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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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70話 真実が知りたい


「フレンが世話になったようだな。ありがとう」


 穏やかに微笑みながら、ギルラークは差し出した俺の手を握る。手甲(てっこう)に覆われた手はひんやりと冷たい。手の震えは伝わってはいないだろうか。

 

 唾を飲み込む俺の隣で、フレンは「私がお世話していたんですよ」と冗談ぽく付け足した。


「ところでその子は?」


 ギルラークは少し興奮気味に、俺の隣で立つサリーを指差す。感情の見えないサリーの瞳が、ギルラークだけを捉えている。


「俺の人形です。俺は人形師なんです」


「実にかわいらしいな。娘に見せてやりたいよ」


 白い顎髭をさすりながらギルラークは声を弾ませる。


 本当のことはフレンから聞いているだろうに、俺の嘘に全く反応を示そうとしない。


 その身振り言動、全てが白々しくて反吐が出る。


「そうだ、先ほどは見苦しいところを見せてすまなかった」


 申し訳なさそうにギルラークは眉尻を下げる。突然の謝罪に、俺はパチパチと目を瞬かせた。


「どう考えても高齢者を擁護するのではなく、子どもを助ける場面だった。だがこの国は、そんな簡単なことも分からなくなってしまったのだ」


「団長は悪くありませんよ」


「いやいや、私も長く国に仕えた者の一人だ。相応の責任はある」


 ライロの澄んだ瞳からギルラークは目をそらす。


 きっとギルラークは、俗に言う良い人なのだろう。愚直なライロも、それにフレンだって。貧民街で毒された俺にもそれは分かる。


 俺と同じように不条理に苦しめられながらも、折れることなく抗おうとしているのだ。


 ギルラークも、ライロも、フレンも。少年を殴ろうとした老人のように、心の奥は醜くあってくれればよかったのに。そうであれば、俺の心は痛まなかったのに……


「ダレス君はこの国の出身ではないね? お詫びと言ってはなんだが、この街を案内させてはくれないだろうか?」


 思考の海に沈みかけた俺を、ギルラークが呼び戻した。


「ありがたいのですが、実はもうフレンに案内してもらう予定でして」


 顔を引きつらせフレンに視線を送る。俺の表情を読み取ってくれたのか、フレンは「そうなんです」と笑顔で応えた。


 フレンがいるだけでも自由に動けないのに。ギルラークまでついてきたら、レスティーの死体を探すなんてことは不可能だ。


「それは残念ですな。せっかく大聖堂も案内できるところだったのだが」


「大聖堂!?」


 思わず心の声が漏れてしまう。ギルラークは嬉しそうに口角を上げた。


「本来であれば一般人は立ち入れない場所ですが、ちょうど用事がありましてな。せっかく首都ストラムまで来られたのです、外だけでなく中も覗いてみては?」


 ギルラークが見上げた先。街に降り注ぐ快晴の光を、巨大な建物が遮っている。


 まさか、あの大聖堂に入れるチャンスが転がり込んでくるとは。ここにはさすがのナターシャも入ったことはないだろう。


 見張りが付いていようが、この好機を逃す理由はない。少なからずレスティーの情報もありそうだ。


「ぜひお願いしたいです。いいよなフレン?」


「えっ? そんな…… よろしいのですか?」


 少し吹っ切れた俺に対し、フレンは困惑した様子でギルラークの顔を覗く。


「もちろんだとも。ダレス君もそう言ってくれると思いました」


 愉快そうにギルラークは笑う。だがフレンの表情には影が残ったままだ。

 俺を監視したいのなら、大勢の方が都合がいいだろうに。


「さっそく向かいたいところなのだが、一度騎士団の詰所に書類を取りに行く必要があってね。悪いが二人にも付いてきてもらってよいかな?」


「俺は構いませんよ」


「私もです」


「よしでは行くとしよう。ライロはどうする? 今日は非番であろう?」


「それを言ったら団長もですよ。俺も一緒に行きます」


「そうかそうか。若人(わこうど)たちと休みを過ごせるなんて、私もまだ捨てたものではないな」


 機嫌よく鉄製の靴を踏み鳴らすギルラークを先頭に、俺たちは街の中心部へと入っていく。


 市場を抜けてしまうと、傷んだ家屋や散乱したゴミなんかが目立つようになった。圧倒された街並みは、歩みを進めるごとにみすぼらしいものへと変わっていく。この国を覆う上っ面の膜を、ぺりぺりと剥がしているようだった。


 ギルラークは簡単な歴史を交えながら、立ち並ぶ像なんかを紹介してくれている。心底どうでもいい。俺が適当な相槌を返していると、ライロがギルラークの隣に駆け寄り、話を広げだした。


