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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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71話 暴走する妹


「さぁ、着きましたぞ」


 通りを抜けた一角でギルラークが立ち止まる。こちらに向き直ったその奥に、塗装の剥がれが目立つ白い建物があった。


 騎士団の詰所というから風格のある屋敷みたいなものを想像していたが、これではただの大きい箱だな。


 扉の前にいた騎士が、ガシガシと音を立てギルラークの下へ駆け寄ってくる。重いだろうに、騎士というのは常に鎧を着ているものなのか。


「団長、今日は非番では?」


「少し用を思い出してな。ところで中には誰がいる?」


「騎士見習いばかりですね。中堅以上はまだ任務からほとんど戻っていません…… 緊急の案件でしょうか?」


「いやいや。客人を連れてきてな、あんまり人が多いと驚かせてしまうだろう」


 表情を険しくする騎士の肩に、ギルラークはバンと手を置いた。


「ライロ、二人を応接室に案内してくれるか?」


「わかりました」


 ライロは足早にギルラークの隣を抜け、入り口への階段を上る。


「どうした? 遠慮するなよ」


 振り向きながら発せられた言葉には、気遣いよりも急かすような響きが強く含まれている。


 俺が懐疑的な視線を送ると、ライロは目をそらして頭頂部をかいた。ピンと上に伸びた短髪が、乱雑に押しつぶされる。


「行きますよ」


 歩き出したフレンが俺の顔を覗く。ついて来いと言わんばかりの圧だ。


 この中で何かが起こるのは間違いない。かと言って俺に退路があるわけもなく。

 こいつらが知りたいのはナターシャの情報だから、不意に殺されるなんてことはないはずだが。

 

「ああ、わかってるよ」


 (すく)むかと思えた足は、意外にもすんなり持ち上がった。心も体も覚悟は決まっているようだ。


 踏み出した足が地面につく直前。小さな影が、俺の隣を駆け抜けていく。


「サリー!?」


 視界にくっきりと映る黒のスカートと背中の大剣。

 とっさに出た妹の名前を押し戻すように、俺は右手で口を塞ぐ。


 この反応はまずい。


 俺の意思とは無関係に人形が動いたと悟られたら、今まで取り繕っていた人形師の仮面が剥がれ落ちてしまう。バレてはいるのだろうが、俺がネクロマンサーであることを知る人間は増やしたくない。


 聞かれてしまったかと辺りを見回すが、誰も俺に注意を向けてはいなかった。こうしている間にも、サリーは詰所と民家の隙間へと消えていく。この場の全員が、一人の少女に目を奪われていた。


「すみません、ちょっと失礼します」


「ダレス君! どうしたんだ?」


 ギルラークの呼びかけを無視して、俺はサリーの後を追う。今さら納得いくような説明なんてできるはずもない。


 あんなに人形らしく振る舞えていたのに、なぜサリーは飛び出したんだ。考えたところで答えが浮かんでくることはなく、俺はすぐに思考を止めた。今は少しでも早くサリーに追いつかなくては。

 

