45話 ダンジョンへ
宿で一夜を過ごした翌日。俺たちは来た道を少し戻り、蒸し暑い獣道を進んで行く。
「わたしたちはダンジョンに向かいます!」
キサラの突然の提案で、魔物の巣と称されるダンジョンに向かっているのだ。
なんでも、村の冒険者ギルドで非常に割の良いクエストを見つけたらしい。
目的地であるルナール湖からは遠回りにはなるが、金貨十枚という莫大な報酬を前に、パーティーメンバーは二つ返事でキサラの案を呑んだ。
五人で割って一人金貨二枚。頭の中で報酬の使い道を思案してふと思い出す。
奇しくも、レーゲの病に侵されたサリーを救うための薬が金貨二枚だったこと。
俺に力があれば……
今更ながらではあるが、そう考えずにはいられない。
進むにつれ青い空は木々に覆われ、樹木と樹木の隙間から差し込む日差しが神秘的な情景を作り出している。あまりの美しさに、俺は思わずため息をついた。
「まだ着かないんですか……?」
険しい顔で汗を流すメロ。隆起した木の根に足を取られそうになるのを、必死でこらえている。
「もうちょっと、もうちょっと。キサラちゃんを信じなさい」
「それ、さっきも聞きましたよ……」
振り返りながら余裕の表情を見せるキサラ。アシュードが「メロはだらしないな」と、背中の大きな盾と荷物を揺らしながら笑い飛ばす。
「ダレス。ちょっといいですか?」
前を行く三人をやっとの思いで追いかける俺の隣に、フレンはすっと近寄る。
「どうしたんだ?」
「サリーちゃんのことなんですけど」
言いながらフレンは、身軽に木と木を飛んで進んでいくサリーを指差す。大剣を背に、フリフリのスカートを枝に引っ掛けることなく華麗に飛ぶサリー。
「激しく動かしても疲れないんですか?」
心配そうに俺の顔を覗き込むフレン。前傾姿勢からの狙ったような上目遣いに、思わず目が泳いでしまう。
「疲れる……?」
足場の悪いこの道を歩くのは疲れるけど、動かしてって……
周囲の熱気で火照った頭をフル回転させ、やっと俺はフレンの言葉の意味に気づいた。
「あぁ! サリーのことだな! 大丈夫、大丈夫! こんな道だし、木と木を飛んで移動する方が魔力の消費を抑えられるんだ」
「そうですか。それならいいんですけど」
フレンは眉根を少し寄せて、疑念を残した表情のまま先行するキサラ、アシュード、メロの後を追う。頭から足下まで覆う白いローブは動きにくそうだが、機敏な身のこなしで苔の生えた岩を飛び越えていった。
俺は額から流れる汗をぬぐう。
咄嗟に出た言い訳でなんとか誤魔化せたみたいだが、サリーは人形っていう設定をもう少し意識しないといけないな。疲れが重なると気を抜いてしまう。
サリーは太い枝に腰掛け、人形のような目でじっと俺を見ている。サリーのためにも俺がネクロマンサーだと気づかれる訳にはいかない。
両手で頬を叩いて気合を入れなおし、前を行くパーティメンバーを追いかける。サリーは俺が進むのを確認すると立ち上がり、ぴょんぴょんと木の枝を踏み台に森の中を駆けていく。
俺に近づきすぎず、離れすぎない距離をサリーは常に保っていた。
「ねぇねぇ! ここじゃない?」
進行方向からキサラの騒がしい声。
大きな岩の隙間から触手のように飛び出す木の根を掴み、やっとの思いで湿り気のある岩肌をよじ登る。
視界に飛び込んできたのは、樹齢何千年とも思わせる立派な大木。
その根元に近い幹の部分を、キサラが慌ただしく指差している。
そこには明らかに自然のものではない、異質ともいえる大きな空洞が存在していた。
「間違いない、ダンジョンだね」
地導師であるキサラを先頭に、俺たちは暗闇の中へと入って行く。
キサラのおかげで、ここまで魔物と遭遇することはなかったし罠にもかかってはいない。ただ、その分遠回りすることは多かったので、帰りのことを考えると足の疲労が気になるところではある。
進むにつれ、泥濘んだ地面の感触は硬い土へと変わっていく。そして、暗がりを歩く俺たちを照らすように、青白い光の粒が至るところで瞬き出した。まるで星々の輝く夜空の中に飛び込んだみたいだ。
「中は意外と明るいんだな」
俺は星と星を繋ぐように、壁一面に敷き詰められた光の粒を指でなぞる。指先には土の感触。
さっきまでの森の中とは別世界に見えるが、所々に木の根が剥き出しで飛び出しているところを見るに、さほど外と違いはないのか。
「綺麗なもんでしょ」
前を行くキサラが振り向きながら言う。
「ダンジョンの中って大体似たようなものだけど、ここは飛び切り綺麗。これはお宝の匂いがしますね」
ふざけた調子でキサラはくんくんと鼻を鳴らす。「ちゃんと前見てくれよ地導師さん」とアシュードが呆れた声をこぼした。
「おっけい、おっけい。あ! ちょっと止まって」
前に向き直ったキサラは、すぐさま足を止めて手を挙げる。その合図で、俺たちもピタリと立ち止まる。
「何かあったんですか?」
不安を感じるメロの声色。
「しー。静かに」
キサラは指を唇の前に立て、俺たちを見回す。さっきまでとは別人ともいえる、真剣なキサラの表情。パーティメンバーに緊張が走る。
伏せるようにしてキサラは耳を地面に近づけた。
「やっぱいるね、魔物。数は…… 二、四…… 七…… 八匹かな。この先で通路が二つに分かれてるみたいで、左に六匹、右に二匹って感じ」
立ち上がってキサラは膝の汚れをパンと払う。
「戦闘は避けられそうにないですね」
「なに、いつも通りやるだけさ」
フレンは杖を、アシュードは盾を取り出し臨戦態勢をとった。この二人は魔物に対して何も臆することがないので本当に頼りになる。
「足音的には四つ足で…… 粘っこい足跡も残ってるし、トカゲみたいな魔物かも! 状態異常の攻撃に注意ね」
「そこまで分かるんですか」
フレンは感心したように呟く。
「麻痺でも毒でも、私の治癒魔法で治しますので、みなさん警戒しすぎず戦ってください」
そしてギュッと杖を握って、キサラの分析に付け加えた。
キサラは自分が戦えないことを心苦しいと言っていたが、危険なダンジョンでも、ある程度の安全が確保されていることは本当にありがたい。
パーティのみんなもキサラを無下に扱うことなんてもちろんないし、感謝もしっかり伝えている。だけど、それを素直に受け止められないところがある。
「相手がこっちに気づいてないなら、その隙に攻撃しよう」
「お! だんだん戦闘がわかってきたねダレス。このまま進めば相手の背後を取れるだろうからよろしくね」
小声ながらも弾ませた調子で、キサラは俺の背中をバンと叩く。その時、壁に埋まった光の粒が強く瞬いてキサラの顔をくっきりと照らした。見えたのは、ニカッと楽しそうに笑う女の子だった。
俺は「まかせろ」と呟き、夜空のような通路に向かって両手をかざす。サリーはパーティの先頭に立ち、ゆっくりと背負った大剣を引き抜いた。
警戒しながらも、二股に分かれた右の通路を素早く進んでいく。




