表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
貧民街のネクロマンサー 〜妹達との幸せな生活を夢見て〜  作者: ひとえ


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

48/51

48話 ルナール湖へ


 地平線に落ちていく夕日が、視界いっぱいに広がる湖を(あかね)色に染め上げていく。厳しいレムロン峠を抜けた俺たちは、舗装された道に感謝しながら歩みを進めていた。目的地のルナール湖は、この道を下れば直ぐに着くだろう。


「結局、無事にここまでこれて良かったですね」


 メロは大きくため息をついて、強張った肩の力を抜く。疲れがかなり溜まっているのか足取りは重く、体は左右にふらついていた。


「だいぶ警戒して進んだから、ちょっと時間はかかっちゃったけどね。魔物の討伐は明日からにしよう」


 先頭を歩くキサラは振り返って、パーティーメンバーの顔色をうかがう。勿論と言わんばかりに、みんなはコクコクと頷いた。




 レムロン峠で一夜を明けた頃には、何事もなかったようにパーティーのぎこちない空気は解消されていた。今もフレンはいつも通り、キサラとメロと他愛のない会話を楽しんでいる。ただ、誰もフレンの胸の内を探ろうとはしなかった。


 俺は、口元を手で押さえながら微笑むフレンを横目に見る。パーティーに入りかけた亀裂は、後遺症を残さず修繕できたのだろうか。でも、あれから俺は、フレンと当たり障りのないやり取りしか出来ていない。お互いに気を使って、本質的なところには触れないようにしている。


 去り際にフレンはなぜ『ミラーデーモン』の話を持ち出したのか。俺と彼女の間に、(わだかま)りは残ったままだ。


「おっ? 誰かこっちに来るぞ」


 アシュードの声に釣られ、俺は視線を前方へと戻す。何やら生臭い匂いとともに、武具を身に着けた集団が目の前に現れた。


「あんたらもルナール湖の魔物討伐かい?」


 腰に差した剣を揺らし、男が手を挙げて呼びかける。アシュード程ではないが、ぴっちりした上着から見える上腕の筋肉は大したものだ。口振りから察するに彼らも冒険者なのだろう。


「そうなんです。もしかして、もう全部倒しちゃったんですか?」


 キサラが少し驚いたように尋ねると、剣士は「そうじゃないよ」と軽快に笑ってみせる。


「かなりの数は倒したけどね」


 言いながら、剣士は立てた親指で後方の仲間を指差す。大柄な男二人が担いだ棒には、巨大な魚の尾びれのようなものが幾つもぶら下がっていた。この臭いの発生源はあそこだな。


「だいぶ魔物の数も減ったから、時間効率を考えるとここらで手仕舞いかなって。まだ何組か冒険者は残ってるから、あんたらも急いだほうがいいよ」


「ありがとうございます」


 キサラがペコリと頭を下げると、その横を冒険者たちが通り過ぎていく。


「低レベルの冒険者のために、ちゃんと獲物を残してあげる私たちって優しいよね」


「だよねー」


 若い二人の女性が失笑しながら、俺たちにチラリと視線を向ける。あの姿はシーフと魔術師だろうか。わざとらしくこちらに聞こえる声量に、仲間の剣士が「やめておけ」と軽く注意した。しかし、彼女たちに気にする素振りなどなく。猫なで声で剣士に寄り添うと、片眉を吊り上げキサラを見下すように睨んだ。


「あちゃー、何かまずいとこ触れちゃったかな」


 遠ざかる冒険者たちの背中を眺め、キサラは後頭部をぽりぽりかく。


「少し話したくらいで醜いものですね。わたしたちまで、パーティー内の色恋沙汰に巻き込まないでほしいです」


 メロは怪訝な顔でキサラの隣に立った。その視線の先では、シーフと魔術師が剣士を挟んで、各々立派な腕に抱き着いている。


「あの様子では、近い内にパーティー崩壊でしょうね」


「やっぱりメロもそう思う!? 左のシーフがかなりリードしてる感じだよね。ほら、あの剣士もなかなか目を逸らさないし。魔術師の子も頑張って話に入ろうとしてるけど、男の態度あからさまに違うよね」


