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貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


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50話 クエスト開始2


「トージ、大丈夫か?」


「思ってもねぇこと口にすんなよ新入りが!」


 差し伸べた手からトージは目を逸らす。どうやら俺の心は見透かされているようだ。しかし、トージは苛立ちを抑え込むように唇を噛み、しばし沈黙。

 波の音に包まれる中、彼は頬をかきながら目線だけをこちらに向け、口を開いた。


「今のは悪かった。仲間とはぐれちまって、俺一人じゃどうにも。助けてくれて…… ありがとう」


「あぁ、気にしないでくれ」


 トージは俺の手を取り立ち上がる。ツンと吊り上がった両目は、少しばかり和らいでいるように見えた。俺も心の中で彼に謝る。ざまぁみろなんて思って悪かった。


「いいねー、男の友情だねー、眩しいねー」


「それは馬鹿にしてるだろ」


 嬉しそうに口端を持ち上げ、俺とトージを見つめるキサラ。俺の指摘を気にする様子は全くない。


「確か、あなたはブロンズランクでしたよね? どうしてこんなところにいるんですか?」


「はぁ?」


「ひっ、なんでもないです」


 メロはおどおどと、自身の大きな杖に隠れるように身をかがめる。トージよりもランクは上なんだからもっと堂々とすればとは思うけど、あの目に睨まれたら仕方ないか。


「クエストだよ、クエスト。お前らと一緒だよ」


 トージは後頭部をぼりぼりかきながら気だるそうにしている。


「メロが聞いたのはそういう意味じゃねぇんだよ、兄ちゃん」


 丸太のような両腕を組みながら、アシュードは威圧するような眼光でトージを射抜く。


「討伐クエストを受けられるのは、シルバーランク以上の冒険者が大半を占めるパーティーだ。ブロンズランクのお前が、どうしてここにいるのかって聞いてんだよ」


「そ…… それは……」


 尻込みしながらトージは表情を曇らせた。アシュードを前にして、さっきまでの威勢の良さはどこかへ飛んでいったようだ。


「シルバーランクの冒険者たちと手を組んでるんだ。アクアトード討伐のクエストは、難易度の割に報酬はかなり良いし。俺たちが倒した分も一緒にギルドに報告してもらって、後から報酬を分けてもらうって流れさ」


 どこか腑に落ちないようで、アシュードは片眉をぐいっと持ち上げる。トージは焦った様子で手に持つ槍を背中に仕舞い、身振り手振りを交えながら続けた。


「そりゃ、正式にシルバーランク中心のパーティーに入ればいいんだけど、いちいちギルドに申請しに行く時間もねぇしさ。グレーな事をしてるのは分かってんだよ……」


 苦い顔をするトージを視界に入れたまま、アシュードは大きく息を吐き出した。すっと強張った肩が下がると、眉間のしわは無くなっていた。


「兄ちゃんを咎める気はねぇんだよ。むしろ悪いのは、その条件を呑んだシルバーランクの冒険者だろうしな」


 アシュードはトージに歩み寄り、小さくなった体をばんばんと叩く。


「とりあえず、うちの魔術師をいじめんなってことだ」


「ああ……」


 ガハハと笑うアシュードに、トージは完全に萎縮しているようだ。メロはぼそっと「ありがとうございます…… アシュード」と呟くと、帽子のつばで表情を隠す。普段は言い合いをしていることの多い二人だが、本当に仲が悪いわけじゃないんだよな。


「もしかして、あなた以外にも不正にクエストを受けようとする冒険者がいたりしますか?」


 フレンが小首を傾げながら言うと、トージはここぞとばかりに笑顔を取り繕って声を大にする。


「そうなんだよ! 俺たちだけじゃなくて、他のブロンズランクの連中も一緒さ。昨日まではゴールドランクの奴らが幅を利かせてて、魔物に手が出せなかったんだけどよ。やっとあいつらがいなくなった今がチャンスなんだ」


 俺は昨日出会った、キサラ達の言うところの崩壊寸前パーティーを思い出す。そういえば、あのパーティーは「魔物が減って効率が悪くなったから帰る」と言っていたな。ゴールドランクだったのか。


「そうなんですか。まぁ、私たちがとやかく言えることではないのですか」


「好きにさせればいいさ、その辺は自己責任だ。なぁ、兄ちゃん?」


 悩ましげに頭を捻るフレン。アシュードは豪快に笑い飛ばしながらトージの肩をガツガツ叩く。そろそろトージが砂浜に埋まりそうだ。


「そんなところで終わりにしよっか」


 緊張感の抜けた空気を正すように、パンとキサラが手を叩く。「ほら、あそこ!」と、そのまま指先を湖に向けると、湖面から突き出た鋭利な扇が複数、水を割いてこちらに迫っていた。


「んじゃまぁ、俺たちも稼がせてもらおうぜ」


 アシュードは鼻の頭を指で拭い、背負っていた盾を砂浜に突き立てる。


「トージはもう仲間のところへ戻った方がいい」


「悔しいけどそうさせてもらう。ありがとうな、ダレス」


 トージは軽く手を振りながら、湖を背に駆け出していく。彼の鋭い目にはまだ慣れないが、次に会えた時は気兼ねなく接することができそうだ。


「ダレス、準備してくださいよ」


「あぁ、分かってる」


 メロの呼びかけに、俺は湖に向けて手をかざす。波打ち際まで移動したアシュードの後方に、大剣を肩に担いだサリーを移動させた。その後ろで、俺、メロ、フレン、キサラがいつでも動けるよう待機する。いつも通りの布陣。湖面にはアクアトードの目玉が幾つも浮かび上がり、不気味に俺たちを覗いていた。


