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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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72話 対峙


 螺旋状に続く階段をただひたすらに下る。


 軽快に石段を踏みつける音は周囲へ溶け込み、進むにつれて空気は肌を刺すような冷気を(まと)う。


 要所要所で、枝分かれしたように細長い通路が伸びていた。消えかかった松明(たいまつ)が照らすその先には、鉄格子で封をした小部屋がいくつか見える。もしかしなくても、ここは牢屋だ。


 俺は怯んで足を止めそうになるが、サリーは気にすることなく跳ねるようにして地下を目指す。着地のたび、肩をなでる毛先がふわふわと揺れていた。


 俺たちの存在を感じ取ってか、ガンガンと鉄格子を打つ音が耳に入った。場所はわからない。だが気にするべきは地上の騎士だ。


 地下に侵入してから少し経つが、追っ手が来る気配はない。あえて俺たちを招き入れているような不自然さを感じる。だからといって、どうすることもできないのだが。


「進むしか…… ないよな」


 小刻みになる呼吸の中で漏れた言葉に、自分の置かれた現状を改めて実感する。俺はフレンの、聖王国アストロイアの敵になったのだと。


 長く続いた階段の終点でサリーは立ち止まった。目の前には木製の大きな扉がある。まるでいつか見たダンジョンのボス部屋のようだ。


 ボス部屋という言い回しは決して誇張したものではない。この扉の向こうで、確かに人の気配を感じるのだ。


 あらかじめ俺たちを待っていたような、そんな気配が。


 その中に一つ、気味の悪い魔力を放つ存在が混じっている。こいつはなんだ? 似たようなものを知っている気がするが。


 俺が額の汗をぬぐうと同時に、サリーは勢いよく扉を蹴破った。この妹は、兄の気持ちなど考えてはくれないらしい。バンと扉が倒れると、弾けるように木片が散らばる。


 舞い上がる塵で細めた目が捉えたのは、鎧を着た二人の騎士と、見慣れた白いローブの女性だった。


「私は応接室に案内したはずなのだが」


 揺らめく灯りに照らされ、ギルラークは残念そうな口振りで言う。その隣でライロが「抜け道を作っておいて良かったぜ」と漏らして剣を抜き、少し後ろでフレンが杖を構えた。


 今回の旅で何度も想像していた場面が、ついに現実となって襲いかかる。丸みを帯びたフレンの瞳が、わずかに鋭くなった。わかっていたはずなのに、俺は少し胸が苦しくなる。その目は、魔物に向けていたものと同じだったから。


「まだ俺は助かりますか?」


 すがるように訴えかけた言葉が、石壁に囲まれた地下牢でこだまのように反響する。


 どうしてこんなことを言ったのか俺にはわからなかった。別に恐怖に押し潰されたわけではない。


 腹の底で蓋をしていた何かが不意に漏れ出したような、そんな感覚だった。


 ギルラークはきょとんと目を丸くすると、なだらかに伸びる顎髭をさする。


「ダレス君、私たちは君の味方だ。我々には共通の敵がいるんじゃないかね?」


 諭すような言い方をするが、隣の部下は今にも斬り殺しそうな勢いで俺を睨んでいる。


「フレンから話は聞かせてもらった。君は被害者だ。共にナターシャを倒そう」


「そんな言葉信じられるわけないでしょう」


 やめてくれ。俺を利用するな。もううんざりなんだ。


「なぜだ? 大切な妹を殺されたんだろう。その無念を私たちと晴らそう。だから、ナターシャの居所を――」


「信じられるわけないって言ってるだろ!」


 体が、顔が、耳が熱い。喉が開ききるよりも速く出た声は、かすかに上ずっている。

 俺の高ぶった感情に連鎖するように、サリーは大剣を引き抜いた。


「団長! 俺もう待てません。捕まえて拷問すればいい。そのためにここへ誘い込んだんでしょ」


 ライロは力強く剣を持ち上げる。頬に沿わせ構えた剣の先は、俺の喉元へ向けられていた。

 ライロの発言はやはりといったところで、心の冷え切った俺は驚きもしない。


「早まるなライロ!」


 威圧するようなギルラークの眼光に、ライロはたまらず唇を強く噛む。けれど、揺らめく松明の赤に染まる剣は俺を捉えたままで、指示に従う意思など微塵も感じ取れない。


「ダレス君。我々はまだ、話し合いで解決できる領域にいるんじゃないのだろうか?」


 両手を広げ、ギルラークは柔らかな眼差しを向ける。どこまでお人好しなのだろうか。それとも、まだ俺を騙せると本気で思っているのだろうか。


「話し合いと言うのなら、俺からの条件は一つだけです」


 一本立てた指先を、俺は向かい合う三人のその奥へと突きつける。サリーも同じように、大剣を薄暗い闇へと向けた。


「そこにいる人間…… いえ、ネクロマンサーは誰ですか?」


「団長! もう無理です! こいつは殺すべきだ」


「早まるなと言っているだろ!」


 ライロの殺気が空気を震わせ肌を焼く。反射的に俺は指を開き、サリーに魔力を注ぐ準備を整えていた。


 ギルラークが止めに入らなければ、今頃剣が交わっていたことだろう。俺は突き出した腕を下ろしながら息を吐く。交戦しなかったことに胸を撫で下ろしたわけではない。言うなればほんの少しの達成感と…… 深い絶望にだ。


 ギルラークは壁付けされた松明を手に取り、部屋の奥を照らす。剣を構えたままのライロが「止めてください」と叫ぶが、聞く耳を持たないようだ。


 影が伸び、大きな鉄格子がくっきりと浮かび上がる。見るだけで胃を締め付けるような冷たい入れ物の中に、彼女はいた。


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