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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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57話 正しい選択2


 トージにルナード、水竜討伐に協力してくれた冒険者たちは、悲しみに暮れる俺たちのことを察してかいつの間にか姿を消していた。水竜の角や牙など、高級そうな部位だけを俺たちに残して。

 こちらのパーティーの問題なのに、彼らは最後までいい奴らだった。


 その後は、アシュードが率先してキサラを見送る準備をしてくれた。キサラの故郷の習わしを、前に教えてもらっていたらしい。ルナール湖の畔に咲く赤い花を、静かに眠るキサラに持たせていた。キサラに似合う元気で明るい花だった。


 雲一つない澄みきった空に、灰となって昇っていく彼女を見つめる。頬をなでる熱を帯びた風に、キサラの温もりを感じた。

 こぼれ落ちそうになる涙を、俺は指先で払い落とす。こうするしかなかったのだと、俺は拳を握りしめ自分に強く言い聞かせた。




◇◇◇




「ダレス、交代の時間です」


「……わかった。ありがとうメロ」


 全てを終えて力を使い切った俺たちは、前日と同じ、ルナール湖を見下ろせる丘の上で野宿をすることにした。


 アクアトードや他の魔物が襲ってくる心配があるので、交代で見張りをしながらにはなるが。今までは魔物の専門家、地導師のキサラが敵を察知してくれていたので、安心して眠ることができた。けど今は――


「――その様子だと眠れていなかったようですね」


 メロは心配そうに俺の顔を上から覗き込む。察しの通り、俺は一睡も出来ずにいた。


「仕方ないですよね。わたしも眠れそうにありません」


「今日ばっかりはな……」


 小さくなった焚き火がメロの顔を淡く照らす。昼間から腫れていた目は、また酷くなっていた。薄っすら聞こえていたすすり泣く声は、どうやらメロのものだったようだ。俺は起き上がって、切り株に腰をかける。


「明日にはここを離れるんだから、少しは眠れるといいな」


「そうですね……」


 言いながら、メロは横になって頭ごと毛布にくるまった。メロの気持ちは痛いほどに分かる。だけど、後ろばかりを向いてはいられない。静かに揺らめく火を見つめながら、俺はこれからの事を考えていた。





「お話させてもらってもいいですか?」


「ああ、待ってたよ」


 メロと見張りを交代してしばらく経った後、フレンがそっと俺の下へとやってくる。話の続きならこのタイミングだろうと、俺は少し身構えて彼女を待っていた。


「あの時は、きついことを言ってしまってすみません。キサラがあんな状態だったのに……」


 フレンは申し訳なさそうに下を向く。


「いいんだよ。フレンは俺に、本当は何が大切なのかを教えてくれたんだから」


 俺は首を横に振った後、にこやかに笑ってみせる。フレンは胸に手を当て、ほっと息を吐き出した。


「ここで話すのも何ですから、少し離れたところで」


 フレンは寝息を立てるアシュードとメロを見回す。約束通り、フレンは二人に俺がネクロマンサーだということをバラしてはいない。


「見張りは必要だから、サリーに頼んでおくよ」


 立ち上がると、隣で立っていたサリーが俺に変わって切り株に腰掛ける。


「すぐ戻って来るから」


 俺はかわいらしい頭部をそっとなでた。けれど、サリーの表情は何一つ変わらない。氷のように冷たい目は、小さく跳ねる火の粉をただ一点に見つめている。


 無表情の妹は何を思っているのだろうか。


 悪い妄想が膨らみかけたところで思考を断ち切り、俺は再びサリーの頭をなでる。この後の話によっては、サリーがこれからも俺の隣でいてくれるのかは分からないから。


「行きましょうか」


 フレンが優しく催促する。俺は「もう少しだけ」と、サリーの横顔を見ながら呟いた。







 「ここなら誰にも聞かれる心配はないでしょう」


 先を歩いていたフレンの足が止まる。野宿をしていた丘から少し登った開けた場所。視界に広がるルナール湖の表面では、大きな月が揺らめいていた。


「先に一つ聞いていいか?」


 俺が唐突に話しかけると、フレンは振り返ってフードをめくり、真っ直ぐな視線を俺に向けた。


「いつから俺がネクロマンサーだって気づいたんだ? 昨日、今日って訳でも無さそうだったし……」


 首筋をかきながら問いかけると、フレンはそんなことかと言わんばかりに眉端を下げた。


「確信したのは、冒険者ギルドでパーティーを組んだ時ですかね」


「そんなに早くから!?」


 思わず声が大きくなる。フレンはぴんと伸ばした指を唇に当て、静かにするよう促した。


「サリーちゃんが冒険者を蹴り飛ばした時の動きは、人形師の操るそれではありませんでしたから」


「そう…… なのか?」


「本物の人形師が、人形を操っているところを見たことがないのでしょう。本来はもっと動きに硬さがあります。ネクロマンサーを偽るのにはよい職種だと思いますが、もう少し勉強するべきでしたね」


 なぜか説教が始まってしまった。出会った時から俺はフレンに教えられてばかりだ。いつもの調子が出てきたようで、フレンは少し楽しそうに話を続ける。


「それで話を聞いてみれば、薬屋で駄々をこねていたあなたが急に人形師を名乗っているんですから。とても驚きましたよ」


 古傷をえぐられ、たまらず俺は口を横に結ぶ。あの時の自分は、サリーを助けるためになりふり構っていられなかったのだ。


「そして、このパーティーに加入してサリーちゃんを抱きしめた時、この子は死体だと直ぐにわかりました。それで確信したんです。ダレスは人形師ではなく、ネクロマンサーになったんだと」


 軽快に話していたフレンであったが、突然悲しそうに笑みをこぼした。心地よい夜風が吹きつけると、フレンは広がりそうになる癖っ毛を優しく手で押さえる。


「極めつけは、人の心に潜り込んで姿を変えるミラーデーモンと対峙した時ですね。サリーちゃんが()()であれば、ミラーデーモンを騙して相手が変身する前に攻撃することは可能でした。ですが、現れたのはあなたの母親。きっとミラーデーモンは、サリーちゃんの中にまだ残っている心を読み取ったのでしょう」


「だからあの時、母さんが……」


「ミラーデーモンがダレスを標的にしていたなら、きっと亡くなった()さんに化けたでしょうから」


 フレンは妹というワードを強調しながら、俺たちの歩いてきた道の方を向く。その奥では、サリーが健気に見張りをしているだろう。――全ては見透かされていたようだ。


「全部分かってるんだな……」


「妹のために、必死で薬を探していたあなたを見ていますからね。ネクロマンサーになった時期を考えれば、サリーちゃんの正体なんて見当がつきます」


 フレンは前髪を指先に絡めると、小さく息を吐き出した。


「次は私の番ですね」


 そして、真剣な眼差しを俺に向ける。美しく反り返る長い睫毛は、ぴくりとも動かない。


「ナターシャというネクロマンサーをご存知ですよね?」


「っ……!?」


「その様子だと当たっていますか……」


 まさかの人物の名に、俺は面食らってしまう。予想を的中させたフレンであったが、何故か意味ありげに俺から目をそらすのだった。



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