 吹き付ける涼し気な波風の中に緊迫感が混ざる。魔物と対峙すると、心拍が上がり呼吸が浅くなっていく。初めての敵なら尚更だ。こればかりは慣れることはない。


 俺は深く息を吸い込み、ゆっくりと吐き出した。サリーの小さな背中を視界の中心に固定したまま、迫る魔物の群れを見据える。滲み出た手の汗をローブに擦り付け、アシュードの合図を待っていたのだが……


「こいつら……」


 拍子抜けしたようにアシュードは頭をかく。その横を、アクアトードの群れがぴゅんぴょんと跳ねて通り過ぎていった。


「この魚どもは戦う気なんてないみたいだぞ。どうするキサラ」


「あれれ、お腹空いてるんじゃなかったのかな?」


 アシュードは振り向きながらアクアトードを目で追う。転倒しながらも、急いで起き上がってまた跳ねる様は、何かに怯えているようにも見えた。


 それにしても、奴らは全く俺たちのことが眼中に無いようで、一目散に木の生い茂る方へと進んでいく。魔物の生態に詳しいキサラですら、この光景に頭を抱えっぱなしである。


「無理に俺がスキルで注意を引いて交戦する必要はないだろ?」


「それもそうだね。じゃあダレスお願い」


「任せてくれ」


 腑に落ちないのか、キサラはため息をつきながら肩を落とす。俺は言われるまま、指先を動かしサリーに指示を送った。


 サリーは先端の丸い小綺麗な靴で砂浜を蹴り、一瞬で先頭を走るアクアトードの側面に肉薄した。そのまま豪快に剣を振るうと、肉厚の身はあっさりと二つに分かれた。


 明らかな敵対行動ではあったが、残りのアクアトードたちは気にすることなく直進を続ける。異常なまでの無関心だ。だけど、こちらにとっては都合が良い。


 そのままサリーは踊るように次へ次へと斬りかかる。一、二、三、四。全てのアクアトードを一撃で(さば)いていった。思わず鼻を塞ぎたくなるような、生々しい血の匂いが充満していく。


「問題なさそうだね」


 キサラは嬉々として腰につけたナイフに手を伸ばす。獲物を前に、先程までの不服そうな様子は消え去ったようだ。


「じゃあ、わたしとメロで尻尾取っていくね。アシュードとフレンは周囲を警戒、ダレスは上がってくるアクアトードをどんどん倒していって」


 キサラは指示を出しながら、もうアクアトードの死体に手を付けている。


「わたしも尻尾切るんですか!?」


「当たり前でしょ。次々やっていかないと終わらないよ」


「で、でも…… ひっ!」


 半分になったアクアトードの体がびくっと跳ねた。メロは身構えながら、バタついた尾びれを観察している。それを見て、アシュードはいつもの如く茶化すように笑った。


 こんなに簡単で良いのだろうかという疑念は、相手を倒すごとに薄れていく。サリーが剣を振るった回数は、既に二十を超えていた。俺はもう、数を数えるのを止めていた。


 アクアトードを斬って、ただ斬っての単純作業。気づけば自分の方から湖に近寄っていた。「そんなに近づくと危ないですよ」と初めは心配してくれていたフレンであったが、今はもう呆れ顔で俺とサリーを見守るだけだ。キサラとメロは、「追いつかないよ」と嬉しい悲鳴を上げながら解体作業に勤しんでいる。


 気づけば太陽は直上まで昇り、剥き出しの日差しが俺たちを照らしていた。だんだんと湖面から顔を出すアクアトードの数が減り、少し休もうかと動かし続けていた腕を下ろした時だった。


「何か動いてないか?」


 じっと湖を眺めていたアシュードが眉をひそめる。不穏な空気を含む声色から、パーティーメンバーは作業の手を止め一斉に湖へと視線を向けた。


 俺は風を受けて波打つ湖面を注視する。特に変化は見受けられないと肩の力を抜こうとした瞬間、ぼこっと大きな気泡が浮かび上がり、弾けるようにして空気と交ざった。


「何かいるみたいですよ! かなり大きそうです」


 メロが指差すと気泡はどんどん数を増し、その真下では細長い大きな影がうごめいていた。


「っ……!」


 湖面を突き破る爆音が一面に響く。大きな水柱の中から姿を現したのは、アクアトードを咥えた何かだった。

 蛇のように細長い体に、強靭な爪を備えた手足が四本。頭部には捻れた角が二本生えている。その何かは、湖から飛び出た勢いのまま巨大なアクアトードを丸呑みにする。そのまま空中でぐるりと旋回すると、折りたたんだ翼を大きく広げた。そして、宝石のように青く輝いた瞳で俺たちを見下ろしたのだ。


 この一瞬で俺は何が起こったのか理解できなかった。けど一つだけ。拍動を高める心臓と、無意識に後退りする足。全身が逃げろと叫んでいる。魔物に出会って、ここまで危険を感じたのは初めてだった。


「キサラ! 指示を!」


 俺は情けなくも、自分がどうすれば良いかを問う事しか出来なかった。すがるような思いでキサラを見るが、彼女の表情は、俺からわずかな希望を簡単に奪っていった。


「どうして…… こんな場所に水竜(すいりゅう)が……」

 

 キサラは目を剥き、震える両手で口を覆う。


 溢れ出た声は、穏やかな波の音で簡単にかき消された。



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