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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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69話 二人の関係


「なんとかなって良かったな」


「そうですね……」


 俺はほっと息を吐きだしながら口を開く。


 わだかまりは残るものの、騎士団の働きによって少年が理不尽な暴力を受けることはなかった。

 しかし、一連の騒動が終息しても、フレンは苦い顔をしたままだった。


「フレンが俺を止めたのは、あのムカつくジジイが原因だよな」


「止めてください、誰かに聞かれてしまいます」


 俺があっけらかんと言い放つと、フレンは眉間にしわを寄せる。これで俺は確信した。


 この国はどこかおかしい。きっとあのジジイだけが元凶ではないだろう。

 改めて周囲を注意深く観察すると、(きら)びやかな服を着ているのも、楽しそうに食事をしているのも年寄りばかりだということに気づく。


「もう察していると思いますが、この国の高齢者への待遇は異常です」


 フレンはすっと隣に移動し、俺にだけ聞こえる声で続ける。


「聖王国アストロイアだけでなく、発展を遂げている国はどこも先達の功績あってのものです。それを称えるのに文句はないのですが……」


 フレンは神妙な面持ちで、通りの両端に連なる露店に目をやった。その視線をたどり、俺は目を凝らす。


「子どもも多く働いているみたいだな」


 華やかな年寄りばかりに目がいっていたが、どの店でも子どもが働いている。店の裏から品物を取り出したり、食事を運んでいるのも子どもだ。


 金銭のやり取りなんかは大人がやっているが、だいたいの雑務は子どもが受け持っている。覇気のない小さな背中に、胸の奥がずんと重くなる。


 手紙を運んでいた少年もそうだったか。あの子たちが本来持つべき目の輝きは、どこにも見当たらない。まるで、俺の育った頃の孤児院を覗いているようだった。


「この子たちはまだマシな方です。地方に住む子は一日中、畑で力仕事をしています」


「なんで子どもがそんなことを……」


「私たち聖王国アストロイアの民は、高い税と労働を強いられています。全ては、高齢者のために」


 フレンは力なく呟き、目を伏せる。その仕草から、現状への不満と、だからといってどうすることもできない諦めを感じた。


「大人の働き手の収入なんて僅かなものですから、子どもたちは学ぶ機会も与えられず働きに出ます。子どもが笑顔でない国に未来はありません」


「そんな問題があったのか。綺麗な街並みだし、てっきり俺は裕福な国かと思っていたよ」


「こんなものは、高齢者を満足させるための張りぼてですよ」


 どこまでも続くように見える白の通りを、フレンは遠い目で見つめる。憧れすら抱きたくなるこの景色が、一瞬の内に空虚なものへと変わっていった。


「国を動かす権力者は高齢者で構成されています。彼らは次の代のことなど気にせず、甘い蜜を吸い尽くすことしか考えていません。だから強行策なんか――」


 不満をぶちまけていたフレンがぴたりと固まる。


 何があったのかと視線を追うと、老人から少年を守った青年、ライロが目を細めてこちらを見ていた。


「そろそろ行きましょうか」


 急かすように言うフレンを、快活な声が呼び止めた。


「フレン! フレンじゃないか!」


 直前まで細めていた目を大きく開き、眩い笑顔でライロが駆け寄ってくる。鎧を身につけていることを忘れたかのような軽い足取りに合わせ、清潔感溢れる短髪がふさふさと揺れた。


「知り合いなのか?」


「まぁ、何と言いましょうか……」


 フレンはむっとした様子で、騒がしく近づいてくるライロを見ていた。二人のこの温度差はなんだ。


 さらに注意を引こうと、ライロが突き上げた腕を大きく振った。もう一度フレンの名を呼んだところで、俺と目が合う。するとライロは、慌てて手を引っ込めながら歩幅を狭めた。


