47話 ゴーレム退治
「おい、来るぞ! メロ!」
「わかってますよ!」
アシュードは腰を下ろして盾を構え、メロは高々と杖をかざす。杖の先端が部屋の暗がりを照らし、見上げるほど大きい大木の巨人は赤いベールに包まれた。
だが、大木の巨人は何事も無かったように、軋む音を立てながら体を捻りだす。
「俺を見ろ!」
部屋一帯に響くアシュードの叫び。大木の巨人は、持ち上げた拳をアシュード目掛けて振り下ろした。
ドスンと木の盾と木の拳が激しく交わる。
あまりの衝撃に、周囲に茂る草花が散り散りに舞った。打ち合わせ通り、相手の注意をアシュードへ引きつけることには成功したが。
「デバフかけてこの威力かよ」
アシュードは自慢の上腕を血管が浮き出るほどに膨張させ、歯を食いしばりながら攻撃を受け止めている。徐々に沈み込んでいく体。このままだと潰されるのは時間の問題だ。
「アシュード、今助ける!」
俺は両手を広げてさっと右腕を払う。連動するようにサリーは軽く屈んで跳躍。風を切りながらアシュード目掛けて飛んだ。これなら進行を妨げる草花の影響を受けずに済む。
「メロ! 頼んだ!」
「任せてください! ウィールス・ガード!」
メロの杖先にはめ込まれた紫の宝石が煌めく。今度は大木の巨人の右腕が青いベールに包まれた。
「行け! サリー!」
空中でサリーは大剣を抜く。狙いは今まさに、アシュードを盾ごと押し潰そうとする大木の腕。
小さい体の全体重を乗せ、剣を振り下ろした。
バキッと、鈍く弾ける音。
サリーが着地すると、足元の赤い花弁が爆ぜるように舞い上がった。
少し遅れて大地が揺れる。大木の巨人の腕が切り離されて地に落ちたのだ。
メロのデバフが効いているのだろう。まるで紙を裂くように、サリーは大木の腕を一刀両断した。
「やりましたよ!」
メロは杖を抱え、弾ける笑顔で飛び跳ねている。
まだ予断は許さない状況ではあるが、メロの魔法が通用することが分かったのは大きい。
「ヒーリング」
フレンはこの隙を見逃さず、アシュードに回復魔法を施した。安定感のある堅実な動き。
「ありがとなみんな! ――って、おいおいマジかよ!?」
アシュードは驚嘆の声を漏らしながらも、好戦的に口角を上げた。
その視線の先。切り裂かれて残った腕を、大木の巨人は大事そうに反対の手で抱えている。
「再生…… しているのか……?」
切断したのは、人体で言えばおよそ手首に近い前腕。真っ平らになった断面が、もぞもぞと動きだす。
切り口から芽吹いて螺旋状に伸びる枝は、元あった形を記憶しているが如く再生を始める。途切れた前腕は素早く元に戻り、流れるように手のひら、指の一本一本と枝が渦を巻くように伸びていった。
本来ならば数年はかかるであろう樹木の成長が、ほんの一息つく間に完遂されたのだ。
大木の巨人は復活した腕の感触を確かめるように、バキバキと指を動かす。
「どうするよキサラ。ヤバい匂いがぷんぷんするぜ」
「ギルドの情報を信じるなら、新種のゴーレムってとこなのかも。だとしたら……」
再び盾を構え直すアシュード。キサラは目を細め、分析するように大木の巨人を見つめる。
「ゴーレムには体のどこかに核となる部分が存在するの。そこを潰せばきっとコイツも倒せる」
キサラの推察を聞き、パーティメンバーは顔を上げて大木の巨人の頭部を視界に捉える。編み上げられた枝の隙間から緑の光を放つ、不気味な丸い頭を。
「一番怪しいのはあそこだよな」
「わたしもダレスに同意見です」
俺は両手を広げ、サリーを動かす準備を整える。
メロも俺に続いて杖を構えた。
「よし、やるぞ! お前ら!」
アシュードの鼓舞にパーティメンバーは声を上げて応える。フレンは胸に手を当て、「回復は任せてください」とみんなを後押しした。
「俺を見ろ!」
アシュードは盾を構えて前進しながら叫ぶ。
大木の巨人はさっきと同じように、アシュード目掛けて拳を振り下ろす準備を始める。
理想的な展開。俺は拳をぐっと握りしめる。
このまま、大木の巨人の腕を切り落とした動きを再現すれば良い。そうすれば勝てる。
アシュードが注意を引き、メロがデバフをかけ、サリーが頭を斬る。何も難しいことはない。一度成功しているんだ。俺は確かめるように周囲を見渡す。
杖を掲げて魔法の準備をするメロ。フレンは手をかざしながら、アシュードと大木の巨人の動きを凝視している。いつでも回復魔法を使える体勢を取っているのだろう。キサラは探るような視線を大木の巨人に向けている。情報収集に徹しているようだ。