 ただ、詰所の角を曲がった瞬間。ライロが驚きもせず冷たい視線を向けてきたのを、俺は見逃さなかった。





 カシャン、カシャンと錆びついたフェンスが散乱する。サリーは行く手を遮る物を片っ端から斬り倒し、奥へ奥へと進んでいく。


 廃材となった塊を踏みながら、俺は暴走する妹の背中を追った。立ち止まるようにサリーへ呼びかけるが、言うことを聞く気配はない。


 息を切らしながら時折後ろを振り向くも、追っ手の姿は見えなかった。人一人がぎりぎり通れるぐらいの通路だ。頑丈そうな鎧を身に着けていては、ここを通れないのだろう。


 視線を前に戻すと、遠くでサリーがぴたりと立ち止まっている。

 やっとの思いで追いついた場所は、静かな中庭のようなところだった。


 四方は騎士団の詰所と同じ白の壁で囲まれ、地面からは無造作に雑草が伸びている。四角に縁どられた青い空を、大きな雲がのんびりと泳いでいた。


「誰だお前たちは!?」


「まずい、武器を持ってる。やるしかないぞ」


 青年二人が大剣を握るサリーを見やり、恐々(こわごわ)と剣を抜く。鎧を着ていないところをみるに、こいつらが騎士見習いか。


 腰の引けた二人の奥。中庭の真ん中に、古い石造りの建造物がある。何かの祭壇か? だが、よく見ると地下に向かって階段が伸びている。


 向けられた刃にではなく、守られている何かに俺は意識を向けていた。


「早く剣を下ろせ! ここがどこかわかっているのか!?」


 威勢だけは一人前に、騎士見習いの男が言い放つ。


「俺はダレスといいます。ギルラーク団長に案内されてここに来ました。あなた達と争うつもりはありません」


 そうだ。まだ俺は、明らかな敵対行為を取っているわけではない。すっと両手を上げると、サリーも俺の心情を察したように大剣を仕舞った。


 多少無理はあるが、人形が誤作動を起こした、なんて嘘でここを切り抜けるしかない。ここは敵地のど真ん中。まだレスティーを見つけてもいないのに、戦い始めるべきではないのだ。


 俺は強張った笑みを浮かべ、相手の反応を(うかが)う――


「信じられるわけないだろ」


 まぁ、そうだよな。


 騎士見習いは互いに顔を見合わせると、鏡に映したようにコクリと頷いた。


「そのままで待て。に、逃げたり抵抗しようなんて真似は考えるなよ」


 睨みを利かせて剣を持ち上げるが、その鋭利な先端は微かに震えている。戦いを避けたいという思いは、お互いに一致しているんだろうが。


 その間に、もう一人が中庭と詰所を繋ぐ扉へと走っていく。剣を向けた騎士見習いが、まだかまだかと相方の背中を目で追った。その瞬間だった。


 サリーは地を蹴り、張り詰めた空気ごと切り裂くように前へ飛んだ。相手の視線が戻るよりも速く、サリーは距離を詰める。そして、大きく目を見開く騎士見習いの顎を蹴り上げた。


 握りしめた剣と共に、青年の体が宙に舞う。無造作に広がるスカートの中から、スラリと天に伸びる細い足。


 仰向けで落ちていく男を背に、サリーは続けて詰所に向かう騎士見習いを狙う。


「ひっ!?」


 ドスンと背中から落ちる音に、仲間は肩をすくめて振り向いた。


 そのみっともない横顔めがけ、リボンをあしらった靴が高速で迫る。

 

 息を呑むほどに美しい回し蹴り。


 吹き飛ばされた騎士見習いは、白い壁に叩きつけられ動かなくなる。


 やってしまった。


 もちろんこの惨劇に俺の意思は反映されていない。サリーの独断専行だ。けれど、客観的に見ればどうだ。

 争うつもりはないと両手を上げてからの、お手本のような不意打ち…… 弁明の余地もない。


「何があった!?」


 勢いよく開く扉に、俺の心臓がドクンと跳ねた。

 詰所から出てきた騎士が周囲を見回し、俺と視線がぶつかる。俺はただ、苦々しい笑みを返した。


「戦える奴は全員出てこい!」


 詰所に向かって騎士が吠える。まずい、まずいぞ。


 もう戦闘は避けられない。来た道を戻って逃げるか? いやだめだ、先回りされて出口を塞がれてしまう。


 危機を脱する方法を模索するが、出てくるのは冷たい汗ばかり。うつむくと無意識に(まぶた)が落ちてくる。


 光が消えかかった視界の端を、颯爽とサリーが通り過ぎた。


「サリー! 待ってくれ」


 閉じかけた瞼が勢いよく持ち上がる。


 サリーは俺の声に反応しない。倒れた騎士見習いの横を抜け、彼らが守っていた地下へと伸びる階段に向かっていく。


 迷いのない行動には、しっかりとした動機が伴っているように思えた。サリーには一体、何が見えているんだ。


 一刻も早く逃げ出したいところだが、俺一人ではどうすることもできない。


 頭を抱えながら、俺はお転婆が過ぎる妹の後を追った。

 

 

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せめて声が聞ければ説明してくれたかもしれないのにおのれナターシャ
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