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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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73話 目と耳を塞いだまま


「こいつはレスティー・アグナリア。先のモルジス王国との戦争で、休戦の条件としてその身を我が国に差し出された」


 ギルラークが松明(たいまつ)で照らした牢屋の中。無残に横たわる骨と皮だけの体を、薄い布切れが包んでいる。

 枝のように細い手足にじゃらじゃらと着けられた(かせ)が、生気のない彼女の自由を奪っていた。明らかに過剰な束縛。だが、死人であればこの檻も拘束具も必要ないものだ。


「なんで生きてる…… 処刑されたんじゃないのか?」


 サリーはネクロマンスされた死者として、レスティーの僅かな魔力を感じ取ったのだろうか。ナターシャとよく似た、胸糞悪いこの波長を。だから迷わず俺をレスティーまで導いてくれた。


(おおやけ)にはそう報じている」


 ギルラークは噛みしめるように呟くと、神妙な面持ちで俺に向き直った。


「レスティーは()()()()、ネクロマンサーだ」


 意図的に強調したギルラークの言葉に、俺は両目を見開いてしまう。


「ネクロマンサーは死者の声が聞こえるそうだな。だから、殺さずに置いている。見つけられて操られることのないように」


「なんで全部話すんですか、こいつは敵ですよ」


 息を荒くするライロの剣が上下に揺れる。ギルラークは松明を壁に戻すと、この場の全員に語りかけるように口を開いた。


「ダレス君、君の条件は呑んだ。今のが嘘偽りのない君の望んだ答えだ。だから話を聞いて――」


「なんで……」


 どんと俺は床に座り込む。足に力が入らない。自分を保っていた何かが、ぷっつりと切れてしまったようだった。


「なんで死んでないんだよ!」


 流れ出る(しずく)を俺はこらえようとはしなかった。この涙はよく知っている。不条理に押し潰された時に出てくるものだ。


 レスティーが生きている。この事実はネクロマンサーとしての俺を否定した。


 ナターシャは言った。レスティーを復活させるために必要な魔力は、自身のものだけでは足りないと。だからあいつは、サリーを犠牲にしてまで俺をネクロマンサーにさせた。


 だがなんだ、レスティーは死んでいないじゃないか。じゃあ俺は、何のためにネクロマンサーになった。なんで、サリーは殺されないといけなかったんだ。


 ナターシャの言いなりになってここまでやってきた。なのに――


「この仕打ちはなんだ。俺たちが一体何をしたっていうんだ」


 ぐしゃぐしゃになった顔で、俺はギルラークを睨む。こいつは悪くない。けれど、誰かにこの沸き上がる感情をぶつけるしかなかった。


 ギルラークは両方の眉を下げて苦々しく笑う。驚きの中に、哀れみを含んだような顔をしていた。


「なんだ、頭がおかしくなったか?」


 薄ら笑いながら、ライロは俺を見下す。


「今の内にナターシャの居所を吐くんだな。そうすりゃ、こいつみたいに命までは取らないでやる。まぁ、一生牢屋の中だがな」


「ライロ! 約束が違いますよ」


 傍観者だったフレンが割って入る。ライロは眉間に深いしわを作ると、剣を下ろして振り返った。


「どうしたフレン、こいつはネクロマンサーだ。俺たちの神を冒涜する悪魔だ」


「そう…… ですけど」


「素直に言うことを聞いていれば許されたのに、騎士団に剣を向けた。もうこいつを助けようなんて考えるな」


「うるさい!」


 ギルラークの一喝が地下牢に響く。ライロは「すみません団長」と(こうべ)を垂れるが、吊り上がった眉からは反省の色は見えなかった。


「私たちは話し合いをしにきたんだ。そうだね、フレン」


 柔らかな眼差しを向けられ、フレンは大きく頷いた。


「やはり私にはダレス君は被害者に見える。ナターシャに操られ、ここまで来たんだろう。辛かったな」


 俺は顔を伏せ何も返事をしなかった。だが、ギルラークは優しい口調のまま言葉を紡ぐ。


「我々を信用できないのも無理はない。確かに、この地下牢に君を誘い出すつもりだった。だがそれは捕まえるためでなく、万が一戦闘になった時、民間人に被害を出すわけにはいかないからだ」


