れ落ちるように砂浜へ膝をつく。小さな頭を隠すつばの広い帽子が、嗚咽混じりの呼吸に合わせ小刻みに上下している。


「わたしにもっと力があれば…… あの時、わたしも一緒について行けたら――」


 メロと同じ事を俺も考えていた。俺に力があれば、キサラを守れたはずだ。


 過ぎたことを後悔しても何も解決しないことは分かっている。だけど、そう思わずにはいられなかった。


 子どもの頃に憧れていた冒険者になって、強くなれたと勘違いをしていた自分が恥ずかしい。俺はまだまだ弱いんだ。


 泣き叫んでうずくまるメロの背中を、フレンが優しく抱きしめた。



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