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貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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70話 二人の約束


 動かない水竜に、冒険者たちの雄叫び。そして漂う血の臭い。


 戦いが終わったという実感が、遅れて俺の五感を支配する。


 俺はどさっと崩れ落ちるように砂浜に座り込んだ。火照った体と同じくらいに、さらさらとした砂は熱を持っている。


 戦場を冷やすように波風が吹き寄せると、伸びすぎた前髪が頬を隠すように流れた。こんなに風が心地よいと感じたのは久しぶりだった。


「フレン! こっちに来てくれ、怪我してる奴がいる」


 勝利の余韻に浸ることなく、アシュードは厳しい剣幕で呼びかける。


 戦闘に集中して気付かなかったが、お互いを称え合う冒険者の中に手足を押さえてうずくまる者が数名いた。

 意識を失っているほどの重傷者はいないようだが、まだ戦いは完全に終わったわけではなさそうだ。


「すぐ行きます」


 フレンは杖を手に怪我人のもとへ向かう。アシュードは負傷した冒険者に肩を貸し、足場のしっかりした地面へと移動させている。


「俺が前に立っていながらすまねぇな」


「そんなことないです。アシュードはとても立派でした」


 丁寧に地面へ置かれた冒険者に、フレンが治癒魔法を施す。その隣で、アシュードは悔いるように呟きながら次の負傷者を運んでいた。


 集団での戦闘、しかも相手は水竜だ。死者が出てもおかしくなかっただろう。これだけの被害で済んだのは、攻撃を引き受けてくれていたアシュードのおかげだ。


 本人は自分を責めているのかもしれないが、この場の誰一人として、アシュードを悪く言う奴はいないだろう。


 俺は体を前に倒して膝に手を突く。ずっと休んでるわけにもいかない、何か手伝わないと。


「ダレス、ちょっといいかな」


 ゆっくりと立ち上がる俺を、キサラが呼び止める。


「どうしたキサラ?」


「まだ周りに魔物がいないか心配でね。確認するのに付き合ってほしいんだよ」


 キサラの眼差しは真剣そのものだった。水竜が倒れた時には一番に喜びの声を上げていたが、緊張の糸はまだ切れていないようだ。


「アシュードとフレンの手伝いはいいのか?」


「他にも動ける冒険者はいるし、それに岩壁の上から攻撃してた冒険者もこっちに向かってる。人手は足りてるよ。わたしは、この状態で魔物に襲われることの方が心配」


「それもそうか」


 ここで治癒魔法が使えるのはフレンだけだし、俺に出来ることは思っているより少なそうだ。だったら、キサラについていくのが正解だろう。


 アシュードたちの方を向くと、トージも率先して救護に加わっていた。どうやら彼も無事だったらしい。


「わ…… わたしも行きます……」


 後ろから今にも力尽きてしまいそうな細い声。振り向くと、杖に体をぐったりと預けたメロが、よろよろとこちらへ近づいてくる。


「大丈夫だよ。メロは休んどきなって」


「そうだぞ。俺とキサラが周辺の様子を見に行ったって、後でアシュードとフレンに伝えといてくれ」


「そんなー。置いてかないでくださいー」


 メロは目を潤ませながら、ふらふらと片手を伸ばす。俺とキサラが苦々しく笑いながら手を振ると、メロはがっくしと頭を下げた。


 自分も何かしたいという気持ちはよく分かる。けど、魔力を使い果たしたメロに必要なのは休養だ。


 俺はサリーを呼んで、キサラと共に茂みの中へと入っていく。



♢♢♢



「近くに魔物の痕跡はないみたいだね」


 キサラが短剣で伸びた草木を軽く払う。さっきも通った森の中は、変わらず日差しが地面まで届いていなかった。


「その…… ありがとね、ダレス。わたしについてきてくれて」


 俺の近くに戻ってくるなり、キサラは照れくさそうに頬をかいた。


「当たり前だろ。急に魔物が出てくるかもしれないし」


「ううん、そうじゃなくて」


 俺が真顔で言うと、キサラは柔らかく両目を弧にしならせる。


「ほら、ルナードさんたちを呼びに行ったこと。わたしだけだったら、きっと上手くいかなかったと思う」


「俺は何もしてないよ」


「そんなことないって。わたし喋ってる時、心臓バックバクいってたもん」


 キサラは少しおどけながら両手で左胸を押さえる。


「ダレスがいたから頑張れた。上手くいった」


 言い切ると、俺の返事を待たずにキサラは走り出す。少し進んで振り向いた彼女は、満面の笑顔で俺を見た。ちょうど立ち止まった場所には木々の隙間から光が届いていて、キサラの大きな瞳を煌めかせていた。