誰もが真剣な目をしているが、その横顔には薄っすらと余裕を感じる。慢心するわけでも、恐怖に溺れているわけでもない。コンディションは万全と言えよう。
俺はアシュードの頼もしい背中を見ながら、サリーに意識を重ねる。
振り下ろされる大木の拳。すかさずメロは呪文を唱える。
赤いベールに包まれた拳は、アシュードの持つ盾に吸い込まれるようにして直撃した。アシュードは軽く腰を沈めただけで、これを受け止める。
「おいおい、さっきよりも軽いぜ木のゴーレムさんよ。スタミナ切れか?」
「わたしのおかげなんですけど!」
愉快そうに笑うアシュード。メロは唇を尖らせ抗議する。
確かに、視認できるレベルでも大木の巨人の攻撃力は落ちている。敵の動きを見切ったことで、メロのデバフ魔法の精度が上がっているのだろう。これならアシュードもしばらくは持ちこたえてくれるはずだ。
「こっちも頼むぞ、メロ!」
俺が右手を下げると、サリーは腰を下げて跳躍の準備をした。
網目状に緑の光を放つ奴の頭部は、かなり高い場所にある。サリーでも、一度のジャンプでは届かないだろう。なら……
俺が拳を突き出すと、サリーは一歩、二歩と前方へ跳ねるようにステップを踏む。スカートに付着していた花びらがひらひらと舞った。
三歩目の跳躍で着地したのは切り落とした大木の腕。ここからなら高さを稼げる。
サリーは勢いを殺さず少し屈んで足に力をためる。
そしてズバンと飛んだ。大木の巨人の頭部を目指して。
「ウィールス・ガード!」
メロが唱えると、大木の巨人の頭部は青いベールに包まれた。溢れ出す緑に混ざり、青いベールは淡い水色に変わる。
大木の巨人は、未だアシュードを潰そうと必死に攻撃を続けたままだ。これで準備は整った。
サリーは煌めく頭部の直上で剣を抜く。
「いっけー! サリーちゃん!」
キサラは拳を上げて叫んだ。
パーティメンバーは期待の眼差しをサリーに向ける。
俺が右手を振り下ろすと同時に、サリーは大剣を鋭く縦に振った。大剣の重みに任せ、サリーは落下しながら頭部を真っ二つに割いていく。
ここで大木の巨人の攻撃が止まった。
アシュードに突きつけた腕を引っ込ませ、頭部を庇うように肘を曲げていく。
「させるかよ!」
アシュードはすかさず、手に持つ盾を大木の巨人の胴体に向けて放り投げた。「な、何をしているんですか?」と、フレンが動揺の声を漏らす。
だが俺は、瞬時にアシュードの意図を理解した。
「完璧だアシュード!」
落ちていくだけのサリーの足下に木の盾が現れる。
それを踏み台に、サリーはまた上へ飛んだ。
サリーの前には縦に二分された網目状の頭部がある。どこかに核があるというなら、全部バラバラにすればいいだけだ。
サリーが体を捻ると、大剣とスカートが美しい円を描く。緑の光を受け止める刃が、ささくれ立った頭部をザッザッと切り裂いていく。
切り落とされた木片の一つ一つが、眩い輝きを放ったままこぼれ落ちる。まるで光る滝のようだ。
大木の巨人の頭部はあっという間に切り刻まれ、跡形もなく消え去った。
サリーは積み重なった木片の上に柔らかく着地し、埋もれたアシュードの盾を拾って投げ返す。
「やったなサリーちゃん! それにダレス!」
アシュードは盾を受け取りながら、サリーに向けて親指を立てる。サリーはいつものように凍った表情のまま、アシュードと同じポーズで応えた。
「これなら文句ないだろ」
「もうバッチリだよ」
俺は勝ち誇るような笑みを浮かべてキサラを見た。キサラは両手で大きく丸を作りながら、飛び切りの笑顔を俺に返す。
けれど――
「アシュード! 危ない!」
フレンが危険を察知し声を上げる。しかし、気づくのがほんの数秒遅かった。
頭部のない大木の巨人が、激しく腕をしならせる。盾を構えようとするアシュードをなぎ払った。
アシュードは吹き飛ばされ壁に激突。ドスッという鈍い音だけが、生々しく耳に残る。場の全員が唖然とし、一瞬、息が詰まるような静寂が訪れた。
「ヒーリング!」
すぐ様、フレンは回復魔法を唱える。
アシュードは仰向けで倒れながらも、頬に出来た傷を軽く拭った。どうやら意識はあるらしい。
「……あれ、見てよ……」
キサラは手を震わせながら、おおよそ大木の巨人の頭部があった場所を指差す。
残った首元から螺旋状に枝が伸びている。大木の巨人はまた再生を始めていた。
円形の頭部はあっという間に完成し、不気味な緑の光が網目状になった枝の隙間から漏れだす。
俺たちはただ呆然と立ち尽くし、その光景を眺めていた。