「いやー、そのー…… 間違えました……」


 頭をかきながら言葉を詰まらせるライロ。対してフレンは無言の笑みで応える。


 フレンがこの顔をする時は、怒っているか相手を軽蔑しているかのどちらかだ。何度も経験した俺が言うんだから間違いない。


 俺は向かい合う二人をじっと観察する。


 お前ら絶対に知り合いだよな! と出かかった言葉を無理やり押し戻して。


 「何言ってるんですかライロ。私の顔を忘れたのですか?」


「ああ、そうだよな! やっぱりフレンだ。前よりも美しくなってるから気づかなかったよ」


「あら、ライロこそ口がだいぶ上手くなりましたね」


 どことなくぎこちない会話を二人は続ける。


 ライロを避けようとしたフレンと、俺に気づいた時のライロのやってしまった的な反応。そこから察するに、こいつらの関係性は俺に知られたくなかったのだろう。


 っていうか女性に「美しく」なんてさらっと言えてしまうとは…… 俺なら顔から火が噴いてしまう。(つら)の良い男は、そういったスキルも備えているものなのか。


 圧力のあるフレンの笑顔もほんのり和らいだように見えるし、これを狙ったのなら素晴らしい効果だ。俺が言ったなら…… いや、想像するのは止めておこう。


 小さくため息を吐きながら、俺は首を横に振る。今考えるべきことは、内容のない話を続けるフレンとライロを揺さぶる一手だ。


 一つ咳払いをして俺は口を開く。


「二人はどういう関係なんだ?」


 今日の天気について語ろうとした二人が固まる。フレンは一瞬でよそ行きの笑顔を作り上げ、ライロは頬をかきながら混じり気のない青空を見上げた。


「そういえば紹介がまだでしたね」


 フレンはライロにすっと手のひらを向ける。


「聞いていたかもしれませんが、こちらロイデール騎士団のライロです」


「ライロ・アルランデだ。よ、よろしく」


 ライロは少し困惑しながらも右手を差し出した。


「ダレス・ハーパーです。フレンとはパーティーを組んでいました」


 握った手は大きく力強い。指の付け根で潰れたマメが、日々の鍛錬を連想させる。


「……で? どういう関係なんですか?」


「いやー…… その……」


 またしてもライロは空を仰ぐ。頬から伝う汗が首筋を通り、鎧の中へと消えていった。


 ライロは表情を隠すのが得意ではないらしい。その反応は、俺に秘密があると伝えているようなものだぞ。


「何をもじもじとしているんだライロ。お前とフレンは仲間であろう」


「団長……!?」


 ライロが声を上ずらせる。


 「みっともないぞ」とこぼしながら、白髪の騎士、ギルラークが俺たちの輪に入ってきた。


「仲間というのは?」


「フレンは優秀な治癒魔術師ですからな、騎士団の任務に参加してもらうことも多々ありまして」


 俺の問いに、ギルラークは迷うことなく言い切る。真っ直ぐに見据えられた瞳は、力強さよりも優しさの色が強かった。

 けれど、フレンの関係者であるという紛うことなき真実が、俺の背筋を冷たくさせる。


「挨拶が遅れました。私はロイデール騎士団副団長、ギルラーク・ヘイデンと申します」


「団長は団長ですよ!」


「おお…… これは失敬しました。団長になってからしばらく経つのですが、昔の癖がなかなか抜けないもので」


 両手を胸の前で握りしめるライロに、ギルラークは頬のしわを持ち上げて笑う。


「どうも、ダレスといいます。フレンとは同じパーティーで――」


 自然に出せたと思えた俺の手は、微かに震えていた。

 何もギルラークを恐れているからではない。この瞬間、ナターシャとの会話が鮮明に蘇ったからだ。


 ナターシャは言っていた。


 ――この前の戦争で、相手の騎士団長を討ち取ったと。


 俺が当事者ではないことはわかっている。だけど、ナターシャの下で動いている俺は、こいつらにとって憎い敵なんだ。


 改めて俺は認識する。ここは聖王国アストロイアなのだと。



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