 ギルラークは俺の前まで歩み寄り、(ひざまず)く。顔を上げると、白髭に包まれた唇が弧を描いていた。


「上からは手段を選ぶなと命令されている。だが私の守りたい子どもたちの中に、ダレス君も含まれているのだ。どうか、私の手を取ってはくれないかね?」


 手甲を外し、ギルラークは右手を差し伸べる。しわの多いゴツゴツした手だ。この手を掴めば楽になれるのだろうか。


 ふと浮かんできた甘えを振り切り、俺はフレンを見据える。騙されるのはもうこりごりだ。


「俺は信じない。フレンだってまだ俺を騙してる。そうだろ?」


 虚を突かれたようにフレンは目を丸くする。まるで、自分は何もしていないとでも言いたいかのように。


「それは違うぞダレス君」


 ギルラークは両手で俺の肩を揺らす。


「フレンは一番に君のことを考えていた。ナターシャの情報を話してくれれば、君と妹の安全は確実に保証されていた。フレンが必死で騎士団に掛け合ったからだ」


「えっ……」


 何を言っているか分からなかった。脳が勝手に、耳から入る情報を嘘だと決めつけているような。だけど、ギルラークの熱い眼差しは少しも演技とは思えなくて。


「なら、どうして馬車でここにくる間、俺を監視していたんだ?」


「何を言ってるんですか? 私は何も……」


「お前の仲間がいたろ。乗客のふりをして、俺が逃げないように見張っていた」


 俺の問いに、フレンは軽く首を傾ける。まるで俺だけが、見当違いのことを話しているかのような反応だ。一呼吸置いて、フレンは思い出したように口を開く。


「乗り合い馬車で一緒だった人たちは、本当に赤の他人です。モルジス王国と聖王国アストロイアの間には戦争の噂がありましたから、お互いに気を張っていただけですよ」


「そんな嘘が……」


「本当です!」


 フレンはいつになく語気を強める。迷いのない大きな瞳が、俺の胸に突き刺さった。


「ダレスが言った通りなら、馬車の中であなたを捕まえればいい。拷問でも何でもして、ナターシャの居場所を吐かせることだってできた。でもそうしないのは――」


「あなたが仲間だからです」


「……っ」


 喉の奥から勝手に声が漏れた。それを最後に、スラスラと並べていた否定の言葉がぴたりと出なくなる。


 なぜか胸が熱くなり、止まりかけた涙が次から次へと溢れ出してくる。


「初めて出会ったあの日を覚えていますか? 私は、妹を助けるために必死だったダレスの力になりたかった。私と同じ思いをしてほしくなかったから」


 心を覆う分厚い雲の間から光が差し込んだようだった。


 俺は勝手に自分の目と耳を塞いでいた。もう騙されないように、辛い思いをしないために。でもそれは真実さえも、仲間の声も遠ざける行為だった。初めて出会った時から、フレンは俺を助けようとしてくれたのに。


 本当の敵は、ずっとそばにいたじゃないか。


 フレンはにこやかに微笑み、明るい声色で言う。


「だから一緒に戦いましょう。幸せな未来のために」


「……ありがとう。フレンが仲間で良かった。でも……」


 気づけば俺はフレンから目をそらしていた。汚れた自分の靴が視界の中心に入る。直前のフレンの困惑した顔が、俺の目に焼きついている。


「ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい」


 俺は肩を震わせ両耳を塞いだ。それでもわずかにできた隙間から、「どうしたんだ」とギルラークの心配そうな声が入ってくる。


 俺は悪くない――


 全てを遮断する思いで、両耳を覆う手の力をさらに強める。


 けれど、直上から降ってくる足音が、容易に手の壁を通過するのだ。

 

 カツン、カツン、カツン。


 規則的で優雅な音なのに、背中で虫が這い回るような悪寒が俺を襲う。


「こんなところにレスティーを隠していたなんて」


 ねっとりと鼓膜にはりつくような声と共に、俺の背後からナターシャは現れた。


 予定通りの完璧なタイミングで。

 


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