「そうです! そうです! きっとあの剣士も、パーティーのために初めは平等に接していたんでしょうけど、月日が経つにつれて感情が隠しきれなくなった感じがします」


「わかる! 何なら初めからシーフとできてましたよって線もあるかも」


「うわー。もう最悪じゃないですか」


 さっきまでの疲れがどこかへ飛んでいったようで、キサラとメロは顔を寄せ合い興奮気味に話を続ける。

 よくもまぁ、他人のことでここまで盛り上がれるものだ。


「そんな妄想が一体何になるんだ?」


「もう、ダレスはわかってないね」


 キサラは額に指を添えて、やれやれと頭を振る。メロも「そうですよ」と首を縦に振った。


「男女関係のもつれってのは、見ている分には刺激があって面白いものだよ。これも一つの娯楽だね」


「そうです、そうです。当事者にさえならなければですけどね」


「そういうもんか?」


 なんとも悪趣味に感じるが、女の子はみんなこういう話が好きなんだろうか。


「フレンはどう思いますか?」


「ええっ……?」


 メロが嬉々として問いかけると、フレンは明らかに困惑した様子で首を傾げた。ほら見ろ。一番大人っぽく見えるがフレンは純粋で、ドロドロした話は好きじゃないんだよ。


「シーフと剣士が関係を持っているのは間違いないでしょうね。近い内に魔術師が悪者扱いされて、パーティーに溝が生まれる。そして、傷心した魔術師を射止めようと、棒を担いでる二人の男が取り合って…… 破滅ですね」


「フレンはそこまで見えてるんですね!」


「泥沼じゃねぇか」


 フレンは考え込むように顎をさすりながら、妄想を広げる。キサラとメロは目をきらきらと輝かせて、フレンに食いついていた。フレンもこういう話題は好きなのか。でも俺の目には、彼女が無理に話を合わせているかのように映っていた。


「魔術師の子もかわいいんだけどね。でもやっぱり、あるとないでは決定的な差が生まれてしまうのか……」


 腕を組みながら、キサラはフレンの豊満な胸部に熱視線を送る。


「ちょっともう、なんですか」


 いやらしい視線に即座に気づいたフレンは、包み込むように胸元を両手で隠した。


「わ、わたしだって本気を出せば、少しくらいは」


「はいはい、メロはなんでも張り合おうとしないの。っていうか、あれに勝てる人わたし見たことないよ」


 見せつけるように突き出したメロの存在感の無い胸を、爽やかな風が虚しくなでる。なんだこのやり取り。深入りしたくはないけど、メロには頑張ってもらいたい。


「ダレスは…… ダレスはどう思うんですか!?」


「ええっ、俺?」


 メロは涙目になりながら、すがるような視線を俺に向ける。どう思うって、そりゃあるのもいいし、ないはないでいいし。価値はそれぞれにあるから、良い悪いの問題ではないような。そもそも実物を見たことないのに評価するなんて、判断基準が明確じゃない俺には荷が重いんじゃないのか。


 脳はフル回転するが、わけのわからない自問自答を繰り返している。気づけばキサラも、何か期待するような目で俺の顔を見つめていた。


「えっと、それぞれに良いところがあるんじゃ、ないかな……?」


 (しぼ)んでいく力ない言葉を、妄想豊かな女性陣のため息がかき消していった。


「ダレスに聞いたわたしが間違っていたみたいです」  


「ああ、なんてかわいそうなメロなの」


 がくりと肩を落とすメロに、キサラは芝居がかったように優しく寄り添う。そして二人は俺に、汚物でも見るような視線を向けた。俺、そんなに悪いこと言ったか?


「ダレスはわかってないですね」


 フレンは力の抜けた笑みで俺の目を見る。俺は「そうなのか?」と、流れるように返事をした。ふいに向けられた笑顔に、気まずい関係を忘れてしまいそうになる自分がいる。けれど、フレンのそれは本心ではなく、パーティーの雰囲気を壊さないためのものなんだろう。

 

「俺はでかいほうがいいけどな」


「アシュードには聞いてないんですよ!」


 大きく口を開けて笑うアシュード。その腹目掛けてメロが杖を振りかぶる。ポスンと貧弱なメロの攻撃に、アシュードはより笑い声を大きくした。メロが悔しそうに唇をとがらせるのを見て、パーティーメンバーは肩を揺らして笑う。


 この中できっと、フレンだけは仮面を被ったままだろう。けど、みんなで笑いあえるこの空間はとても居心地が良い。実はフレンも同じ気持ちだったらなんて考えは、虫が良すぎるだろうか。



 

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