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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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58話 本当の悪は


「どうしてその名前を?」


「彼女は有名人ですよ。私の出身である、聖王国アストロイアでは……」


 視線を足下に向けたまま、フレンは噛みしめるように呟いた。月明かりに照らされた雑草が、心地よさそうにさらさらと揺れている。


 俺の生まれ育ったモルジス王国は、少し前に聖王国アストロイアと戦争があった。ナターシャと、彼女の師匠であるレスティーは、ネクロマンサーの力を使ってその前線で戦っていたらしい。


 最終的には、モルジス王国が降伏。聖王国アストロイアの出した、レスティーを引き渡すという条件を呑んだと聞いているが。


「私にナターシャの居所を教えてください。彼女を巡って、また戦争が起きようとしています」


「そんな……」


 顔を上げたフレンの表情に一切の曇りはない。冗談という訳ではなさそうだ。今思えば、冒険者ギルドでの噂や、王都の様子からも戦争の影はちらついていた。


「確かに、俺はナターシャを知っている。けど、なんであいつが戦争の火種になるんだ?」


「ネクロマンサーが、私たちの国で信仰する神の教えに反するからです。この間の戦争も、強力なネクロマンサーであるレスティーを排除することが目的でした」


「だから次はナターシャだと」


「そういうことです」


 フレンは力強く俺を見据える。


「このままでは戦争は避けられません。大勢の命が失われるでしょう。ですが、ダレスがナターシャの居所を教えてくれれば、戦争を回避できます」


「ナターシャの命と引き換えに……」


 俺が静かに言うと、フレンはこくりと頷いた。


 冒険者として活動を始めた頃、俺はあのナターシャに、感謝するようにさえなっていた。ネクロマンサーの力を授けてくれたお陰で、サリーと一緒に過ごせたし、一番下の妹、リゼの住む場所を与えてくれたからだ。


 レスティーを復活させるというナターシャとの契約。冒険の日々は、ネクロマンスに必要な魔力を養うためのものだ。でも、少なからず、彼女のために何かしてやりたいという気持ちもあった。


 ふと覗き込んだフレンの瞳の中で、吸い込まれた星々が瞬いている。


 今はもう、ナターシャへの熱は冷めた。ネクロマンスという行為自体が、死者を苦しめるものだとフレンが気づかせてくれたから。


「言いにくいのですが、次に戦争が起きればモルジス王国は壊滅するでしょう。ダレスの故郷(こきょう)もきっと……」


「それはいいんだ」


 俺が被せるように言うと、フレンは虚を突かれたように目を丸くし言葉を失った。


「あんな場所、なくていい」


 生まれ育った貧民街のことを、大切に思うはずがない。俺から全てを奪っていったあの場所を……


 孤児院の子どもたちや、みんなの世話をしてくれるマリエラ先生には、無事でいてほしいと願う気持ちはある。けれど孤児院のみんなは、サリーの病を治す薬を売った金で生活しているのだ。


 仕方がなかったことは分かっている。でも、フレンに躊躇(ためら)いもなく、故郷がなくなってもいいと俺は言えた。きっとそれが自分の本心なのだろう。


「それよりも。ナターシャがやられたら、次は俺の番じゃないのか? 戦争にまでは発展しないだろうが」


 当たり前のように浮かんだ疑問をぶつけると、フレンは優しく笑みを浮かべる。


「その心配はありません。ダレスとサリーちゃんには、私の生まれた町で暮らしてもらおうと思ってます」


「サリーも?」


「もちろんです」


 フレンはいつものように、かわいらしく首を横に傾ける。俺は思わず目を見開いた。このままサリーを操り続けることは、サリーをより不幸にすると思っていた。この話し合いが終われば、サリーと別れることも覚悟していたのに。


「最終的には、サリーちゃんと離れるべきですが、ダレスにはもう少し時間が必要だと思います。さぞかし辛い経験をされた事でしょうし」


 慈愛に満ちた瞳をフレンに向けられ、俺は堪らず目を伏せる。


「人の多い場所では、ダレスがネクロマンサーだと気づかれるかもしれません。私の故郷は、聖王国アストロイアの辺境で、のどかな農村なんです。そこでなら人の目を気にせず、今後のこともゆっくり考えられると思います」


 重ねた両手を頬に添え、フレンはにっこりと両目を細めた。


「――なんで俺にそこまでしてくれるんだ? ネクロマンサーのこと嫌いなんだろ?」


 フレンは両手を下ろすと、緩んだ表情を少しずつ引き締めていった。


 俺に尽くそうとしてくれるフレンに対して、失礼な言い方をしているのは分かっている。

 だけど、今まで生きてきて、人の善意などほとんど受けたことがなかった俺には、一種の拒絶反応のようなものが染み付いているのだ。こればかりは一生かかっても治らない気がする。


