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貧民街のネクロマンサー 〜妹たちとの幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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59話 受けた傷


「あれ…… ここは……?」


「フレン! やっと起きた」


「フレンー 良かったですー」


 目を擦りながら起き上がるフレンに、キサラとメロは声を震わせながら飛びついた。


「痛いですよ、もう」


 フレンが苦笑しながらも嬉しそうに二人を受け止める。


 光魔法を込めた魔道具がちかちかと瞬き、真っ暗な洞窟を薄暗い程度には照らしてくれている。


 フレンはまだ万全ではないだろうけど、泣きつくキサラとメロを(なだ)める柔らかな表情からは、不安や恐怖といった感情は抜けつつあるように見えた。


 ミラーデーモンを撃退した後、俺たちは喜ぶ間もなく移動を開始した。キサラ曰く、「濁流に落としたくらいじゃほぼダメージはないよ」とのことだ。能力自体も厄介なのにこの頑丈さ。やはり、規格外の魔物だったといえよう。


 本来ならばこのままルナール湖まで足早に進みたいところではあったが、俺とメロは魔力を大量に消費したし、フレンは気を失ったままだった。


 このままでは、ミラーデーモンでなくとも普通の魔物に対処するのも難しい。だから、俺たちは少し進んで峡谷の岩壁をえぐるようにできた洞窟を見つけると、逃げるようにしてその中に身を隠したのだ。


「私はどれくらい眠っていたんでしょう?」


 フレンが神妙な顔つきで言う。キサラは人差し指を顎に添えた。


「もう日は沈んでいるから、半日以上は寝てたのかな」


「そんなに…… ルナール湖に向かわなくても大丈夫なんですか?」


「大丈夫だって。みんな疲れてるし今日はここで休むから」


 立ち上がろうとしかけたフレンを、キサラは慌てて両手をかざして止めた。フレンは申し訳なさそうに顔を伏せる。


「何も焦ることはないさ。それよりちゃんと水分補給しといた方がいい」


 アシュードは真剣な口調で、使い込んだ革製の袋からコップに水を移す。


「ありがとうございます」


 アシュードから受け取ったそれを、フレンは大切そうに両手で抱え口をつけた。ホッとしたように小さく息を吐くと、フレンはコップを地面の上に置く。中身はほぼ減ってはいない。


「少しでも何か食えそうか? 食わねぇと体は良くならねぇぞ」


 荒々しい声ながら、心配の表情を浮かべてアシュードは鞄を漁る。半分ほどに千切れたパンを取り出したところで、フレンは「あまり食欲はなくて……」と眉端を下げて言った。アシュードは肩を落としてパンを仕舞う。


「ゆっくり休みなよフレン。それと……」


 キサラは俺とメロ、アシュードへ目配せをする。応えるように俺たちは小さく頷いた。


「本当にありがとう。フレンがいなかったら、わたしたち全滅してた」


「ありがとうございますフレン。わたしなんか全然役に立たなくて……」


「ありがとうなフレン。本来なら敵の前に立つのは俺の役目なんだが、俺もまだまだだな」


「ありがとうフレン」


 キサラに続き、各々頭を下げて感謝の言葉を伝える。


 ミラーデーモンは、俺たちの想像の遥か上を行く強さだった。こうして今俺たちが生きているのは、自らの身を(かえり)みず、敵の注意を引いてくれたフレンのおかげだ。


 あれが最善の手だったのだとしても、躊躇(ちゅうちょ)なく実行できる人間はそういないだろう。俺はそんなフレンのことを凄いと思ったし、精一杯報いなければならないとも感じていた。


「みなさん、そんな…… 顔を上げてください。みなさん一人一人のお陰で私たちは助かったんですよ」


 フレンは普段と変わらず、作り物のような完璧な笑顔を振りまいた。けれど今のフレンには、初めてパーティに加わった時のようなよそよそしさがあって。


 キサラがやれやれと肩をすくめる。


「素直に感謝を受け取ってくれればいいのに」


「ちゃんと受け取ってますよ。こちらこそありがとうございます」


 煮え切らないような口振りのキサラに、フレンはあざとく微笑んで返す。


 フレンの変化にはみんな気づいているようだ。キサラに続き、アシュードとメロも何か言いたげに口を開いたものの、フレンに澄んだ瞳を向けられ言葉が出なくなっていた。


 どこかぎこちない空気で洞窟の中がいっぱいになる。


「少し夜風を浴びてきますね」


「まだ休んだほうがいいですよ。それに、外は危ないですし」


 メロが語気を強めるが、フレンは気にせず立ち上がりローブについた土を払う。


「何かあればすぐに戻りますから。あら……」


 言いながら洞窟の出口へ向かうフレンの手を、サリーは後ろからそっと握りしめた。

 フレンは目線を落とし、少し困り顔で頬をかいている。ちなみにこれは俺が指示したわけではなく、サリーの意思だ。


「そうだな。ダレス、お前が着いていってやれ。フレンもいいな?」


 アシュードはフレンを見上げながら問いかける。フレンは諦めたように息を吐いた。


「では、お願いしますね。ダレス」


「わかった。任せてくれ」


 俺は乾いた地面から立ち上がると、先に向かっていくフレンとサリーの後を追う。長いこと座っていたせいか、腰がじんわりと痛みを持っていた。


「ダレス」


「どうした、アシュード?」


「フレンを頼むぞ」


 アシュードだけでなく、キサラとメロも心配そうに俺の瞳を覗き込む。


「ああ、もちろんだ」


 俺は当然とばかりに力強く拳を握りしめた。


 何があってもフレンを守るという決意はある。全快とまではいかないが、魔力もかなり回復したように思うし。


「本当にわかってる……? 頼むよ」


 キサラが含みを持たせるように言うと、メロとアシュードはコクコクと頷く。


 キサラの話し方に違和感を覚えつつも、俺はみんなを安心させるためぐっと親指を持ち上げた。


 けれど、俺を送り出す三人の表情はすっきりと晴れたものにはならなかった。



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