「だから、ありがとう」 


 純粋で真っ直ぐな感謝の言葉に、俺は強く胸を打たれた。一瞬、時が止まったような不思議な感覚だった。


「――あぁー、恥ずかし。顔あっつー」


 キサラはすぐに顔を背け、手のひらでパタパタと顔を扇ぐ。明るい調子のキサラに、俺はクスッと笑みをこぼした。


「もう、人が真剣に話してたのになんで笑うかな」


「ごめん、ごめん。いつものキサラだなと思って」


 ふくれっ面で怪訝な目を向けるキサラ。俺は軽い感じで言葉を返す。ふいに視線が交わると、俺とキサラは吹き出すようにして笑った。


 ふと俺は、パーティーを組んでからの日々を思い返す。貧民街にいて、こんなに笑うことなんてあっただろうか。


 お金を稼ぐため、自分の魔力を高めるために冒険者になった。それはただ、自分の目的を達成するための手段でしかない。


 けど、キサラやみんな、水竜討伐に協力してくれた冒険者たちだって、心の根っこの部分は冒険者としての誇りをもっている。助けを必要としている人の役に立ちたいという気持ち。

 申し訳ないが、俺にはそんな大それたものは持ち合わせていない。


 けど、冒険者としての日々を送る中で気づいたこと。キサラにアシュードにメロ、きっとフレンだってこの世界が素晴らしいものだと思えている。だからこそ、仲間のために、顔も知らない誰かのために戦えるのだ。


 俺にはまだそこまでの気持ちはないけれど。こうして仲間たちと笑いあえる日々は、かけがえのないものになっている。


 当初の目的だったルナール湖のクエストを終えた今、このパーティーは解散するのだろうか。


 俺としては、妹のサリーとリゼと暮らしながら、時折キサラたちとクエストをこなす生活ができればなんて考えてしまっている。


 家族以外の人間と自分から関わりを持ちたいなんて、前の俺には想像できないことだろうな。


「キサラ」


 だからこそ俺から伝えるべきだと思った。この世界は美しいのかもしれない。今の俺にも、うっすらだけどそれが見えるようになっている。


「このクエストが終わっても、俺をパーティーに置いてほしい」


 胸が焼けるように熱い。心なしか目が潤んできたようだ。キサラはぽかーんと間の抜けた顔をしているが、俺は身構えながら返事を待つ。


「何言ってんの、そんなの当たり前じゃん」


「へっ……?」


「えっ!? もしかしてこのまま抜ける気でいたの?」


「いや…… だって初めはその約束で誘ってくれたんじゃ?」


「そうかもだけど、わたしたちもうその程度の仲じゃないでしょ。――てか逃さないよ」


「なんか怖いな」


 キサラは腕を組んで唇を尖らせる。俺は内心ホッとしながら大きく息を吐きだすと、キサラは眩しいほどの笑顔を見せた。


「これからもよろしくね、ダレス」


「あぁ。よろしく、キサラ」


 俺はキサラに向かって力強く一歩を踏み出した。今まで俺のことを包んでいた闇から抜け出すように。


 だけど―― 


「危ないキサラ!」


「えっ……?」


 俺が叫ぶよりも速く、茂みの中から砲弾のような影が一つ。猛烈な速度で木々の間を抜け、無防備なキサラを襲った。


 キサラは俺の声に反応できたが、まともに回避行動を取る時間などなく。


 わずかに半身をずらしたキサラの左肩を、大きな水の塊が無慈悲にえぐり取っていった。



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