 それに、フレンの真意が見えそうで見えてこない。


「初めは、ダレスから早々にナターシャの事を聞き出して、二人とも始末するつもりでしたよ」


「治癒魔術師がえらく物騒な物言いだな」


()()()ですよ。それと、治癒魔術師は貴重ですから、私のために色々と協力してくれる人はいるんです」


 顔を強張らせる俺を見て、フレンはあざとい笑みを浮かべる。確かにフレンなら、治癒魔術師の肩書きが無くとも手を貸す男は多いだろう。


「ナターシャを見つけるために、あなたに近づいたんですから。でも……」


 フレンは作り笑顔を止め、後ろ手に手を組みながらゆっくりと近づいてくる。強調された胸の上で、翡翠色のネックレスが月夜に照らされ煌めいた。


「数日過ごすことで気づきました。ダレスは悪い人じゃない。むしろ良い人だと」


 言いながらフレンは、体を前傾させ俺の顔を覗き込む。奔放に跳ねる毛先がふわりと揺れた。俺が気まずそうに一歩下がるのを見て、フレンはくすくすと笑う。


「だから、たとえネクロマンサーのあなたでも、幸せになってほしいと思ったんです」


「フレン……」


「でも素直に好意を受け取ってくれなさそうなので、取引ということにしましょう」


「取引?」


 フレンは指を立てニヤリと口角を上げる。


「ナターシャの居所を教えてくれたら、安全な生活を保証してあげます」


「ああ…… でも、もう少し考えていいか?」


 煮えきらない俺の返答に、フレンは肩を落としてため息を吐いた。


「いいですよ。王都に戻るまで時間はありますし。まぁ、選択肢は一つしかないように思いますけど」


「ありがとう」


 フレンは胸の前で小さく手を振り、「いえいえ」と呟く。

 答えを先延ばしにして何になるのだろうか。咄嗟に出した言葉を、俺はもう後悔していた。


「サリーちゃんのこともゆっくり考えて…… あれ……?」


 フレンは両目を細めると、悩ましげに頬杖をつく。その様は、いつでも愛嬌を振りまく彼女のスタイルから逸脱したものだった。


「どうした?」


「サリーちゃんって、レーゲの(やまい)で亡くなったんですよね?」


「そうだけど」


「いつ頃から発症したか覚えていますか?」


「亡くなる前日か、二日前くらいだったと思う」


 フレンはカッとまぶたを持ち上げ、困惑した俺の顔を視界に入れる。気持ちのよい風が、ピリついた空気をまとって肌をなでた。


「――いくらなんでも進行が早すぎます」


「それは俺も思っていたけど…… それがどうした?」


 レーゲの病は、菱形(ひしがた)の赤いあざが少しずつ全身に広がり、やがて死に至る病だ。母さんも同じ病気で亡くなった。


 母さんの場合は、発症から三十日以上は経ってからのことだったから、サリーがほんの数日で死んでしまったのは異常といえば異常だ。まぁ、孤児院では十分に栄養を摂れていなかったから、それが原因だと言われれば、それまでかもしれないが。


「ナターシャと出会ったのはいつですか?」


「それは……」


 フレンの問いに俺は戸惑い、そして思い起こす。あいつと出会ったのは――


「サリーの亡くなる二日前だ」


「やっぱり」


「やっぱりって……」


 フレンは両腕を組んで眉根を寄せる。ふつふつと込み上げる怒りを、なんとか抑え込もうとしているようだった。


「レーゲの病は、全身に現れる異様な症状から呪いと呼ぶ人もいます」


 それは聞いたことがある。目を背けたくなるようなあざに、薬や治癒魔術がなければ死に至る病。死の呪いと言われても何ら不思議はない。


「ですが、それは一部誤りで。実際にレーゲの病と同じ症状が現れ、対象者を呪い殺す術が昔からあるんです。その術の影響で、レーゲの病は呪いと呼ばれています」


「どういうことだ……?」


 フレンは腕を解き、握りしめたこぶしを胸に当てる。目尻は薄っすらと濡れていた。


「その術は、二日もあれば相手を殺せると聞きます。膨大な魔力を持つ彼女なら、きっと扱えたはず」


「おい…… まさか……」


 俺はごくりとつばを飲み込む。そんなはずはないと、初めにそう思った。

 込み上げてくる感情は否定ばかりで、自分がナターシャのことをえらく信用していたんだと思い知らされる。


 サリーを救うために街中を駆け回り、途方に暮れていた俺にナターシャは接触してきた。あいつが、都合良くサリーの病を治す薬を持っていたのは、初めから仕組んだことだっていうのか。


 冷たい汗がじわりと背中を伝うと同時、ナターシャが嬉しそうに口端を吊り上げる姿が脳裏に浮かぶ。


 事実を受け止めきれない俺に、フレンは躊躇(ためら)いもなく告げるのだ。


「サリーちゃんはレーゲの病で死んだんじゃない。ナターシャが殺したんです」


 フレンの言葉が、混濁した俺の頭の中を激しくかき乱す。そして突風のように突き抜けると、ある記憶が鮮烈に浮かび上がったのだ。


 サリーが死んだ日。俺は冷たくなっていく体を抱え、貧民街の共同墓地へと向かった。そこで待ち構えていたナターシャは、腕の中のサリーを覗き込み、「妹は助かったの?」と言ったのだ。


 俺は一度も、妹がレーゲの病にかかったなんて話したことはなかったのに。



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