 ウケが悪いとでもギルラークは察したのか、「この店のパンが美味い」などと話題を軽くする。それもどうでもいい。


 ギルラークの話を右から左へ流しながら、俺は死者の()に耳を傾ける。大聖堂が近づいてはきたが、何も聞こえてくる気配はない。ナターシャの師匠であるレスティーなら、特徴的な声をしていそうなものだが。


「ダレス」


 隣からポンと肩に手を置かれ、遠くに焦点を結んでいた瞳が戻ってくる。声の主はフレンだった。


「どうしたんだ?」


「あの…… その……」


 直ぐに手を離すと、フレンは気まずそうに視線を泳がせる。


 二人の間に流れる沈黙。


 フレンの足取りは重く、前を行くライロとギルラークの足音が少しずつ遠ざかっていく。


「――私が子どもの頃の話なんですけどね」


 フードの中で広がる髪を指先に絡め、フレンは静かに口を開いた。微かに震える唇には、言葉を紡ぐ準備は整っていないように見えた。


「妹がいたんです。エイラっていって、人と接するのは苦手なんだけど、私にはなんでもおしゃべりしてくれる普通の女の子で…… ごめんなさい急にこんな話」


 胸の前でひらひらと両手が揺れる。ぷつりと切れた言葉は、俺に伝えようとした何かを強引に引っ込めたように思えて。


「いたっていうのは?」


 反射的にフレンが俺の顔を見上げる。隣を歩き始めてから、やっと彼女と目が合った。


 いつも自信満々で、何もかもを見透かしているような澄み切った瞳には、涙の膜が張っている。俺は何も言わず、フレンの言葉を待っていた。


「――いたっていうのは、もうこの世にはいないという意味です」


 指先でまぶたを拭うと、フレンは薄汚れた通りを見やる。


「エイラも私も、小さい頃は市場の子どもたちと同じように朝から晩まで働いていました。来る日も来る日も畑を走り回って。それが日常で、当たり前で。苦しい日々でしたが何も疑ったりしませんでした」


 いつも華やかに振る舞う裏側には、過去の苦労があったと。貧民街で育った俺からすれば、大した事ないようにも見える。不幸自慢をしたいわけではないが。


 ただ、フレンでさえ辛い時期を過ごしていたのなら、この世界の人間は誰しも何かしらの不幸が降りかかるようになっているのだろう。


「でもある日、私に治癒魔術の素質があると見抜いた人がいて。その人が私をこのストラムに連れてきてくれたんです」


「よかったじゃないか」


「はい…… ですが……」


 そこが人生の転機になったような口振りだが、フレンは儚げに目を伏せる。


「治癒魔術師は貴重で、お金が稼げる仕事だと教わりました。だから必死で勉強して腕を磨いて。すぐに一人前だって言われるくらいになったんですよ」


 にっこりと両目を細めるのだが、その仮面は薄く、今にも剥がれ落ちそうだった。


「これで家族みんなが幸せになれると思いました。けど遅かったんです」


「遅かったって……?」


「久しぶりに家に帰った時には、もうエイラは死んでいました。聞けば、私の分の仕事もエイラが引き受けていたそうです。「家族が抜けた穴は家族が埋めろ」と責められていたようで」


 俺が目を見開くと同時に、無理やりに作った笑顔の上を一筋の雫が通っていった。フレンはフードをめくり、「ごめんなさい、こんなはずじゃ……」と手の甲でそれを拭き取る。


「私を守ろうとしたんでしょうね。誰にも文句を言わず、小さい体で二人分の仕事をして。――せっかく、さっきのパン屋さんのパンも買って帰ったのですが、無駄になってしまいました」


 ふざけた調子でフレンは軽く舌を出す。しかし、その大きな瞳はうっすらと赤みがかっている。


「どうして妹の事を俺に教えてくれたんだ?」


 口からすっと出た言葉は、優しさの膜に包まれてはいなかった。


 まず初めに浮かんだのは、かわいそうだの、辛かったねだの、フレンを思いやるものではなかった。


 なぜこのタイミングで俺に妹の話をしたのか。話をするなら機会は何度だってあったはずだ。


 フレンの本当の気持ちだけが知りたかった。他はどうだってよかった。


「それは……」


 こちらを向いたフレンは、虚を突かれたように目を丸くした。そしてためらうように視線を落とす。


 髪を耳の奥に押しやり戻ってきたのは、出会った頃に見せたような、完璧な笑顔だった。


「だって、私たち仲間じゃないですか」


「仲間…… そうだな」


 誰もが好意を抱くような愛しい笑顔は、絵に描いたように洗練されている。


 眉、瞳、頬、唇。正しい角度で整ったその全ては、まるで嘘のように美しかった。



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